今日のうた40(8月)

charis2014-08-31

[今日のうた] 8月1日〜31日


(写真は葛飾北斎1760?〜1848、約90歳まで生きた浮世絵師、肖像の横に書かれているのが有名な辞世の句[7日参照])


・ 年ごとに逢ふとはすれどたなばたの寝(ぬ)る夜の数ぞすくなかりける
 (凡河内 躬恒(おほしかふちのみつね)『古今集』巻4、「織姫と彦星の邂逅の話はロマンチックでいいよね、でも考えてみれば、共寝する日の数はこんなに少ないんだ、ちょっとなぁ」、おふざけが好きな躬恒らしい歌、明日は旧暦の七夕) 8.1


・ 夕星(ゆふつづ)も通ふ天道(あまぢ)をいつまでか仰ぎて待たむ月人壮士(つきひとをとこ)
 (よみ人しらず『万葉集』巻10、「もう宵の明星が天の川を行き来しているこの夕べ、いつまで空を仰いで二人の邂逅を待たせるのか、月の舟をこぐ若者よ、早く天の川を渡っておくれ」、月が天の川を渡り終えれば邂逅が始まると考えられていた、今日は旧暦の七夕) 8.2


・ 恋さまざま願(ねがひ)の糸も白きより
 (蕪村1777、「七夕では、少女たちは技芸と恋の成就を願って、五色の色糸を織姫に捧げる、白い糸から始まる色糸はとても美しいな、この色糸のように一人一人さまざまに違った恋を、君たちはこれからするんだね、幸多きを祈るよ」、 少女たちの恋を励ます優しい作者) 8.3


・ 星と星と話(はなし)してゐる空あかり
 (室生犀星1935、まるで星たちが互いに「話(はなし)してゐる」かのように、星がキラリと光るのか、それとも、「東の空が少し明るいね」と星たちが語り合っているのか) 8.4


・ 黒い日傘はらりと開きふたむかし経ても変わらぬかたわらの人
 (三枝昂之2002、「かたわらの人」とは作者の妻の今野寿美、「ふたむかし」前も彼女は「黒い日傘をはらりと開いた」のだろうか、静かで深い愛を感じさせる夫婦、いい相聞歌だ) 8.5


・ ハミングは浴室を出てキッチンへ北京ダックのおしりがゆれる
 (加藤治郎『サニー・サイド・アップ』1987、結婚したばかりの作者の妻は、浴室を出ると裸のままルンルン気分でキッチンへ、「北京ダックのおしりがゆれる」可愛い妻) 8.6


・ ひと魂でゆく気散じや夏の原
 (葛飾北斎、浮世絵師だった北斎の辞世の句、90歳だが剛毅で自由闊達、「夏はやっぱり暑いのう、人魂になってふんわりと空中に浮かぶぞ、気晴らしを兼ねて、高原を飛んでみよう!」) 8.7


・ 遠泳や高浪越ゆる一の列
 (水原秋櫻子『葛飾』1930、「海の遠泳、子どもたちが幾つもの列になって泳ぐのが波間に見え隠れしている、あっ、あの大きな高浪を、先頭の列が何とか乗り切った」、「一の列」の一語で距離感や臨場感がよく出ている) 8.8


・ 雲うすく夏翳(かげ)にじむお花畠(はなばた)
 (飯田蛇笏、高い山の稜線に高山植物が咲いている一帯が「お花畠」、少し雲が出たのだろうか、お花畠は微妙な翳りをみせていっそう涼しげに、「夏翳にじむ」が素晴らしい表現) 8.9


・ ライヴっていうのは「ゆめじゃないよ」ってゆう夢をみる場所なんですね
 (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、夏休みはライヴの季節、CDは売れなくなったというけれど、そのぶんライヴが隆盛をきわめている) 8.10


・ 帰さないと言はれたことのない体埠頭の風にさらし写メ撮る
 (コーネル久美子・女・39歳『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、彼氏に「帰さない」と言われたことがない作者の体、ちょっとさびしい、でも、それがどうした! 深夜誰もいない「埠頭の風」にさらして、自分一人で携帯に撮る) 8.11


・ 雲湧いて夏を引っ張る左腕なり
 (清水哲男『打つや太鼓』2003、甲子園のマウンドに立つ左腕投手の雄姿、「夏を引っ張る」黄金の腕) 8.12


・ 実験室のむかうの時間と夏樫のかたきひかりを曳きて来るなり
 (米川千嘉子『夏空の樫』1985、作者は早稲田の学生、彼氏は工学系の東大大学院生、本郷キャンパスでデートの待ち合わせだろうか、実験室に籠っていた彼が、夏の樫の木の固い光を受けて向こうから歩いてくる、素敵な彼氏) 8.13


・ 蝉と自動車が鳴きっくらをしていてどうやらせみの肩を持っている私
 (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、自動車が何度かクラクションを鳴らして合図したのか、それともエンジンをふかしているのか、でも、セミを応援したくなる作者、歌集の最初の方なので十代の作か) 8.14


・ うつしえに戦死せし子と並びたる少女よいずくに母となりいる
 (小山ひとみ『朝日歌壇』1971年8月、前川佐美雄選、戦死した息子の写真を見る作者、隣に立っている少女は息子と仲良しの子だったのか、1971年でも8月の「朝日歌壇」は、戦没者の家族の歌に溢れている) 8.15


