ポーランド映画『イーダ』

charis2016-06-10

[映画]  パヴェウ・パヴリコフスキ『イーダ』(2013、ポーランド)。

 
DVDですが、素晴らしい映画だったので、感想を。


ロベール・ブレッソンの映画がそうであったように、本作も、科白が極端に少なく、映像そのものによって表現するという、映画の王道をゆく作品である。きわめて多くのシーンが、「光を背景に人間が存在する」ように撮られているのが素晴らしい。ホテル、電車、自動車の窓、そして自室や廊下の窓などが、あたかも教会のステンドグラスのように感じられ、ほとんど言葉をしゃべらない人物のアップした表情を中心に作られた黒白の映像は、神々しいまでに端正で美しい。歴史の過酷な運命の中に生きる少女を主人公にするには、実にふさわしい。


第二次大戦中、ユダヤ人を殺したのはナチスだけでなく、ポーランドの民間人もいたという暗い歴史、ナチスの占領から、ソ連の支援を受けた共産党政権に変ったという戦後ポーランドの苦悩とユダヤ人の運命。1961年、イーダの「伯母」では実はなかったヴァンダは、判事にもかかわらず酒浸りになっている。彼女はユダヤ人孤児イーダの母の親友だった。「人民の敵を死刑にした」という彼女の「赤い検事」の過去、助かったイーダと紙一重で自分の男の子は殺されていたことが分かった衝撃。そのヴァンダの早すぎる死。彼女の葬儀で遠く聞こえてくるインターナショナルのメロディーの何という美しさ! インターは鎮魂歌なのだ。ヴァンダという一人の女性が、戦中から戦後にかけてのポーランドの苦しみを象徴している。一人の人間の、わずかな期間の行動を撮るだけで、これだけのことが表現できるとは。


そして、何よりも主人公の少女イーダの、感情を押し殺した無表情が、彼女の深い怯えゆえであることに我々は衝撃を受ける。彼女の眼差しの何という暗さ! ほとんどしゃべらないイーダ。普通なら17歳といえば、女の子はきゃぴきゃぴしていてもよいのに、彼女はその真逆。非常に美しいのだが、修道女姿になると、そうは見えない。しかし、終幕、おそらく修道院をやめて世俗に生きるであろう彼女の、少し明るくなった表情に、我々は救いと希望を感じる。イーダは、ブレッソンの『少女ムシェット』の無表情と、とてもよく似ているのだが、最後に救いがあるところが異なる。モーツァルトの音楽が、なんと効果的に使われていることだろう。アウシュビッツの収容所で、ユダヤ人の音楽家たちはよくモーツァルトを演奏させられたという事実が、おそらく背景にあるのだろう。アウシュビッツは、ドイツではなくポーランドにある。