本谷有希子『幸せ最高ありがとうマジで!』

charis2008-11-01

[演劇] 本谷有希子作・演出『幸せ最高ありがとうマジで!』 渋谷・パルコ劇場


本谷有希子(もとやゆきこ)は1979年生まれの若い劇作家。私は今回初めて見たが、なかなか良くできた面白い舞台だった。本谷は、自ら劇団を主宰して、2000年に自作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を旗揚げ公演している。今回の『幸せ最高』は、自意識過剰な妄想系の人々が引き起こす喜劇。人物がとても生き生きして、キャラの細かい作りが巧く、突然繰り出される突拍子もない科白のやり取りが面白い。自意識過剰な人々の家族喜劇という点ではチェホフ的でもあるが、もう少し不条理劇風なのかもしれない。


物語は、しがないオヤジの経営する、つぶれそうな新聞販売店で、家族がかいがいしく働いている。そこへ、「私はご主人の7年越しの愛人だ」と語る奇妙な女(永作博美、チラシの写真)が現れて、販売店主の妻にからみ始める。だが、それはでまかせの嘘で、その女は、「何の理由もなく、見知らぬ他人を不幸にしてみたい」という欲望だけで行動している。しかし販売店主の妻は、「私は1年前に再婚したばかりだから、それ以前の6年はどうでもいいことだし、私は何でも許しちゃう女ですから」と、まったく取り合わない。が、その店には住み込みの若い女店員(吉本菜穂子)がおり、彼女は無口で欝っぽくリストカットを繰り返している。奇妙な女はその女店員にからむうちに、彼女は販売店主のオヤジにレイプされたので、復讐を狙っていることを知る(しかし、実はオヤジの愛人でもある)。それで、彼女をけしかけてオヤジに賠償を迫り、一家に騒動が持ち上がる。


オヤジにはどうしようもない無能な息子と、再婚の妻には連れ子の娘がいるが、その全員が、今まで不幸な生活にじっと耐えに耐え、不満を押し殺して生きてきた。それが、奇妙な女の介入によってタガが一気に外れて、「すべてを許す女」のはずだった妻も含めて全員が、「自分は今までじっと耐えてきたが、あんたがそんなことを言うなら、もう黙っちゃいない、こっちだって言わせてもらう!」と互いに激しく罵り合う(このあたり、『ワーニャ叔父さん』風)。だが、騒動が盛り上がってカタルシスのように機能した結果、家族たちの矛先は奇妙な女に向けられ、「そもそも、あんたは誰なんだ」と詰問する。奇妙な女は、「自分は無差別テロリストで、何の根拠も理由もなく他人を不幸にしたいだけだ、今日は誕生日なんだ」とわめき、灯油をかぶって自殺しようとする。彼女も心を病む孤独な女なのだ。それを理解した家族たちは、狂ったように踊りながら皆でハッピイバースデーを歌い、オヤジはケーキを差し出す。それが啓示となり、救われた奇妙な女は絶叫して、終幕。


科白が前後の脈絡なく突然繰り出されるので、会話が奇妙にねじれながら、しかし話が展開してゆく。ここに劇作家としての本谷の才能が感じられる。プログラムノートで永作が、「科白がなかなか覚えられない、思考の脈絡が付けられないからだ」と語っているのは、この劇の特徴をよく表している。ただし、私の印象からすると、謎の女が「私は明るい人格障害だ」とか、「人生の出来事に理由なんかないことを証明したい」とか、「無差別こそが」とか、自己解説風に説明的な科白を言ってしまうところに、やや難があるのではないか。つまり、分かりやす過ぎるのだ。喜劇的な仕立てで「心の深い闇」を描くのは、なかなか難しい課題だが、本作には底流に「どこか暖かいもの」を感じさせる。これがたぶん本谷作品の魅力なのだと思う。役者は、永作博美には生気が、女店員の吉本菜穂子には味わいがあり、妻の広岡由里子、オヤジの梶原善ともども、個性的でとても巧かった。