今日のうた34(2月)

charis2014-02-28

[今日のうた] 2月


(写真は若き日の飯田蛇笏1885〜1962、高濱虚子と並んで近代俳句を領導した、虚子が「軽み」を身上とするのに対して、蛇笏は重厚で格調高い句を詠んだ )


・ 冬滝のきけば相つぐこだまかな
 (飯田蛇笏1942、凍らずに水が落下している冬の滝、その「相つぐこだま」の音に耳を傾ける作者1885〜1962、荘厳で格調の高い句、代表作の一つ) 2.1


炭団法師(たどんほふし)火桶の穴より窺(うかが)ひけり
 (蕪村1768、「坊主頭のように丸い炭団が、火桶の中で真っ赤になっている、火桶の穴から外を覗いて、我々を品定めしているのかな」、真っ赤に燃える炭団を面白おかしく詠んだ) 2.2


・ 亡き人にあたらぬやうに豆を撒く
 (大木あまり2001、今いる家族だけではない、亡くなった家族もそこにいるかのように豆を撒く作者1941〜、今日は節分) 2.3


・ 日当りや俵の中の炭の音
 (高濱虚子1894、「温かい日が俵の上にぽかぽか当たっている、中の炭も暖められて、キシキシと軽くこすれる音をたてている」、今日は立春) 2.4


・ 雪の速さで降りてゆくエレベーター
 (正木ゆう子、「ガラス張りで外が見えるエレベーター、雪と同じ速さで一緒に降りてゆくので、雪が止まって見える」、微妙な一瞬を活写) 2.5


・ ま愛(かな)しみ寝(ぬ)れば言(こと)に出(づ)さ寝(ね)なへば心の緒(を)ろに乗りて愛しも
 (東歌『万葉集』巻14、「君が可愛くって可愛くってたまらないよ、抱けばみんながすぐ噂するけど、抱かないと、僕の心が細い船に乗ったみたいに揺れに揺れて、ますます君が可愛くなっちゃうんだ」) 2.6


・ 枕より後より恋のせめくればせむ方(かた)なみぞ床中にをる
 (よみ人しらず『古今集』巻19、「君が恋しくてたまらない、枕の方からも、足元の方からも、キューピッドが僕を攻めてくるんだ、仕方ないから、蒲団の真ん中で縮こまっているんだよ」) 2.7


・ 見ても又またも見まくも欲(ほ)しければ馴るるを人は厭ふべらなり
 (よみ人しらず『古今集』巻15、「逢わなければ逢いたくなる、でも、逢えばますます逢いたくなる、だからあえて私と逢わないようにしてるのよねと、貴方が来ない理由を無理やり自分に言い聞かせるけれど、ああ、とてもつらいわ、逢いたいわ」) 2.8


水仙の一点白し古書斎
 (幸田露伴、「蔵書が一杯の古びた暗い書斎、でもそこに活けてある一本の水仙が白く輝いている」) 2.9


・ 亡きものはなし冬の星鎖(さ)をなせど
 (飯田龍太1954、冬の夜空には星座がある、人や動物がそこにあるかのように、だが作者はそこに戦争で亡くなった兄たちの姿を見る、深い悲しみの句) 2.10


・ セーターの黒い弾力親不孝
 (中嶋秀子1956、作者は20歳、「体にぴったりの黒いセーターを着て、鏡を、ためつすがめつしている私、はじけるような体がまぶしいわ、親には内緒だけど、デートだもの」) 2.11


・ お前たちにわかるものかという時代父よ知りたきその青春を
 (道浦母都子『無援の叙情』、1970年前後、全共闘運動に参加する作者を責める父、お前たちは甘い、戦前は苦しい時代だったと、それに対して、「お父さん、その時代にあなたがどう生きたかを知りたいのです」と問う作者) 2.12


・ 相反する思想持ちいる夫と娘の肌着からみて洗槽めぐる
 (島みどり「朝日歌壇」1971、五島美代子選、学生運動の盛んだった頃、参加する娘と父との対立はよくあった、洗濯機の傍らでそれを心配する母) 2.13


