新国『ホフマン物語』

charis2013-12-01

[オペラ] オッフェンバックホフマン物語』 12月1日、新国立劇場


(写真右は、ロボット令嬢のオランピア(幸田浩子)、写真下は、右がホフマン(チャコン=クルス)、中央の白服がホフマンの友人ニコラウスに扮したミューズ(ブラウアー)、男装のミューズはずっとこの白服で通すので、全編を通じて美しく輝いている、更に下の写真は第4幕、高級娼婦ジュリエッタと二重唱を歌うミューズ)


フィリップ・アルロー演出の本上演は、2003年、2005年に引き続く再演だが、私は初見。8月に二期会の『ホフマン物語』(今は珍しいシューダンス版1907による)を観たので、今回のエーザー版(1977)に基づく上演の良さが分かった。両版の違いは、病身の歌手アントニアの第3幕と、ジュリエッタの第4幕とが、シューダンス版では順序が逆になっていたことだが、それだけではない。エーザー版では、開幕冒頭でミューズが小さなアリアを歌って男装し、ニコラウスに変身する。「私は詩人を常に守ってきた。恋人のものになるか、永遠に私のものになるか、それをホフマン自身に選ばせよう。私はニコラウスの姿を借りる」と歌うこの場面は非常に重要で、これがなければ全体の主題が分からない。終幕も大きく違う。ミューズが「人は愛によって偉大になり、涙によってさらに偉大になる」と全員の合唱とともに歌う大フィナーレは、非常に美しい「魂の救済」の場であり、これを欠くシューダンス版では、詩人ホフマンの魂が最期にミューズのものになるという結末がないので、物語が完結しない。


アルロー演出では、終幕が原作にないホフマンのピストル自殺になっている。原作ではホフマンは酒に酔い潰れて寝てしまうだけ。だが、この演出は主題に一貫性を与えている。そもそもこの物語の主題は、開幕冒頭のミューズの言葉にもあるように、恋愛と芸術の対立である。詩人のホフマンは、ロボット人形の令嬢オランピア、病身の歌手アントニア、退廃の匂いのする高級娼婦ジュリエッタの三人の女性と恋をして、すべてに失恋する。終幕直前にちらっと登場するステラという歌手は、この三人の女性の同一性を暗示する仮の姿と考えられる。ミューズの役割は、ホフマンの恋愛をことごとく邪魔することにあり、今回の舞台では、それがよく分かるように白服のミューズは、ホフマンが三人の女性に恋をするシーンで、首を振ったり大げさな当惑の仕草をする。『ホフマン物語』は、学生が集まる酒場だけでなく、ゲーテファウスト』から借りた要素を含んでいる。ホフマンがファウストで、ミューズがメフィストに対応するが、『ファウスト』と違うのは、メフィストファウストの恋を援助したのとは逆に、ミューズはホフマンの恋を妨害する。ミューズ自身がホフマンに恋をしているのであり、ホフマンの魂を彼が恋する三人の女たちから取り戻してミューズのものにする終幕では、ホフマンの現世での死は必然性のある結末なのだ。


ところで、アドルノに『ホフマン物語』についての鋭い考察がある(『楽興の時』所収)。1932年のこのエッセイは(彼は28か29才)、シューダンス版しかないときのもので、ミューズが前景化するエーザー版以降をアドルノが観たら、さらに違った内容になっていただろうが、ナチスが台頭するヨーロッパ危機の最中に書かれたものだけあって、さすがに着眼が鋭い。アドルノは、『ホフマン物語』に出てくる「妖怪めいた」人物や、登場するさまざまな人工的な「もの」に「物象化」を見出す。ロボット人形のオランピアだけでなく、オランピアのグロテスクな人工眼球やホフマンが掛けるあやしげなサングラス、アントニアの父である楽器職人の部屋にある古道具や母親の透視画、娼婦ジュリエッタ(ウィーンでは娼婦は「人形さん」とも呼ばれた)の部屋にある家具、そして、ジュリエッタがホフマンの「鏡像」を盗むなど、人間も「もの」も奇妙に物象化している不気味さにアドルノは注目した。彼は見ることができなかったが、これにミューズの芸術愛が加わることで、『ホフマン物語』は全体が深みのある物語になるのではなかろうか。もっともアドルノならば、ミューズの芸術愛は「パロディ」になっていると評したかもしれないが。


歌手は、若くてセクシーなホフマン、伸びやかでとても美しいミューズ(彼女はホフマンと並ぶ主人公の位置にある)、そして、おそらくは一人の「悪魔」の化身である議員リンドルフ、人工眼球作りコッペリウス、奇怪な医師ミラクル、魔術師ダペルトゥットの四役を一人で歌ったS・ドスも実に悪魔的な雰囲気で、三人ともとても良かった。あと、合唱隊がたくさん舞台に登場するので、視覚的にとても美しく、楽しいものになっている。写真下、また、オランピアの歌う動画も↓。


http://www.youtube.com/watch?v=-qkcch7OCEA&feature=youtu.be
http://www.youtube.com/watch?v=FuhSHeiGIcc&feature=youtu.be