今日のうた20(12月)

charis2012-12-31

[今日のうた20] 12月

(写真は岸上大作1939〜1960、国学院大学生として安保闘争に参加、21歳のときに失恋により自死)


・ たまきはる命(いのち)ひかりて触(ふ)りたれば否(いな)とは言ひて消(け)ぬがにも寄る
 (斉藤茂吉1913、『赤光』初版、茂吉の愛した女性「おひろ」と題された相聞歌群の一首、体に触れたら「いや」と消えそうな声を出して体を寄せてきた「おひろ」は少女なのか、激しい官能を表す「たまきはる命ひかりて」が凄い、改版で茂吉は同箇所を「わが命つひに光りて」に変更したが、やや説明的で弱い、初版の「たまきはる=魂が極まる」の方が良いと思う) 12.1


・ 深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろけならぬ契りとぞ思ふ
 (『源氏物語』花宴、「こんな深夜、朧月夜は・・なんて歌っている君はロマンチックな人だね、僕はずっと前から君が好きだったんだよ、これは必然の出会いさ」、宴会で酔った20歳の源氏が、寝ている女房たちの部屋に忍び込むと、暗がりを美女(朧月夜の君)が歌いながら歩いてくる、グイと抱き上げ、呆然としている初対面の彼女を口説いた歌、よくもまあ、いけしゃあしゃあと言うわ、さすが光源氏、「ところで君は誰なの、名前を教えてよ」と迫る源氏への返歌は明日) 12.2


・ 憂き身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば問はじとや思ふ
 (『源氏物語』花宴、「貴方に突然こんなふうに抱かれた不運な私が、名乗らずにこのまま去ったら、貴方は草原をかき分けてでも私を探し出すかしら、まぁしないわよね、だから私の名前は教えないわ」、強引に自分を抱き、名前を教えろと迫る源氏に対して、ぱしっと言い返す朧月夜の君は、なかなか気の強いお嬢様のようだ) 12.3


・ もろともに冬幾たびを籠(こも)りつつきみこそもつとも知りたきひとり
 (今野寿美1983、「いったい貴方とは、互いに体を寄せ合って暖めながら冬を何回越したかしら、でもまだまだ貴方のことは分からない、もっともっと知りたいのよ」) 12.4


・ 美しき誤算のひとつわれのみが昂ぶりて逢い重ねしことも
 (岸上大作1960、国学院大学生として安保闘争を戦った作者は、1960年12月5日に21歳で自死、いかにも生真面目な闘士らしい恋の歌、彼の自死は失恋が原因と言われている、相手の恋人の歌は明日) 12.5


・ 息あつくわれをまく腕耐へてきしかなしみをこそ抱(いだ)かれたきを
 (沢口芙美1960、「彼は熱い息をしながら私を強く抱きしめる、でも本当は、じっと耐えてきたこの悲しい心をこそ抱いてほしいのに」、岸上大作の恋人だった作者、彼の自死のため20年間作歌を中断) 12.6


・ 石垣のあひまに冬のすみれかな
 (室生犀星、スミレは冬の間は緑色の芽をのぞかせて春を待っているが、ときどき小さな花が咲くこともある) 12.7


・ 玉の如き小春日和を授かりし
 (松本たかし1935、「初冬の寒々とした時節、でも今日は、授かりもののような<玉の如き>暖かい日だよ」) 12.8


・ 君や来しわれや行きけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか
 (よみ人しらず『古今集』巻13、「昨夜は貴方がいらしたの? それとも私が行ったの? 夢なの? 現実なの? 眠ってたの? 起きてたの? もう分からなくなっちゃった」、詞書によれば、伊勢神宮に籠る斎宮(未婚の内親王)が、密かに一夜を過ごした相手の在原業平に翌朝贈ったスキャンダラスな歌。勅撰集なのに、重大な禁忌を犯すまさかの詞書、『古今集』は懐が深い? いや、『伊勢物語』を引用して遊んでいるのでしょう) 12.9


・ 燈(ともしび)のかげに耀(かがよ)ふうつせみの妹(いも)が笑(ゑ)まひしおもかげに見ゆ
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「揺れるともしびの光に照らされた君の笑顔の、何という美しさだろう、僕の眼に焼きついて離れないよ」、音読したときの調べの美しさも万葉ならでは) 12.10


・ 寒鯉(かんごひ)の美しくしてひとつ澄めり
 (水原秋櫻子1935、「澄めり」というのは、鱗の透明な鯉のことか、秋櫻子らしい優美な句) 12.11


・ 流れ行く大根の葉の早さかな
 (高濱虚子1928、小さな川の流れにふと見えた、さりげない冬の日常、東京世田谷区・九品仏での光景) 12.12


・ 光増せる瞳見しよりそのまはり集へる友はにはかに遠し
 (小野茂樹1968、「君と眼が合った時、君の眼は嬉しそうに輝いたね、そう、周りの女の子たちは急に遠くに行っちゃったみたいになった」、少年のようなみずみずしい恋) 12.13


・ 光ある教室の隅の木の椅子に柔らかくもの言ふ君が坐りをり
 (河野裕子1964、作者は18歳、高校の教室の隅の「木の椅子」に大好きな彼が坐っている、「柔らかくもの言ふ」がとてもいい) 12.14