・ 昼寝覚(さめ)思ひ出す名はみなちがふ
 (加藤楸邨1940、「夢に出てきたあの人は誰だっけ、あの顔はよく知っているのに、挙げる名前はどれも違う」) 8.16


・ ひるからの雲に敏(さと)くて酔(すい)芙蓉
 (下村非文、美女を「芙蓉の顔(かんばせ)」と言うように、芙蓉の花は美しい、朝は白かった花びらが午後になるとしだいに酔ったように赤らんでくる、これが「酔芙蓉」) 8.17


・ おのづから松葉牡丹に道はあり
 (高濱虚子、小さな花が咲くマツバボタンは、繁殖力が強く、どんどん広がってゆく、朝、可憐に咲いたマツバボタンを、踏まないように踏まないように、なんとか隙間を選んで慎重に足を運ぶ作者、「おのづから」が優しい) 8.18


・ 日を追はぬ大向日葵(ひまはり)となりにけり
 (竹下しづの女1940、ずっしりと重く巨大になったヒマワリの花、小さめの花だった頃と違って、もう太陽の方向を追おうとはしない) 8.19


・ 幼くて君を愛し得ずわが足の水に浸りて白く揺れをり
 (栗木京子、足を浸しているのは川の水だろうか、「自分は幼くて、彼の愛に応えることができなかった」と二十歳の作者は自問する、前後の歌から判断して、まだ恋の一局面なのだろう、初々しくて美しい歌) 8.20


・ 少年期晩夏の海に銃を撃つ 
 (角川春樹1981、いかにも突っ張った少年、本当に銃を撃っているのか、撃つ身振りをしているのか、どこか夢のような句、[植村は今、北海道東端の野付半島にいます。写真の遠くに写っているのは国後島です。妻と義母と一緒です] 8.21


・ 風雲のかがやき折れて夏の海 
 (山口青邨、輝いていた太陽が一瞬雲に隠れ、海の色もさっと変った、「かがやき折れて」が見事な表現、[植村は今、網走近くのオホーツク海サロマ湖にいます、オホーツク海には船が一隻も見えません、大きく広いけれど、どこか寂しい海]) 8.22


・ 炎天を泣きぬれてゆく蟻のあり 
 (三橋鷹女、炎天に黒光りする蟻は、涙に濡れているのか、[今日は網走刑務所と刑務所博物館に行きました、刑務所は、精神病院と同様、そこに人間の苦しみが集積されている場所です、厳粛な気持ちになります]) 8.23


・ ラベンダーの風が押しゆく地平線 
 (青柳照葉、ゆるやかな丘陵を、風の作り出すラベンダーのうねりが、地平線に向かって動いてゆく、[実際は、富良野のラベンダーは終わっていました(笑)、写真は富良野プリンスホテル風のガーデン」]) 8.24


・ 行く船が港に残す盆の月 
 (石狩市 小玉富士子、平成24年石狩市俳句コンテストの優勝作品、[昨夜から小樽です、早朝から港と町を散策しました、新千歳空港4時半の飛行機で帰京します、さよなら北海道!]) 8.25


・ ずっともう裏切っている気がしている 助手席に海ばかりかがやく
 (江戸雪『百合オイル』1997、彼氏と海辺をドライブしているのか、でも運転席の彼氏に対して作者の心は醒めている、それを後ろめたいと感じる屈折した心情、「助手席に海ばかりかがやく」が上手い) 8.26


・ こみあげる悲しみあれば屋上に幾度も海を確かめに行く
 (道浦母都子『無援の叙情』1980、尊敬していた活動家の先輩が亡くなったのか、こみあげる悲しみが耐えがたく、幾度も屋上に行く作者、折れそうになる心を支えてくれる海、「幾度も海を確かめる」が卓抜)  8.27


・ 皆人(みなひと)を寝よとの鐘は打つなれど君をし思へば寝(い)ねかてぬかも
 (笠女郎『万葉集』巻4、「さあ、みんな寝なさいという、夜10時の鐘が鳴っている、でも私、大好きなあなたのことを思い始めちゃった、もう好きで好きで、とても眠れない」、作者は大伴家持の愛人) 8.28


・ いたづらに身をぞ捨てつる人を思ふ心や深き谷となるらん
 (和泉式部和泉式部正集』、「空虚に吸い込まれるように私は身を投げてしまった、ああ、貴方を思う心は深い谷になっているのでしょうか」、冒頭の「いたづらに」は難解、「空しさ」「空虚」の意なのか、選集である『宸翰本和泉式部集』『松井本和泉式部集』には採られていない) 8.29


・ 日に千度(ちたび)心は谷に投げ果ててあるにもあらず過ぐる我が身は
 (式子内親王、「一日に千回も心を谷に投げ落としている私、この私は、生きているのかしら、いないのかしら、ああ、何て悲しい」、引き籠りで孤独だった作者の苦しみの歌) 8.30


・ 花みせてゆめのけしきや烏瓜
 (阿波野青畝、あまり知られていないが、カラスウリの花は「ゆめのけしき」のように美しいのです、写真参照) 8.31