木ノ下歌舞伎『義経千本桜』

charis2016-06-04

[演劇] 木ノ下歌舞伎『義経千本桜 ― 渡海屋・大物浦』 2016.6.4 池袋・東京芸術劇場シアター・イース

(写真右はポスター、下は女官と安徳天皇(右)、その下は平知盛)

木ノ下歌舞伎を見るのは初めてだが、とても面白かった。江戸時代の歌舞伎原作を現代のコンテクストに置いて、劇中劇のような形で原作の一部を再構成しつつ再演する。ただし音楽は現代の西洋音楽で、踊りも現代。冒頭には、鳥羽上皇から安徳天皇までの天皇家、平家、源氏の対立の歴史を超スピードでコミカルに提示して、物語の歴史的背景を説明している。歌舞伎の原作『義経千本桜』そのものが、滅び行く平氏と、頼朝に追放された義経という「敗者」に共感しつつ、平氏と源氏の「和解」という虚構を創作して(生き延びた知盛が安徳天皇義経に預ける)、戦いで傷つき死んでゆく者を鎮魂する作品であった。木ノ下歌舞伎のリメイク版の本作も、その延長線上にあり、現代国家による戦争の悲惨さを批判するモチーフがある。日の丸の旗がとても象徴的に使われている。典侍の局(すけのつぼね)と安徳天皇の間で交わされる原作の重要な会話(波の下には幸せの国がある、私たちはこの恐ろしい世界を離れてそこに行くのです)は、本作では、原作の口調のまま全部で3回(4回?)繰り返される。石母田正の名著『平家物語』は、平家の驕りと没落を大東亜戦争の日本敗北と重ねるものであったし、今年上演された野田秀樹『逆鱗』も戦争批判をモチーフにしていたから、本作もある意味で「正しい」解釈のリメイク版なのだ。


木ノ下歌舞伎は、演出家(今回は多田淳之介)がいるから、基本は現代演劇なのだろう。本作では、平清盛と弁慶を海坊主のような男優が一人二役で演じ、安徳天皇を少女のように美しい女優が演じるのが、うまい配役だと思う。義経は原作でもぼーっとしていて動きが少ないから、本作の主体は、やはり平知盛佐藤誠)と典侍の局(大川潤子)だろう。二人とも非常に良かった。最後の、仁王立ちになった知盛が背中から海に飛び込んで死ぬシーン、原作の大錨を重量挙げのように持ち上げる代りに、平氏の伝統と戦争の死者たちを一人の人体に見立てて、それを両手で高く掲げて海に飛び込むシーンは、最高だった。