本谷有希子『来来来来来』

charis2009-08-11

[演劇] 本谷有希子作・演出『来来来来来』 (下北沢・本多劇場)

(写真右は本谷有希子。下はポスターと、舞台写真。義母(木野花)と嫁の蓉子(りょう))

本谷有希子は、7月に30歳になったばかりの劇作家。今年の芥川賞候補にもなった。昨秋の『幸せ最高ありがとうマジで!』はとても面白かったし、代表作の映画版『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』も冴えている。この最新作『らいらいらいらいらい』は、女だけの演劇で、いかにも本谷らしい作品だ。


自衛隊員をやめて山奥に嫁いできた孤独でおとなしい女の蓉子は、一ヵ月後に夫が突然失踪。変わり者の義母が次男である蓉子の夫を溺愛し、それに耐えかねての失踪と分りショックを受ける。義母の長男夫婦は、揚げ麩(ふ)作りを生業として一緒に暮らしているが、義母は長男をいじめ、長男は妻をいじめ、妻は義妹の蓉子をいじめる。そのいじめに対して、夫の帰りをひたすら待つ従順でマゾヒスティックな蓉子は、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶのだが、最後の最後に逆切れする。だが、抑圧者の頂点にいた義母も、実は夫に逃げられた寂しさに耐えてきた人生だったことが分り、蓉子と惚けてしまった義母との間に不思議な愛情が芽生え、蓉子は義母の車椅子を押し、紙おむつをやさしく取り替える。そして最後、蓉子は町の人に毒を盛って騒ぎを起こし、義母と二人で遁走し終幕。それを主筋に、近所に住む引き篭もり女子高校生と蓉子との棘のある遣り取り、揚げ麩場で働く近所の二人の女のあけすけな性的な会話が、舞台を盛り上げる。本谷は『セックス・アンド・ザ・シティ』のガールズトークを範としたとプログラムノートにあるが、こちらはもっとずっと捻じれて濃いコメディだ。山奥の閉ざされた空間の中で、抑圧された女たちが濃密にエゴをぶつけ合うのだから。楚々とした美女キャラの蓉子と、それ以外の女たちの対照が生きている。また、揚げ麩場で働く女の一人、自称「男なら誰とでも寝てしまう」「あそこが優しい」女、ヒロ子を演じる吉本菜穂子は、本谷演劇の常連で、ちょっとズッコケた明るさがとてもよい。


本谷の劇はまだ二つしか見ていないのだが、不器用な人間たちがじっと耐えて生きている、その抑圧のねじれた循環と、ある時その抑圧された本音をバアッとさらけ出して開き直る痛快さが人気の秘密だろう。だが、突っ張っているどの人物も、実は心底では他者の愛情を強く求めており、愛情に飢えているという、その切なさといとおしさが、彼女の劇を魅力的なものにしている。本作でも、孤独で弱みを見せずに生きてきた蓉子が、最後には惚けてしまった義母と和解し、義母のおむつを交換すると、義母はその喜びを蓉子の頭を撫で回すことによって表現する。それが何より嬉しい蓉子。誰かに頭を撫でてもらうという愛撫がなければ、人は生きていけないのだ。全体としてどこか、チェホフ『ワーニャ叔父さん』的なものを感じる。人々がわめき出して大混乱になり、いったいどうやってこの劇は終るのだろうかと心配になるが、何か突然<底が抜けたように終わる>のが本谷劇の特徴だ。チェホフのように、しんみりと終わるのではないところが違うが、これでよいのではないか。


本谷劇には今回初出演の、1948年生れの年配の女優、木野花はプログラムノートにこう書いている。
>本谷さんと知り合う前に、お芝居を何本か拝見していました。閉ざされた劇空間に、ハードで濃密でねじれていて行き場を失うエネルギーが、常に渦巻いている。随分ととんがった感性をもった作家さんだなあと思いました。それで実際お話してみたら、演劇界には珍しい、きゃぴきゃぴした可愛い女の子で、あの「きゃぴきゃぴ」は曲者だと思いました。「きゃぴきゃぴ」しながら、要求は情け容赦ないですからね。