今日のうた19(11月)

charis2012-11-30

[今日のうた19] 11月1日〜30日


(写真は宮沢賢治、賢治の俳句は珍しいもので、生涯に三十句あまりの俳句を作っただけといわれる、でも今月の菊の句は、詩人らしいなかなか味のある俳句)


・ 戸あくれば紙燭(ししょく)のとゞく黄菊かな
 (正岡子規1894、「戸を開けたら、紙燭(=紙先の油を燃やす小さな照明具)の少ししか届かない小さな光が、黄菊を照らしたよ」、乏しい光の中に現れた黄菊の鮮烈な美しさ) 11.1


・ 撫子(なでしこ)の節(ふし)ぶしにさす夕陽かな
 (夏目成美、「撫子の茎の節々にやわらかい夕陽が当たっている」、作者1749〜1817は、一茶を援助するなど人望のあった江戸期俳人) 11.2


・ 天空の一枝(いつし)引き寄せ棗(なつめ)もぐ
 (篠原一秋、「秋晴れの下、よく伸びた枝を引き寄せ、紫がかった赤色のナツメの実をもぐ」) 11.3


・ 捉はれぬ形こそよし榠樝(かりん)の実
 (山本紅園、「色や形がどこかレモンに似ているカリンの実、でもよく見ると形も大きさも不揃いで一つ一つ違う、いろいろあるのがいいんだよ」) 11.4


・ 秋こそあれ人はたづねぬ松の戸をいくへも閉じよ蔦のもみぢば
 (式子内親王新勅撰和歌集』秋、「秋ですね、でも誰も私を訪ねてくれない、それなら蔦の紅葉よ、私の庵の松の戸に絡まって、それを閉じてしまいなさい、お前の美しい葉で」、引き籠り系の作者は孤独を愛した) 11.5


・ ならひこしたがいつはりもまだ知らで待つとせしまの庭の蓬生(よもぎふ)
 (俊成卿女『新古今』巻14、「貴方のように口先だけの愛を言う男がいるなんて、知らなかった私がウブだったのね、言葉を信じてひたすら待つ間に、すっかり時が流れてしまったわ」) 11.6


・ 負(まく)まじき角力(すまひ)を寝ものがたりかな
 (蕪村、「相手に負けた相撲取りが、蒲団の中で妻を相手に「こうすれば勝てたんだ、負ける相手じゃないんだよ」と負け惜しみをねちねち話している、「そうよねえ」とやさしく聞いてあげる妻」) 11.7


・ 痩馬(やせうま)のあはれ機嫌(きげん)や秋高し
 (村上鬼城1865〜1938、「秋は本来、天高く馬肥ゆる季節だが、あの痩せ馬は秋晴れが嬉しいのか、妙に張り切って働いている、なんとなく痛々しいな」、耳が不自由だった作者は、弱者を優しい眼差しで詠んだ) 11.8


・ 雁(かりがね)やのこるものみな美しき
 (石田波郷1943、「先ほど、徴兵令状が自分に来た、雁が飛んでゆく夕方の光景は昨日と変わらない、何もかもが美しく見える、それらを残して行かねばならないのか」、自註がある句) 11.9


・ 石ころも露けきものの一つかな
 (高濱虚子1929、ごく平凡なものの中に、秋は深まってゆく) 11.10


・ おほならば誰(た)が見むとかもぬばたまの我が黒髪を靡(なび)けて居(を)らむ
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「あなたのことを、ありきたりに思ってるなら、私のこの黒髪をこんなにうち靡かせたりしないわ、あなたに見てほしいのよ、あなたに」) 11.11


・ 我ながらわが心をも知らずしてまた逢ひ見じと誓ひけるかな
 (清少納言、「本心では貴方が大好きなのに、つい怒った勢いで、もう二度と逢わないわよって言っちゃった、ああ、なんて馬鹿な私」、当意即妙の返しで名高い作者も、男女関係では感情のコントロールが難しい) 11.12


・ もろともにいつか解くべき逢ふことのかた結びなる夜半(よは)の下紐(したひも)
 (相模『後捨遺和歌集』恋二、「なかなか会えない貴方がいらっしゃって、一緒にお互いの下着の紐を解くのは、いつになるのでしょう、今夜私は、解きやすいように紐を片結びにして寝ていますのに」) 11.13


・ 秋夜遭(あ)ふ機関車につづく車輛(しやりやう)なし
 (山口誓子1937、「秋の夜、貨車も客車も附けていない一台の蒸気機関車とすれ違った」、車輛のない機関車だけの走行は、突出した物質感と、何とも言えない孤独感がある) 11.14


