「出生率」を考える(3)

charis2008-08-02

[読書] 河野稠果『人口学への招待』(中公新書 2007年8月)


(写真は、鹿狩りをするアルテミス。アスリート美神だが、なぜ出産や多産の守り神なのか、この像からは分からない。)


今日は、なぜ「合計特殊出生率」という概念が作られたのかを考えてみたい。「総出生率」は、ある年の出生数を15〜49歳の女性人口で割ったものである。分母は「1」になるから、産むことのできる女性全員を合わせて一人の女性に見立てて、彼女が15〜49歳の間に生む子供の数をあらわすことになる。だが、こうしてできた「総出生率」は、別の時点や他の国の「総出生率」と比較するのには使えない。なぜなら、15歳から49歳まで、どの年齢の人口もすべて同じならば、比較に問題はないが、実際は、15歳から49歳まで、年齢によって人口はかなり違うからである。たとえば、A国は、団塊ジュニアのように突出して多い世代が30歳前後の「産みどき」にあるので、出生数が多いが、B国は突出して多い世代が20歳以前なので出生数が少ないものとしよう(あるいは、B国ではなく、十数年前のA国と考えてもよい)。どちらも15〜49歳の女性総人口は同じだとする。この両国を比べると、A国はB国より総出生率が高いように見えるが、実際は人口の多い世代がたまたま「産みどき」にあるかどうかの違いであって、両国の「出生力」が違うとはいえない。だから、15〜49歳の女性の人口構成の内訳が異なるならば、そうした二つの国や二つの時点を比べても、総出生率のみかけの差は、出生力の違いを表さないことになる。


「総出生率」のこうした欠陥を是正するために、「合計特殊出生率」が考案された。それは、どの年齢の女性の数もすべて同じになるように、計算の仕方を変えるのである。具体的には、15〜49歳という期間を1年ごとに分解して、それぞれで分数を作ってしまう。まず、15歳の女性の人口を分母に、そして15歳の女性が産んだ出生数を分子に置いて、分数にする。次に16歳についても同様に分数を作り・・・、という仕方で、49歳まで分数を作る。そして、こうして出来た35個の分数をすべて足す。これが「合計特殊出生率」である。このようにすると、どの年齢も分母が「1」になるから、どの年齢も人口が同じだという仮定のもとに、各年齢の出生数が調整されたわけである。このように考えると、15〜49歳までの女性は、どの年齢もすべて同じ人口から構成されることになり、実際には存在する世代ごとの人口のバラツキの効果を打ち消すことができる。そして、どこの国も、どこの時点でも、この同じ条件にあると仮定されるので、互いに「本当の出世力」が比較できることになる。要するに、15〜49歳の女性全員を「一人の女性とみなす」という点では、「総出生率」と同じであるが、こちらは、人口構成のバラツキを取り除いて、人口が各年齢で同じという、いわば「理想の一人の女性とみなして」いるわけだ。


このように、女性全員を合わせて「理想の一人の女性とみなす」ところに、「合計特殊出生率」の意義があるのだが、このようなものが考案される理由は、他の時点や国との比較できるように「条件を同じに揃える」という理論的関心にあることに注意しなければならない。つまり、「合計特殊出生率」は、統計上の理論的要請によって作られた、架空の理想状態なのである。実際には、人口の年齢別バラツキはあるので、そのバラツキとのズレが、以下の曲線で表される。

合計特殊出生率」は、年齢構成の違いがないという架空の仮定に立っているが、その仮定とのズレが、青い太線で示される。左側の数値の「1」が、年齢構成の違いがない場合の値である。[続く]