小沢=ウィーンSO「フィガロ」

[オペラ] 10.14夜 「フィガロの結婚」 小沢征爾 ウィーン国立歌劇場 NHKホール

皇太子(真下で見えなかったが)も来て、NHKホールは盛り上がっていた。三階席なので歌手の声がいまいち響かなかったが、オケの音の美しさが素晴らしい。弦のぴったり揃った澄んだ音色、クラリネットの柔らかな音。舞台は77年初演のポネル演出。繰り返し再演された定番ゆえに、とてもオーソドックス。27年前だから歌手の演技も押さえられて、最近の「前衛」風演出のような衒いがない。

たくさん聴いた「フィガロ」との違いは、歌手の歌の比類ない安定感だろう。二年前のエクサンプロヴァンス音楽祭版「フィガロ」も非常に良かったが、かなり個性的で、それに比べるとポネル版はスタンダード。ポネルは舞台装置出身の演出家だが、視覚美が映える。召使たちの黒を基調とする服装はシックで美しく、とても洗練されてスタイリッシュだ。難は、舞台面積がやや広いことか。歌手が大きく動かねばならない。

ケルビーノ(アンゲリカ・キルヒシュラーガー)の、柔らかなリリック・メゾが印象的。テンポも、ケルちゃんの"Voi che sapete"や、伯爵夫人やスザンナのアリアは、ゆっくり歌わせて、それ以外のところは速めにという感じ。これはルネ・ヤーコプスとも共通する。レチタティーボチェンバロではなくピアノフォルテを使っている。第四幕、マルチェリーナとバジリオのアリアがカットされないのは良い。

フィガロ」は全編溜め息がでる旋律ばかりで(アリアは息を殺して聴くから、呼吸もできない)、どこがいいも何も「全部いい」としか言えない。最近特に気に入っている箇所としては、第四幕の終わりごろ、騙され続けて嫉妬に苦しんできたフィガロが「勝者」に転じる瞬間。嫉妬に狂うスザンナにバンバン平手打ちされながら、「もっと打って、ああ僕は幸せ!」とマゾっぽく叫ぶフィガロに、優しくそして優美に寄り添う、何という天国的な旋律!! 「人間」という名の、このどうしようもない動物の情感が底の底から浄化される。ビッグバン以来137億年の時が流れたのも、「地球」という名のこの小さな星に「フィガロ」を生み出すためだったんだよ、きっと!! (傍白:定年で大学やめたら、論文書く人生にさよならして、モーツァルトにオマージュ捧げるだけの余生を生きたいょ!)