凡兆(1)

野沢凡兆は、蕉門(芭蕉の弟子)の中でもとりわけ優れた感覚の持ち主。繊細で優美な句を選んでみた。


はなちるや伽藍の枢(くるる)落としゆく


市中は物のにほひや夏の月


下京や雪つむ上の夜の雨


[鑑賞] 第一句、彼の代表作。「枢」とは、扉に施錠するために敷居の穴に差し込む木の棒。春の夕刻、桜が散りやまぬ伽藍(がらん=寺院)。一人の僧が扉を閉めて、枢をことんと落として去る。静寂の中に響く音。第二句、生活の匂い溢れる町の夜空に月が。第三句、京の町に降った雪が、夜中に雨に変る。「上の」に聴覚が生きる。どれも、一句の中に複数の感覚が息づく。