今日のうた21(1月)

charis2013-01-31

[今日のうた21] 1月


(写真は芥川竜之介、古俳句を好み、凡兆や丈草の句を高く評価していた、やはり感覚的にシャープなものが好きなのだろう)


・ 新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重(し)け寿詞(よごと)
 (大伴家持万葉集』巻20、「新年の始めの初春の今日降っている雪、この雪のようにたくさん降り積もって、今年はたくさん佳いことがあれよ」、この歌は『万葉集』の最後の歌) 1.1


・ 春立つや新年ふるき米五升
 (芭蕉、「年が明けたよ、我が庵には、昨年に友人が差し入れてくれた米がまだ五升も残っている、ありがとう、十分に満ち足りた正月だよ」、江戸・深川に庵を結んだ頃の句、貧しかったが、友情に恵まれていた作者) 1.2


・ 酒もすき餅もすきなり今朝の春
 (高浜虚子1893、若き虚子(18歳)が元日に子規に見せた句、いかにも自然で伸びやか、正月の楽しさが伝わってくる、この句が80歳の作であっても不思議ではない) 1.3


・ あたらしきページをめくる思ひしてこの日のきみの表情に対す
 (小野茂樹1968、「君はいつ会っても、それまで一度もなかった新しい表情を見せるんだね、今日もまた君と向かい合うのは何という喜びだろう」)  1.4


・ 弾き語りしつつかすかに声震ふその軽薄さを愛してやまず
 (栗木京子1976、作者22歳の作、「ギターを弾いて歌う時、貴方って、声をちょっとトレモロっぽくしてカッコつけるのよね、その可愛い軽薄さが好き、大好きよ!」)  1.5


・ 夜の更けの電話に君が呼吸音間近く聞こえわつと愛(かな)しき
 (小島ゆかり1987、「夜中の電話から聞こえてくる貴方の声もうれしいけど、その息遣いがはっきり間近に聞こえたとたん、好きっ!ていう感情がわっと噴き出しちゃった」) 1.6


・ 夜神楽(よかぐら)や鼻息(はないき)白し面の内
 (榎本其角、蕉門の俳人、医師、「寒い冬の夜に催される神楽、舞う人の面の内に籠った息が白く漏れている」、緊迫感の伝わる見事な描写) 1.7


・ 鴨おりて水まであゆむ氷かな
 (服部嵐雪、蕉門の俳人、もとは武士、「鴨が、空から氷の上に降り立ち、水際までペタペタ歩いて、水に入った」、氷の上を「水まであゆむ」鴨の姿、遠景からフォーカスするような、くっきりと澄んだ冬の景) 1.8


・ はかなしや枕さだめぬうたゝ寝にほのかにまよふ夢の通ひ道(ぢ)
 (式子内親王『千載集』、「はかないものね、夢で貴方に逢えないかしらと、あえて枕の位置を決めないでうたた寝したんだけれど、道がよく見えずに迷っちゃった、まるで私たちの恋みたい」、枕の位置によって夢で相手に会えると思われていた) 1.9


・ 淋しさを訪(と)ひ来ぬ人の心まであらはれ初(そ)むる雪の曙(あけぼの)
(宮内卿新続古今和歌集』、「一晩待っていたのに、ついに貴方は来てくれなかったのね、もう朝日が差して、雪が白く冷たく輝いている、貴方の心を見ているようで、本当に淋しいわ」) 1.10


・ 木がらしや目刺にのこる海のいろ
 (芥川龍之介、木枯らしの吹くある日、食卓に目刺しが、そこには海の色があった、作者の鋭敏な感覚を思わせる句) 1.11


・ 葱の根の白さしのぼるごとくなり
 (能村登四郎1978、畑に立つ冬の葱、根の方から、白色が輝きながら「さし昇って」いる) 1.12


・ うらやまし見(み)と見る人のいかばかりなべて逢ふ日を心かくらむ
 (西園寺実宗、「そこに立っている貴公子の平維盛は女にもてるなぁ、羨ましいよ、彼を知る女という女のどれだけ多くが、恋人になりたいと密かに思っていることか、ところで、君もそうでしょ」と、建礼門院右京大夫をからかった、彼女の返歌は明日) 1.13


・ なかなかに花の姿はよそに見て逢ふ日とまではかけじとぞ思ふ
 (建礼門院右京大夫、「まさか、平維盛さまのようなイケメン貴公子は、ステキなお姿を遠くから眺めるだけで大満足よ、恋人になろうなんて高望みするはずないじゃん」、作者は建礼門院に仕えた女官、「君も恋人になりたいでしょ」とからかった男への返歌、平安貴族のような平維盛だが、平氏は武士ではあっても、東国の粗野な源氏と違って、貴族文化の影響を受けていた) 1.14


