ク・ナウカ『奥州安達原』

charis2007-02-27

[演劇] ク・ナウカ『奥州安達原』 宮城聡演出 新宿・文化学園体育館


(挿絵は、ちらしより。絵金『奥州安達原 四段目 一つ家』 右側の老婆は、安倍頼時の妻、岩手。臨月の女性を殺して胎内の嬰児を奪おうするが、この女性は実は自分の娘だったことが後で分かる。)


ク・ナウカのお別れ公演最終日。思えば『エレクトラ』以来、この劇団の様式美に魅せられてきたが、17年の劇団活動を閉じるにふさわしい名演だ。ク・ナウカは、舞台で動く役者と科白の語り手とを別人にするという、人形浄瑠璃の手法を演劇に取り入れた珍しい劇団だ。その最終公演が、江戸時代の人形浄瑠璃の傑作『奥州安達原 四段目』(近松半二作)であるというのも頷ける。物語は、平安時代の東北地方の「安達原」。蝦夷を統括した豪族安倍氏が、源氏の八幡太郎義家に鎮圧された後、殺された安倍頼時の妻、岩手は、山奥の鬼婆となって、旅人を殺しては軍資金を貯めて本州の支配者源氏に復讐しようとする。そこへ密偵をおびた源氏方の武士が、臨月となった恋人の女性とともに現れるが、女性は岩手に殺されて嬰児を胎内から奪われる。しかし、この女性は実は岩手の娘であったことが分かり、岩手は絶望のあまり自殺する。


グロテスクな猟奇事件を題材にした物語だが、ここには、制圧された民族の悲しみと怨念や、絶望的な反逆のテロリズムがかえって自分を傷つける不条理など、9.11以降の現代世界に通じるモチーフがある。台本作者の宮城聡はこれを、現代における「大きな物語に生きる人間」の不条理として捉え返す。源氏VS安倍氏という「大きな物語」を生きる岩手が、自分の娘を殺すという逆説。岩手を演じたのはク・ナウカのヒロイン美加理だが、堂々たる風格の鬼婆には鬼気迫るものがあった。岩手が女と取っ組み合いの末に腹を割いて嬰児を取り出す激しい動きと(上記挿絵)、自分が殺した女が娘と分かった後の、人物がみな凍りついて動きを止め、時間が静止したかのような緊張の極限との対比が素晴しい。そして最後に現れる安部貞任を含めた敵味方全員の祝祭的なダンス。動と静が入れ替わりつつテンションが高まり、「大きな物語」をパロディにしながら逞しく生き抜く人間が暗示される。


そして今回、あらためて強く印象に残ったのは、ク・ナウカの声と音楽を担う役者たちの素晴しさである。彼/彼女たちは全員、両手と肩が大きく露出した黒い衣装を付けているが、彼らの鍛えられた身体の動きには、ほれぼれするような美しさがある。彼らは決して「黒子」ではなく、舞台の豪華な衣装の役者と均衡を保つ「前景」だということがよく分かった。ク・ナウカの17年の活動にあらためて拍手を送りたい。