今日のうた24(4月)

charis2013-04-30

[今日のうた24] 4月1日〜30日

(写真は穂村弘1962〜、新しい感覚の歌を作り、短歌の表現の可能性をまた一つ広げた)


・ 春は曙そろそろ帰つてくれないか
 (櫂未知子2000、「ノリでうっかり男を自室に泊めてしまった私、ああん、バカよねぇ、明け方になってこんなに後悔するなんて」、『枕草子』との取合せが絶妙)  4.1


・ 春の鳶(とび)寄りわかれては高みつつ
 (飯田龍太1946、作者は飯田蛇笏の四男、兄三人が戦死し、故郷・山梨に残って父の俳句の道を継ぐ、この句の背景にはそのような時期のある種の“覚悟”があると、山本健吉氏は指摘する、大空を飛翔する鳶たちに兄たちの姿を見ているのか) 4.2


・ ささやかにさだかに所有する世界鏡の中をきみ横ぎれば
 (今野寿美『花絆』1981、「新婚ほやほやの私、彼が部屋を横切るのが鏡に映る、それだけでもう嬉しいの」、結婚して彼と一緒にいる幸せをみずみずしく歌った、「鏡の中をきみ横ぎれば」がとてもいい) 4.3


・ 山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇(くち)を君
 (若山牧水1910、「まず山を見てごらん、ね、きれいだろ、そして海を見てごらん、ね、きれいだろ、さあ、僕とキスしよう」、当時24歳の作者は、人妻の園田小枝子と恋の旅に出ていた、何だかのどかな恋の歌) 4.4


・ いちめんに光のにほふ道に来てもわれの<少女>よもう駆け出さぬ
 (米川千嘉子、27歳頃の作か、結婚した作者は自分に成熟を感じているが、しかし、自分の中にある「少女」を失うことは寂しくもある) 4.5


・ 見初(そ)めたるあとはや次の蝶来(きた)る
 (山口誓子1944、「おお、初蝶だ! と喜んで、眼で追っていたら、あっ、もう次の蝶がまつわるように現れた」) 4.6


・ 春雷や俄(には)かに変る洋(うみ)の色
 (杉田久女1890〜1946、春は天候の急変で、にわかに嵐になることもある、昼間の海が暗い) 4.7


・ 春の野にすみれ摘みにと来(こ)し我れぞ野をなつかしみ一夜(ひとよ)寝にける
  (山部赤人万葉集』巻8、「春の野に、すみれを摘もうとやってきた私ですが、すみれ咲く野辺があまりに美しいので、一晩泊ってしまいました」、この「すみれ」は、ある女性の比喩なのか、どこか素朴でのどかな相聞歌) 4.8


・ うらうらに照れる春日(はるひ)にひばり上がり心悲しもひとりし思(おも)へば
  (大伴家持万葉集』巻19、「春の日がうららかに照っている空に、ひばりが上がって鳴いている、でもなぜかそれがとても切ないんだ、僕がひとり思い悩んでいるからだろうか」) 4.9


・ 眩しいと云ってめざめる者の眼を掌(て)で覆うときはじまる今日よ
 (穂村弘『ラインマーカーズ』2003、「朝、カーテンを開けると、「まぶしいっ!」と叫んで彼女が目覚める、「よしっ」と僕が彼女の眼を覆って、一日が始まる」、仲良しカップル、明日は眼を覆われる女性の側の歌を) 4.10


・ 我がまなこ覆はむとする君が掌を愛(いと)しく狡(ずる)き異性と思ふ
(栗木京子、20歳頃の作か、「二人だけになった時、貴方はよく私の眼をふさぐわね、その掌のぬくもりを感じるのが嬉しい、でも私の眼を覆っている間、貴方の眼は何を見ているのかしら、ちょっとずるいわ」) 4.11


・ 掻き抱けばむね方形に温(ぬく)みくる今宵君より贈られしエッチング
 (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、彼氏は美大の学生なのか、作者にエッチングをプレゼントしてくれた、その四角形の形に自分の胸が暖かくなる) 4.12


・ 長局(ながつぼね)屋根屋一日絹をしめ
  (『誹風柳多留』1770、長局=江戸城や大名屋敷の奥女中が住む一画、「今日は修理の職人さんが屋根に上っている、あっ、あの兄さん、光沢の光る絹の褌(ふんどし)をしめているわ、下から見上げる女の視線を意識してるのね」、注釈がないと現代の我々には何のことか分からない) 4.13


貸本屋これはおよしと下へ入れ
  (『誹風柳多留』1770、不慣れな客が、春本を、借りる本の束の一番上に置いたので、貸本屋のオヤジが「これはちょっとね」と言いながら、束の下の方へ忍ばせる) 4.14


最上川海に入らむと風をいたみうなじほの浪とまじはる音す
 (斉藤茂吉『白き山』1947、「最上川はいま海に入ろうとしている、風もごうごうと渦巻いて、河の浪と海の浪がぶつかる音がする」、最上川は、海とせめぎ合うようにして流れ込んでゆく、大河と海の雄大接触) 4.15