・ 肩抱けば崩るるやうに散るやうに罠を仕掛けるやうに黙りをる
 (坂井修一1981、「楽しく話しながら歩いていたデートの晩、ふっと彼女の肩を抱いたら、急に彼女の態度が変わり、黙ってしまった、崩れたのか、散ったのか、罠を仕掛けたのか」、作者は東大の学生、彼女は自我の強い女性なのか、後に妻となった彼女の歌は明日) 1.15


・ 語尾あはく甘えて呼びしことなきを君は嘆きぬふと父のやうに
(米川千嘉子1988、「恋人時代からそうだけど、君は僕のことを“甘えるような感じ”で呼んだことが一度もないんだよねと、まるで父親が寂しがるみたいに夫は私に言った」、この夫が昨日の歌の作者、二人は一歳違いの歌人夫婦で、この時は結婚一年後くらい) 1.16


・ 空間を馬のかたちに変えしひと われはやさしき鞍ならなくに
 (水原紫苑1997、作者は、どんな現実も幻に変えるユニークな歌人、「我々の生きる空間は馬の鞍部のように歪んだ非ユークリッド空間なのか、私はやさしい鞍というわけではないのに」という意味なのか、よく分からないが、不思議な歌) 1.17


・ ゆきふるといひしばかりの人しづか
 (室生犀星1943、「あっ、雪が降っている! と言ったまま、彼女はずっと黙して窓の外を眺めている」) 1.18


・ まだもののかたちに雪の積もりをり
 (片山由美子2004、「雪が降っている、まだ今は、白く覆われた<ものの形>が分かる」、「もの」「かたち」という語が生きている) 1.19


・ 冬そうびかたくなに濃き黄色かな
 (長谷川かな女1929、冬バラの「かたくなに濃い」黄色が美しい) 1.20


・ 雪雲の山を離れてゆくなべに最上川より直(ただ)に虹立つ
 (斉藤茂吉1947年1月19日作、「なべに=と同時に」、虹といっても、丸い弧ではなく、端の垂直部分だけの太い虹が、川面に立っている。敗戦後、茂吉は山形県大石田町に隠遁する、そこで詠んだ歌集『白き山』は、美しくも雄渾な歌が多い) 1.21


・ ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫(ふる)ひそめし日
 (北原白秋『桐の花』1913、若き日の白秋の歌、初恋はヒヤシンスの花が咲いた日だった) 1.22


催涙ガス避けんと密かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり
 (道浦母都子1968、フランスの68年闘争で、デモ隊弾圧の催涙弾の痛みを和らげる為に学生がレモンを持っていたのが、すぐ日本に伝わったのだろう、そのレモンが「胸で不意に匂う」) 1.23


・ 手袋の十本の指を深く組めり
 (山口誓子1935、手袋の十本の指を組んで、ぎゅっと握りしめる、かすかな暖を取るのか、それとも、何か期するものがあるのか) 1.24


・ 橙(だいだい)の灯(ひ)いろにしぼれり牡蠣の上
 (飴山實1971、橙の汁をしぼって生牡蠣の上に垂らす、明るい灯のようなその黄色が、牡蠣の質感にミックスする、味覚も橙は生牡蠣にぴったり) 1.25


・ 筆や氷る文のかすりのなつかしき
 (機石、作者は元禄期の蕉門系の俳人、「知人から手紙が来た、字が所々かすれている、寒さに凍りかけた筆がごわごわしていたのかな、じっと眺めてしまうよ」) 1.26


・ あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年
  (永田和宏、作者は故河野裕子の夫、朝日歌壇選者、これは京大生時代の歌か、彼女にアタックしようとして果たせなかった悔しい思い、子供扱いされたのか(彼女は一つ年上)、それとも気弱だった自分が不甲斐ないのか、作者は幼少にして母を亡くしているとのこと、恋人の「胸」には、甘えられなかった母への思いが重なっているのか) 1.27


・ われよりも優しき少女に逢ひ給へと狂ほしく身を闇に折りたり
 (河野裕子、17歳か18歳の時の作、大好きな彼の他にもう一人別の彼を好きになってしまった作者、夜中にひとり苦しんでいるのか、それとも彼に会ってそう言ったのか) 1.28


・ 冬の日の海に没(い)る音(おと)を聞かんとす
 (森澄雄1940、作者は九州大学学生、学徒出陣も予想される不安なある日、海の果てに沈んでゆく冬の太陽が音を立てているように感じ、耳を傾けた) 1.29


・ いくたびも雪の深さを尋(たづ)ねけり
 (正岡子規1896、病床の子規は動けないので障子の外を見ることができない、「どのくらい積もった?」と妹に何度も尋ねる) 1.30


・ つくづく淋しい我が影よ動かして見る
 (尾崎放哉1926、作者の死の年の作、ある家の前で托鉢に立ったが、家人は疑っているようで誰も出てこない、自分の影が唯一の他者なのか、その影を動かして、動くのを確かめる) 1.31