今日のうた11(3月)

charis2012-03-31

[今日のうた11] 2012年3月

(写真は、昨年12月に出た『山川登美子歌集』岩波文庫。登美子1879~1909は与謝野鉄幹を慕い、晶子の友人であった。晶子とは対照的な清楚な歌を詠んだが、29歳で没す。岩波文庫表紙にある『明星』第6号(1900)表紙は官能的なヌードの絵。二人の歌が載る号だが、表紙は完全に晶子バージョン。)


・ 三月の甘納豆のうふふふふ
 (坪内稔典1984、雛あられの中の甘納豆が大好き) 3.1


・ 雛の幕引きも絞りて美しや
 (高浜虚子雛人形自体よりも幕の「引き絞り」を前景に出した卓越さ) 3.2


・ 天平(てんぴよう)のをとめぞ立てる雛(ひいな)かな
 (水原秋櫻子、いかにも優美な雛人形が目に浮かぶような、秋櫻子らしい句) 3.3


・ 紙雛(かみびな)に角力(すもう)とらせる男の子
 (『誹風柳多留』、あっ、女の子が大切にしている紙の雛人形に、男の子たちが相撲なんかとらせてる!) 3.4


・ 去年まで桜と言ひしお花どの花いろ繻子(しゆす)の帯も出来たの
(『万載狂歌集』1783、三月初旬は下男・下女の契約更新期、更新によって名前も変り給金も上がる。「桜」と呼ばれていた下女が「お花」に変り(「どの」は冷かし)、上がった給金で綺麗な帯も作ったね。) 3.5


・ 書き終えて切手を貼ればたちまちに返事を待って時流れ出す
  (俵万智『サラダ記念日』1987、今なら、メールを打った後がそれに近い?) 3.6


・ きらり月 君はもうすぐここに来てわれの時計をゆっくりはずす
 (江戸雪2005、作者は1966年生れ、自分の部屋だろうか、彼氏を待つときめきを詠う)3.7


・ 天心にして脇見せり春の雁
 (永田耕衣1955、「大空の真ん中を行く雁の群れ、今、一羽の体が大きく傾いた」(私自身がよく見た実景)、あるいは「まっすぐに進んできた雁の群れが、いっせいに体を傾けて方向を転換した」のか) 3.8


・ 木の芽あへ女たのしむこと多き
 (及川貞1967、作者1899〜1993は秋櫻子に師事し『馬酔木』同人、季節の旬のものを使って料理を作る楽しさ詠んだ句、衣食住への女の関わりには、男の知らない楽しみが潜んでいる、と) 3.9


・ いつせいに柱の燃ゆる都かな
 (三橋敏雄1945、3月10日の東京大空襲を詠んだ句) 3.10


・ 山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき春の国を旅ゆく
 (若山牧水1910、まだ山も海も眠っている春の国の旅) 3.11


・ 早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ
 (葛原妙子1950、作者は1907年生れ、超現実の前衛短歌を作った歌人、でもこの歌は超現実ではなさそう、レモンにナイフをぐさりと入れた少女は、作者の娘か?) 3.12


・ 観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)
(栗木京子1984、作者1954〜は京大理学部の出身、歌誌「塔」選者、瑞々しい相聞歌、でもどこか知的なところがある) 3.13


・ 木に花咲き君わが妻とならむ日の四月なかなか遠くもあるかな
 (前田夕暮『収穫』1910、作者26歳の作、昔の男性の恋歌は大らかですね) 3.14


・ 果てしなき彼方(かなた)に向ひて手旗うつ万葉集をうち止まぬかも
 (近藤芳美、作者1913〜2006は、歌誌『未来』主宰、朝日歌壇選者、この歌はおそらく戦時中海軍の訓練風景、海に向かってひたすら手旗信号で万葉集の歌を打っている作者、いつまでも打ち続けたい、と) 3.15


・ さくらより桃にしたしき小家かな
 (蕪村、「田舎のひなびた小さな家に桃の花が咲いている、この家には桜より桃が似合うな」) 3.16


・ 山路来て何やらゆかし菫草(すみれぐさ)
 (芭蕉野ざらし紀行』、「何やら」の一語が卓越) 3.17


・ 枕だに知らねばいはじ見しままに君かたるなよ春の夜の夢
  (和泉式部『新古今』巻13、「枕だって私たちのことよく知らないからきっと言わないわ、だからあなた今夜のこと人に言っちゃだめ、夢のように楽しかった春の一夜だもの」、思いがけず恋した相手との新鮮な一夜、枕も誰だか知らない、『和泉式部続集』には「思ひがけず、はかりてものいひたる人に」という詞書があり、相手に贈った歌) 3.18


・ 春の夜の夢の浮橋とだえして峯にわかるる横雲の空
 (藤原定家『新古今』巻一春、「春の夜の美しい夢がふっと途切れて、美しい女性が去っていくように、明け方の山の峰から雲が動いて離れてゆく」、定家の代表作の一つ) 3.19


・ 蝌蚪(くわと)生(あ)れて未だ覚めざる彼岸かな
 (松本たかし、蝌蚪(くわと=かと)=オタマジャクシ、「春分の日の早朝、オタマジャクシが生れて活発に泳いでいるのに、人間たちはまだ眠っているよ」) 3.20


・ 雪とけて村一ぱいの子ども哉(かな)
 (小林一茶、雪国の子どもたち、いかにも一茶らしい句) 3.21


・ かの時に言ひそびれたる/大切の言葉は今も/胸にのこれど (石川啄木『一握の砂』1910、24歳のときの作、たぶん恋の歌、片思いだろうか) 3.22


・ 菜の花に黄(きい)溢れたりゆふぐれの素焼の壷に処女のからだに
 (水原紫苑1989、作者1959〜は、仄かなエロスを美的に形象化する歌人) 3.23


・ 蒲公英(たんぽぽ)や三番打者は女の子
 (山田佳乃1965〜、「たんぽぽの咲く空地で子どもたちが草野球、あ、三番を打つ強打者は女の子だ」) 3.24


・ うごくとも見えで畑(はた)打つ男かな
  (向井去来、蕉門の俳人、「春の日ざしを浴びる田園、遠くに農夫がいるのだが、動きまではよく見えない」) 3.25


・ やがて吾(あ)は二十となるか二十とはいたく娘らしきアクセントかな
 (河野愛子、作者1922〜1987は歌誌『未来』同人、「は・た・ち」のどこにアクセントがあるのか) 3.26


・ その子二十(はたち)櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
 (与謝野晶子『みだれ髪』1901、俵万智はこの歌をこう現代語訳した、「二十歳とはロングヘアーをなびかせて畏れを知らぬ春のヴィーナス」) 3.27


・ 髪ながき少女(おとめ)とうまれしろ百合に額(ぬか)は伏せつつ君をこそ思へ
 (山川登美子1905、作者1879〜1909は与謝野鉄幹を思慕、自己主張の強い晶子と違って、控えめな告白の歌) 3.28


・ 永き日のにはとり柵を越えにけり
 (芝不器男1926、「ホトトギス」で虚子に認められたが、26歳で夭折、「春ののどかなある日、鶏が柵を飛び越えたよ」) 3.29


・ 百千鳥(ももちどり)もつとも烏の声甘ゆ
 (中村草田男1945、「たくさんの鳥の声、カラスがもっとも甘えるように鳴く」) 3.30


・ さへづりのだんだん吾を容れにけり
 (石田郷子1999、作者は1958年生れ、「山を歩いていると鳥たちがさえづっている、だんだん自分もその仲間になっていくようだ」) 3.31