近代短歌の最高峰の一人、佐藤佐太郎(1909-87)。茂吉ほど「幅」の広さはないが、歌のもつ芸術性は比類のない高みにある。彼の言葉によって初めて開示される自然の何という豊かさ。
はなやかに轟くごとき夕焼けはしばらくすれば遠くなりたり
幾万といふ蔦の葉がひとときに風にし動く楽しともなく
三呼吸ばかり光りて流らふる蛍は遠くとぶこともなし
ためらはぬ角度をもちて遠しとも近しともなく稜線は見ゆ
生死夢の境は何か寺庭にかがやく梅のなか歩みゆく
[鑑賞] 初めの二首は若いときの作で、第二歌集『歩道』より。『歩道』は佐太郎の原点と言われるが、そのシャープな感性は本当に凄い。誰もが見慣れている夕焼けや蔦の葉を、このようなごく普通の言葉だけを使って詩にする卓抜な技量。たまたま選んだ五首の中に、「遠い」が三回、「近い」が一回出てくる。対象の「動き」と相俟って、空間性の開示に歌の秘密があるようだ。