新国立劇場『十二夜』

charis2006-03-17

[演劇] 山崎清介演出『十二夜』 新国立劇
 場・小H


(写真は、1969年、ジョン・バートン演出による、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニ公演。ヴァイオラを演じるジュディ・デンチ。20世紀で指折りの名演とされる。)


新しい工夫に満ちた、刺激的な『十二夜』だった。1995年に東京グローブ座で始まった「子供のためのシェイクスピア」シリーズを、中心メンバーが発展的に継承した上演。このシリーズはほとんど見てきたが、非常に優れたものだった。「子供に」シェイクスピアを見せることは、大人に見せる以上に難しい。シェイクスピアはリアリズム演劇ではないので、舞台に登場する「一定の約束事」を理解しないと楽しめない。つまり想像力を働かせないとダメなのだが、子供に想像力を働かせるような舞台を作るために、関係者は非常に苦労してきた。『ヘンリー四世』『リチャード二世』といった、子供向きでない作品を上演したのも評価できる。


そのシリーズの中心メンバーだった山崎清介が、戯曲の再構成、演出、出演(サー・トービーと人形使い)を兼ねる『十二夜』だ。10年前の『十二夜』よりも、さらに楽しい作りになっている。山崎演出の特筆すべき点は、「黒子スタイル」の活用と、科白の大幅改変、そして人物の動きの工夫にある。まず「黒子スタイル」だが、役者は全員、黒帽子、黒マントの「黒子スタイル」と、それぞれの服装を着た各キャラクターとの間を、たえず衣装を着脱しながら自由に行き来する。そして、黒子グループがつねに横や後ろにいて、メインの人物の科白に対して、時には、ひそひそ声の「こだま」のように応答を返し、時には、「えっ」と驚き、茶々も入れる。これは原作にない新しいやり方だ。賛否両論あるだろうが、シェイクスピアは日本語にした科白をそのまま喋ったのでは「間が持たない」感じが残るので、『十二夜』のような喜劇には適したやり方と思う。


科白の改変では、歌舞伎でもやる時事ネタを混ぜて笑わせる方法が、こんなにうまくいくとは思わなかった。「もじれる」コンテクストが無数にある。たとえば、地下牢に閉じ込められたマルヴォーリオとエセ牧師の交わす教理問答が、心理テストに変わり、野球のWBC戦の「メキシコよありがとう」という絶妙な答えをしたマルヴォーリオが、「コンテクストを逸脱した回答」をする狂気の証拠とされる(日替わりネタでやっているのだろうか?)。今まであまり気がつかなかったが、シェイクスピアが多用する教理問答風の会話は、時事ネタを混ぜていくらでも面白く作り変えられるわけだ。


シリーズでずっとヒロインを演じてきた伊沢磨紀がセバスチャンとマライアを演じるが、この二役はキャラクターがまったく違うので、この変身は面白い。野田秀樹夢の遊眠社時代のヒロインだった円城寺あやが、道化のフェステだが、もう少し声に「張り」がほしい。あと、マルヴォーリオが偽ラブレターで舞い上がるシーンは、どの演出でも工夫をこらすが、今回は少し中途半端だったように思う。それはともかく、舞台装置は枠の回転するカーテン一枚のみ、黒マントと人の動きと科白だけから、これだけ面白い日本語版『十二夜』が生まれたことを喜びたい。案内HPは↓
http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/10000027.html