赤川学『子供が減って何が悪いか』

[読書]  赤川学子どもが減って何が悪いか!』(04年12月 ちくま新書)


(1) 赤川氏は、「男女共同参画少子化対策に有効」という通念を、統計の分析に基づいて批判する。この批判の部分が大きな話題になっている。が、その批判が正しいとしても、そこから「男女共同参画少子化対策に無効だ」という結論を導くところには、若干の飛躍と無理があると思う(以下は、アマゾンに書いたレヴューを敷衍したもので論旨は同じ)。著者の言う通り、統計に基づく主張は、さまざまな要因間の擬似的な「相関関係」を勝手に「因果関係」に読み換える誤りに陥りやすい。「男女共同参画政策が少子化対策に有効」と主張する参画論者の議論を吟味すると、サンプルの取り方が恣意的であったり、統計に現れた都合の悪い事実には触れないといった問題点がある。が、統計をよく見ると、男女共同参画の政策に相当するような要因は、独立変数としてほとんど登場していない。つまり、政策が有効であるという論証もできないが、逆に無効であるということも、統計それ自体からは出てこないように評者には思われる。


(2) たとえば原田泰氏は「子育て支援支出が大きい国ほど出生率は高い」という統計を提出しており(p33)、赤川氏はこれを国内統計に基づいて反証しようとするが、反証に成功しているとはいえない(児童手当か保育サービスかという対立は今は措く)。四つの既存の国内分析に赤川氏の分析を加えた五つの統計が使われているが、その結論は、①都市居住、②女性のフルタイム就業、③女性自身の高収入という要因が、「子供を減らす」ということである(p72)。これは正当な結論であろう。だがこの分析は、三つの要因の環境下にある女性に対して、「この三つ以外の」政策的支援が、出生増をもたらすか否かについては何も述べていない。つまり、客観的な三つの要因が少子化をもたらしたことを論証しただけで、それに対してあらためて外部から介入するものとして行われた政策的支援は、ほとんど統計の独立変数として検討されていない。


(3) 検討された要因のうちで興味深いのは、「祖母の同居」という要因である。が、八代氏や前田氏の統計ではそれは「子供を増やす」が(p59)、赤川氏の統計ではそれは効果がないという、対立する結論になっている(p71)。つまり、五つの統計を使っても、「祖母の同居」の有効・無効については、明確な結論が出ていない。そして、それ以外の子育て支援と考えられる要因については、統計分析では主題的には扱われていない。だから、三つの要因のもとで少子化を余儀なくされている女性たちに、さらにどのような支援が有効なのかについては、著者の統計分析からは、ほとんど何も言うことはできない。


(4) 「現在の少子化対策は、出生率回復にとって<逆効果>になっているのではないか」という赤川氏の「仮説」(p138)は、直感的なものであり、統計分析に基づいて言われてはいない。たしかに、「10年近くにわたって子育て支援や両立支援などの少子化対策は行われてきたが、出生率回復のきざしはみえない」(p142)。しかし、この事実から、「行われた少子化対策は無効」という結論を出すことはできない。保育園の充実がまったくなければ、少子化はもっと進んだかもしれないからである。もっと減るはずだった出生率を「この程度で食い止めた」とすれば、支援策は有効だったわけである。もちろん、評者がこう主張したいわけではない。ほぼ同一条件の二つの地域で、異なった政策を10年は続けなければ、政策効果の検証はできないからである。重要なことは、ここで示された統計からは、子育て支援策が「有効である」とは言えないと同時に、しかし「無効である」とも言えないという事実であろう。