ドヴォルザーク『ルサルカ』

charis2011-12-03

[オペラ] ドヴォルザーク『ルサルカ』 新国立劇場

(写真右は、月に向かって歌うルサルカに、月の中から魔女イェジババが現れたところ。下は、青服のルサルカが、人間界で孤立し、婚礼の席を孤独に駆け回る。)

ポール・カラン演出で、2009年にノルウェー国立オペラで上演されたものを、日本で再演。幻想的で詩情溢れる美しい舞台だった。原作は、水の精の少女ルサルカが人間の王子に恋をして破れるという神話的な悲劇だが、カラン演出は、全体をメタシアター化し、現実界の夢見がちな少女ルサルカが見た夢という形で、全体を包み込む。少女ルサルカの住む大きな家が、冒頭で舞台下に沈み、終幕でまたせり上がってくる。その間が、本来の『ルサルカ』なのだが、この大仕掛けの舞台装置が生きている。また、CGを効果的に使って水のゆらめきを舞台壁面に映し、湖の底の水の精の世界を幻想的に描いている。


幸福な水の精たちの共同体に生きていた少女ルサルカは、湖に遊びに来た人間の王子に恋し、「どうしても人間になりたい」という欲望を持ってしまった。家父長的な父や姉妹たち、友人たちの反対を押し切って、魔女イェジババの秘薬で人間の身体を獲得する。だが、それと引き換えに、彼女は声を失う。アンデルセンの『人魚姫』を模したものだが、オペラでヒロインが声を失うというのは効果的だ。第二幕、王子とともに王宮にある間、ルサルカは一言も歌わず、パントマイムのように痛々しく振舞う。王子の心はわずか数日でルサルカを離れ、恋に破れたルサルカは呪いをかけられたまま水の精の世界に戻る。人間のように死ぬことができないので、生きるでも死ぬでもなく、ルサルカは幻のような抜け殻になってしまった。後悔した王子が再び湖に現れるが、王子にキスをすれば、王子は死んで、ルサルカの呪いは解けるはずだった。原作では迷いに迷ったルサルカが、自分は死にたいと言う王子にキスをして、二人とも死ぬ。が、カラン演出では、王子は生き返り、ルサルカは目覚めて人間の少女に戻る。


これは何の寓話なのだろうか。カランはプログラム・ノートで、『ルサルカ』が作られた1900年は、イプセンやチェホフの演劇によって、女性の自立や社会進出がテーマ化されたと述べている。そして本作を、少女がさまざまな経験をして成熟し、大人になっていく道程と捉え直す。原作ではルサルカはひたすら悲しむばかりで、男性の身勝手への「反抗」も「復讐」もないので、これはやや無理のある解釈だと思う。とはいえ、水の精の国へ出戻ったルサルカが、魔女や家族や友人たちから厄介者扱いされて、再び疎外されるシーンは印象的だ。共同体の掟を破ったルサルカには、もう帰るべきところがない。その意味では、これはとても「古い」物語のような気もする。


とはいえ、ドヴォルザークの叙情的な音楽がとても美しく、ルサルカのアリアも素晴らしいので、優れたオペラだと思う。ただ、歌という点では、ルサルカだけが突出しており、主役と脇役の差が激しい。チェコ語の上演なので、今回はロシア、スロバキアなど東欧系の歌手が多かった。ルサルカを歌ったロシア人のオルガ・グリャコヴァは、声量も豊かでとても良かった。