・ かがみ込み数式を解く君が背の縫ひ目のほつれ見ており我は
 (栗木京子1974、作者は20歳の京大理学部生物学科学生、「かがみ込んで」数式と格闘する数学科の彼の「縫ひ目のほつれ」が気になる私、恋が始まりそうな予感) 12.15


・ 異星にも下着といふはあるらむか あるらめ文化の精髄なれば
 (山田富士郎1990、「宇宙人の住む異星にも、芸術作品のように美しい下着はあるのだろうか、いやきっとある、下着は文化の精髄だもの」) 12.16


・ 鉄橋に水ゆたかなる冬日
 (飯田蛇笏1948、「冬晴れの日、鉄橋の下を滔々と河の水が流れてゆく」、冬の河は、夏や春の河よりも、なぜか水の存在を強く感じる) 12.17


・ 河豚宿(ふぐやど)は此許(ここ)よ此許(ここ)よと灯りをり
 (阿波野青畝1932、「ふぐ料理は美味い、危険な肝は特に美味い、それを食べさせる店があるんだな、ああ、店の灯が「ここよ、ここよ」と誘惑してる」) 12.18


・ 薄氷(うすらひ)の裏を舐めては金魚沈む
 (西東三鬼1962、金魚鉢だろうか、池だろうか、薄い氷が張って、水面に出られない金魚は、氷の「裏を舐めては沈む」ように見える、鋭い把握と見事な表現) 12.19


・ わが影をしたがへ冬の街に来ぬ 小さなヴァイオリンが欲しくて
 (永井陽子1997 、遺歌集『小さなヴァイオリンが欲しくて』2000のタイトルになった歌、二年前に短大の助教授になった作者、友人でも家族でもなく「わが影をしたがへて」冬の街へ) 12.20


・ 作られしものみな寂しき影もてり東京の空に日の沈む刻(とき)
  (小島ゆかり1979、巨大都市・東京のビルの群れ、日没の光の中でどれも長く長く延びた「寂しき影」を持つ、今日は冬至) 12.21


・ ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。
 (穂村弘2001、作者は1962年生れ、この歌は取り合わせの妙が俳句的) 12.22


・ なつかしき冬の朝かな。/湯をのめば、/湯気がやはらかに、顔にかかれり。
 (石川啄木『悲しき玩具』1912、三行の分かち書きは啄木短歌の特徴) 12.23


・ 君見よや我が手入るゝぞ茎(くき)の桶
 (服部嵐雪、「(友よ、ろくなもてなしもできずに、すまんなあ、女房も女中もいないし) ご覧の通り、僕が自分の手で、冷たい桶から漬物を取り出すありさまだが (ぜひ一緒に食事をしよう)」、作者は芭蕉の弟子、優しさのあるユーモア句) 12.24


・ 白梅に明くる夜(よ)ばかりとなりにけり
 (蕪村、「うとうとしていたら、白梅が一杯に咲いている夜明けの夢を見たよ」、臨終の床で口述筆記させた最後の句、1783年12月25日死去、蕪村らしい優美な辞世の句、芭蕉は「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」だった) 12.25


・ 遠つ灯(ひ)は雪をへだててまたたけり雪しげければまたたきしげき
 (上田三四二『鎮守』1988、降る雪を隔てて遠くに灯が見える、そのまたたきの美しさ、作者には“光”を詠った名歌が多い) 12.26


・ わが来たる浜の離宮のひろき池に帰潮(きてう)のうごく冬のゆふぐれ
 (佐藤佐太郎『帰潮』1950、東京・浜離宮公園の池は、運河を介して海と繋がっているので、満ち潮が戻ってくる、池の水に海の動きを見て取るリアリズム) 12.27


・ 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする
 (式子内親王『新古今』巻11、「私の命よ、絶えるものなら、いっそ絶えてしまえ、このまま生きていると、押さえている心の力が弱まって、ああ、告白してしまう」、誰にも告げることのできない片思いの苦悩、『新古今』撰者5人全員が採り、『百人一首』にもある代表作、彼女の恋の歌は“遊び”の要素が少なく、思い詰めた孤独の影が深い) 12.28


・ 世の常(つね)の人の心をまだ見ねば何かこの度(たび)消(け)ぬべきものを
 (伊勢『後撰和歌集』、「失恋なんて誰でもする普通のことだと貴方は言うけれど、その普通のことを私はまだ経験したことがなかったのよ、だから初めてのこの失恋に、立ち直れないほど傷ついているのが、どうして分からないの」) 12.29


・ あやしくも心のうちぞ乱れゆく物思ふ身とはなさじと思ふに
 (永福門院『風雅和歌集』、「恋愛って悩みも苦しみも多いでしょう、だから私はしないつもりでいたのに、でも不思議だわ、なんか心がざわめいている、ああ、好きになっちゃったんだわ、貴方が」、始まったばかりの恋のときめき、作者1271〜1342は鎌倉後期から南北朝期の女性、京極派を代表する歌人) 12.30


・ 除夜の妻白鳥のごと湯浴(ゆあ)みをり
 (森澄雄1954、まだ貧しい暮しをしていた作者夫婦、「大晦日に入浴している妻は白鳥のように美しい」、素晴らしい愛妻句) 12.31