映画『亀も空を飛ぶ』

charis2005-09-18

[映画] 『亀も空を飛ぶ』 B.ゴバディ監督 岩波ホール


クルド人の監督が、クルド難民の子供たちを描いた、クルド語の映画。今まで見たことのない、不思議な映画だ。イラク戦争を巡る辛く悲しい物語だが、深く吸い込まれるような美しさがある。(写真は、クルド難民の少女アグリン。主人公の少年サテライトが淡い恋をするが、彼女は全編中一度も笑わず、つねに敵意に満ちた硬い表情のままだ。これがたぶん一瞬だけ見せた、最も穏やかな顔。)


イラクのトルコ国境にある、クルド地区の難民キャンプ。少年たちは国境地帯にある地雷を除去して、国連に売り、現金をかせいでいる。爆発事故で、片手片足のない子供もたくさんいるが、皆、たくましく明るく生きている。少年たちを統括するリーダーのサテライトは、アメリカファンの聡明な少年で、武器商人とも丁々発止の交渉して、子供たちの集めた地雷を売りさばく。戦争という極限状態の中で、親のない少年も多いが、彼らの明るさと生命力には感嘆する。


そこに、両腕のない少年ヘンゴウとその妹アグリンが別の地区からやってくる。アグリンは赤ん坊を背負っている。事実上、男たちしか出てこないこの映画の、紅一点だ。この兄妹と村の少年たちとの関係はよそよそしく微妙だが、相互の助け合いもある。主人公サテライトのアグリンに対する、ユーモラスで淡い恋が切ない。が、アグリンは展望のない難民生活に絶望して、絶壁から身を投げる。


亀も空を飛ぶ」というタイトルの意味が画面からは分らなかった。バクダッド陥落の日、難民キャンプに現れた米軍ヘリコプターが、地上を這うように飛んでビラを撒く光景があり、その比喩かとも思った。が、そうではなかった。プログラムノートの監督の説明によれば、「亀」とは赤ん坊を背負って歩く少女アグリンの姿なのだ。地べたを這うように生きている彼女に、空を飛んでほしいという祈りを込めたタイトルのようだ。実際の彼女は、絶壁から身を投げて「空を飛ぶ」。何という逆説。


この映画は俳優を一人も使わずにクルドの現実を映しているので、リアリズムと錯覚するが、実際は、物語の中に黙示録的な神話が埋め込まれている。兄のヘンゴウは予知能力があり、衛星放送の英語を誰も理解できないこの村で、彼だけがイラク戦争の進行と終結を予言する。リアリズムと黙示録的な祈りとの結合が、この作品を傑出したものにしているのだろう。この映画は、テーマも結末もロベール・ブレッソンの『少女ムシェット』と似ている。ブレッソンは、「世界中には、たくさんのムシェットがいる」と述べていた。ほとんど何も言わずに死んでしまうムシェットたち。アグリンがクルド版ムシェットであることが悲しい。

(下記でスチール写真が何枚か見れる。↓)
http://www.iwanami-hall.com/index.html