・ 狼星(シリウス)をうかがふ菊のあるじかな
 (宮沢賢治、「一番丈の高い立派な菊の花の頭上に、シリウスが輝いているよ」、賢治の作った珍しい俳句、俳人の石寒太氏によれば、菊花展の菊に添えられたものという) 11.15


・ 又(また)人にかけ抜かれけり秋の暮
 (一茶、「あれっ、また一人、僕を抜かして先へ行ったぞ、暮れるのが早い秋の夕方はみんな急いでいるなあ」) 11.16


・ キスに眼を閉じないなんてまさかおまえ天使に魂を売ったのか?
 (穂村弘1992、彼女はちょっと変わった女の子なのか、でも可愛いではないか、自分もこっそり目を開けたから彼女のことが分かったくせに、作者はこれまでになく軽快な「ニューウェーブ短歌」を作る人) 11.17


・ うつくしきあぎととあへり能登時雨(のとしぐれ)
 (飴山實1971、「あぎと」=「顎(あご)」、「能登半島を旅していると、時雨の降る中、美しい顎をもった女性とすれ違った」、どんな女性だったのだろうと思わせる、余韻の深い句) 11.18


・ とことはにあはれあはれはつくすとも心にかなふものか命は
 (和泉式部、「好きですと永遠に言い続けても、有限な命しかない男や女の心が、それで癒されるはずがありましょうか」、「たまには僕のことを、あはれ(=好きです)と言ってよ、それが命綱なんだよ」と言ってきた男への返歌) 11.19


・ 逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や
 (藤原家隆『新古今』巻15、「貴女と逢っている夢を見ているうちに、貴女のいない夜が明けてしまいました、ああ、貴女と私の絆は、もう、はかない夢しかないのですね」、恋はいつかは終ってしまう) 11.20


・ 足長のものならグラスも馬も好き階段のぼる恋人はなお
 (松平盟子1996、三つ並ぶ足長の実例がユーモラス、ひょっとして作者は、酒もいけるし、競馬もやる女性なのか、もちろん彼氏は足長) 11.21


‎・ 肌の内に白鳥を飼うこの人は押さえられしかしおりおり羽ぶく
  (佐々木幸綱、「押さえつけられても時々羽ばたく」のは、ベッドシーンなのか、それとも白鳥に託して彼女の魅力を詠っているのか、「この人」という言い方はなぜだろう、いずれにしてもマッチョな作者らしい恋の歌) 11.22


・ 行く秋のなほ頼もしや青(あを)蜜柑
 (芭蕉、「すべてが寂しく枯れてゆく秋だけれど、ミカンが青々と枝もたわわに実っているよ、さあ君も元気をだそう」、青い色のミカンが晩秋の景を豊かにする) 11.23


・ 秋の暮大魚の骨を海が引く
 (西東三鬼1960、「打ち寄せられて骨だけになった大きな魚を、海の波が再び動かしている」) 11.24


・ みかん一つに言葉こんなにあふれをり かわ・たね・あまい・しる・いいにおい
 (俵万智『プーさんの鼻』2005、短歌は言葉そのものを謳い上げることもできる、俳句にはやや難しいのか、思い当たるのは「梅咲きぬどれがむめやらうめぢややら」蕪村くらい) 11.25


・ 私ならふらない 首をつながれて尻尾を煙のように振る犬
 (江戸雪1997、上の句と下の句が呼応している、人と犬がどういう感じで向き合っているのだろうか、ちょっと不思議な歌) 11.26


・ こみ合へる電車の隅に/ちぢこまる/ゆふべゆふべの我のいとしさ
  (石川啄木『一握の砂』1910、いかにも啄木らしい下の句がいい、1909年(明治42年)、上野駅 - 新宿駅 - 品川駅 - 烏森(新橋)駅、赤羽駅 - 池袋駅間に電車運転開始、東京にはもう満員電車が走っていたのだ) 11.27


・ 験(しるし)なき物を思はず一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし
 (大伴旅人万葉集』巻三、「考えてもしょうがないことをくよくよしないで、ここはまぁ、一杯の濁り酒を飲もうじゃないの」、旅人の「酒を讃(ほ)むる歌」13首の一つ。) 11.28


・ 化粧(けは)ふれば女は湯ざめ知らぬなり
 (竹下しづの女1940、「入浴後、必要あってお化粧を、でも簡単には終わらないんだな、これが、お化粧には妥協しない私だもの」) 11.29


・ かくれんぼ三つかぞえて冬となる
  (寺山修司、「三つ数えて振り向くと、友達は誰もいなくなって、しいんとしている、寂しい「冬」が来たみたいに」、作者の高校生時代の作品) 11.30