・ さざれ波ことばまぶしく照り合いて川は確かに逆流に見ゆ
 (武川忠一1992、「川の表面には、まるで言葉を言い合っているように、小さなさざ波がたくさん光っていて、あたかも川が逆流しているように見える」、作者1919〜2012は窪田空穂に師事、早稲田大学教授) 4.16


・ 肩を落とし去りゆく選手を見守りぬわが精神の遠景として
 (島田修二1969、作者1928〜2004は宮柊二に師事し、1953年に歌誌「コスモス」創刊に参加、朝日歌壇選者、生きることの苦しみ、哀しみを詠った陰影の深い歌が多い) 4.17


・ 春の陽(ひ)のなかを園バス帰り来ぬ顔という顔窓にあつめて
 (植村恒一郎「朝日歌壇」1993.4.18、佐佐木幸綱氏の選、当時私の住んでいた団地には、毎日、幼稚園の送迎バスが来ました、バスが停まるときには、迎えの母親を探して、子どもたちはみんな窓に張り付いていました) 4.18


・ 空港に腰かけてゐる 生まれる前にすべてが始まるのを待つてゐた席
 (井辻朱美2001、「早く来すぎて、まだ人のいない空港待合室に自分が坐っている、そこは奇妙な既視感のある不思議な空間」) 4.19


・ 春の山たたいてここへ座れよと
 (石田郷子1996、一緒に山に登った恋人の男性だろうか、地面を叩きながら「ここへ座れよ」と作者に声をかける、「山を叩く」というのがいい) 4.20


・ ねこの子のくんづほぐれつ胡蝶かな
 (榎本其角1694『炭俵』、「子猫が二匹、組んだりほぐれたりしながらじゃれ合っている、あっ、そこに一匹の蝶が来たよ、蝶も一緒に遊びに加わったみたい」、『炭俵』は芭蕉の最後の年に刊行された連句集) 4.21


・ 君や蝶我(われ)や荘子が夢心
 (芭蕉1690、「怒誰(どすい)くん、君も僕も『荘子』が大好きなので、つい夢中になって議論しちゃうよね、あれっ、君が蝶だっけ、僕が荘子だっけ、分からなくなっちゃった」) 4.22


・ ゆふぐれに櫛をひろへりゆふぐれの櫛はわたしにひろはれしのみ
 (永井陽子『なよたけ拾遺』1978、「もう見えないくらいに暗くなった夕暮れ、櫛が闇の中に落ちているのを見つけて拾った、この櫛も、私のように孤独な存在なのか」、作者1951〜2000は、口数の少ない静かな人であったと言われる、やや前衛的でファンタジックな作風の歌集だが、このような歌に私は惹かれる) 4.23


・ 抱(いだ)くとき髪に湿りののこりいて美しかりし野の雨を言う
 (岡井隆1956『斉唱』、作者に抱かれた彼女は子どものように可愛らしく言った「きれいな原っぱだったわ、雨が降ったわ」と、二人は雨の降る野原を一緒に歩いてきたのか、下の句がとてもいい恋の歌) 4.24


・ 髪のすぢめからだのくぼみへおのづから湯はそひ流るわが二十五を迎ふ
 (松平盟子『帆を張る父のように』1979、「シャワーを浴びている私のからだ、今日で25歳」、当時はまだ「クリスマスケーキ」という言葉もあり、「25歳」は特別な意味をもつ年齢だった、作者は22歳で角川短歌賞を受賞) 4.25


・ 白抜きの文字のごとあれしんしんと新緑をゆく我のこれから
 (安藤美保『水の粒子』1992、夭折した作者がお茶の水女子大学国文科に入学した頃の作と思われる、樹木が好きで樹木をたくさん詠った彼女の、新緑とともにあるみずみずしい自画像) 4.26


・ 水の地球すこしはなれて春の月
 (正木ゆう子2002、作者には月を詠んだ句が多い、水の豊かな星・地球の地平線にのぼったばかりの春の満月、「水の地球」と「すこしはなれて」がとてもいい) 4 .27


・ 首長ききりんの上の春の空
 (後藤比奈夫1973、「キリンの長い首の先には、春の空がずーっと広がっているよ」、俳句は「空間芸術」であると説く作者1917〜、彼の父は「滝の上に水現れて落ちにけり」を詠んだ後藤夜半) 4.28


・ 葉をむけば汗かいてをり柏餅
 (亀井新一1988、柏餅の葉を剥いたら、餅のつるんとしてみずみずしい表面が「汗かいている」みたいに感じられた、カシワの葉が水分を内側に保持するのか) 4.29


・ 牛飼(うしかひ)が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる
 (伊藤左千夫、作者1864〜1913は子規に師事し、『アララギ』創刊にたずさわる。伝統的な古今調を批判してリアリズムの短歌を目指したのが、ここで言う「新しき歌」、酪農家の左千夫は「牛飼ひ」でもあった) 4.30