今日から始めます。

はじめまして。ようこそいらっしゃいました。私がcharisです。本職は哲学なので「美」は副専攻ですが、「charis」という良い名前をもらいました。ギリシア神話の、美と優雅の女神たちです。これを機に、大学の公式HPの観劇記を、8月以降はこちらへ移します。演劇やオペラの批評の他、たまにはDVD評や読書ノート等も載せます。
近い予定は、10月8日ロシア・マールイ劇場「三人姉妹」、14日小沢=シュターツオパー「フィガロの結婚」、23日モーツァルト「愛の女庭師」新国など。以降はモーツァルト・オペラが主。


・大学の公式HPはここ:http://www.gpwu.ac.jp/~uemura/

・本の批評は主にアマゾンのレヴューに。ニックネームは「お気に召すまま」。場所はここ:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/cm/member-reviews/-/A28AIUT1YCZ0WB/1/249-8498036-0151565?desc=full


[演劇]  8.12 『お気に召すまま』  蜷川幸雄演出  埼玉芸術劇場大H
この作品は実演を見る機会が少ないので貴重だ。全員を男優がやる珍しい試みで、蜷川もジャポニズムはまったくなく、正統的リアリズムに近い線まで戻った演出。98年のロンドン・グローブ座公演と対比すると、英語と日本語という違いはあるが、この作品の非常な難しさとその魅力がよく分った。蜷川は、舞台造形と役者の動きの案出に非常な才能を感じる。舞台一杯を使った大きなアーデンの「森は生きている」といった感じで、この森がないとジェイクイズの厭世道化ぶりや羊飼いたちの猥雑さが生きてこない。ジェイクイズに若い高橋洋を起用したのは大成功。肝心のロザリンドだが、61年のレッドクレイブまで名舞台はなかったと言われるくらいの、シェイクスピア全作品中屈指の難役だ。成宮寛貴という美形の男優だったが、声が低く太くて男性性が強いので、声域の高いオーランド(小栗旬)を圧倒してしまい、ミスキャストだと思う。オペラのテナーとバスではないが、トランスジェンダーには声域が重要な要素だ。田舎娘を男優がやると実にコミカルで、たくさん笑いを取ることができる。シーリアを斜に構えた冷め切った女に造型したのも正解で、男優(月川勇気)が生きている。だが今回の舞台の最大の欠点は、この作品の一番核にあるロザリンドの女性性をめぐる葛藤がまったくない点にある。ロンドン・グローブ座ではたぶん二十代の女性演出家だからか、ジェンダー論的問題意識が先鋭で、男装の中で苦しむロザリンドの女性性が痛々しいまでに印象的だった。蜷川にはそれがないのだろう。成宮ロザリンドはどこまでも男っぽくて、宝塚のズボン役を男がやっているような印象。何か本質的なものが欠けている。とはいえ、演劇としては地味で、言葉に頼る部分が多くて難解な『お気に召すまま』を、ここまで現実化できるのはやはり大したものだ。それにしても観客の大部分が、ふだん演劇と関係なさそうな若い女の子ばかりで、やる方としては少し物足りないのではないか? 男優の面白おかしい仕草で一斉に笑うだけで、この作品の全体像のことなど、ほとんど分っていないようだ。