・ 雪つもる音聴きながら純白の衣装無言に着せられゆきぬ
 (米川千嘉子1986、作者は26歳の時に結婚、雪が降った結婚式の日の自分を淡々と詠む、作者の相聞歌には舞い上がったものはなく、醒めた批評眼が持ち味、現在は毎日歌壇選者、ところで今日はまた雪か) 2.14


・ 冬河に新聞全紙浸(ひた)り浮く
 (山口誓子『方位』1958、河の水にも新聞紙にもリアルな質感がある、「水」という語は使わずに、「新聞全紙浸り浮く」で「水」を写生、写真でも絵でもない言葉の中に質感が浮かび上がるのが誓子の句) 2.15


・ びびびびと氷張り居り月は春
 (川端茅舎『華厳』1939、「びびびび」と音がするほど氷が張り詰める寒さだが、空に浮かぶ月はどこか春めいている、作者は「ひろひろ」「たぢたぢ」「たらたら」「こんこん」など、擬態語をよく句に使った) 2.16


ラグビーの影や荒野の聲(こえ)を負い
 (寺山修司1953、高校3年生の作、「夕方、練習場でラグビーの選手たちが走り回ると、その長い影も走り回る、荒野の聲を負って走る影たち」、「荒野の聲」とは、どよめきなのか風なのか、いずれにせよ「影」と「聲」が卓越) 2.17


・ 磯の波一文字には寄らずして途切(とぎれ)る女のことばのやうに
 (与謝野晶子『白桜集』、1939年の作、高所から海を見おろしているのか、伊豆に旅したとき詠んだ晶子最晩年の歌)  2.18


・ ゆふぐれの薄明(うすあかり)にも雪のまの土くろぐろし冴えかへりつつ
 (斉藤茂吉1931、雪が残っているが、間に土も黒々と見えている、空気はもの凄く冷たい、俳句の季語「冴えかへる」(=早春に寒がぶり返す)を使った結句がいい、何げない日常の叙景を詩に変える卓越した技量) 2.19


猫の恋初手(しょて)から鳴いて哀れなり
 (志太野坡1662〜1740、「恋愛は最初に告白した方が負け、相手に跪くわけだから、それゆえ誰もがまず相手に告白させたがる、でもこの猫ちゃん、しょっぱなから鳴いちゃった、分かるよ、モテない男子はつらいよね」、作者は芭蕉の弟子) 2.20


・ 他所者(よそもの)のきれいな布団干してある
 (行方克巳1944〜、田舎の村だろうか、「冬のある晴れた日、どこの家にも使用感のある布団が干してある、あっ、一件だけ馬鹿に綺麗な布団があるぞ、最近引っ越してきたに違いない」、作者は俳誌「知音」代表) 2.21


・ 亀鳴くやヨガのポーズをしてをれば
 (黛まどか、「亀鳴く」は春の季語、「山笑う」と同様もちろん亀は鳴かない、そしてヨガのポーズも季節に無関係、でもヨガのポーズには、どこか亀に似たところがあるのだろうか、無関係な言葉の取り合わせが生み出すユーモア) 2.22


・ もう傘をなくさぬ人になりにけり、と彫られて雨滴ためる墓碑銘
 (吉田隼人『短歌』2013年11月号、作者1989〜は早大大学院生、同年の角川短歌賞受賞、自殺してしまった恋人は短歌の友でもあった、彼女はよく傘をなくしたのか、ちょっとユーモラスな墓碑銘を詠って彼女を追悼) 2.23


ウィンザーノットという締め方で男等は自分で自分の首を絞めたり
 (廣野翔一『短歌』2013年11月号、作者は22歳の京大生、就活で会社訪問をすると、男子学生たちは判で押したようにネクタイをウィンザーノットで締めている、どこかぎこちない、就活っていやだな) 2.24


ポメラニアン春の炬燵(こたつ)の中に吠ゆ
 (辻桃子、「我が家の小さな愛犬ポメラニアン、犬なのに猫みたいに炬燵に入って吠えるのよ、かわいいの」、作者1945〜はユーモラスな俳句を作る人) 2.25


・ 冷えゆるむたたみを踏みてゆく素足いづこか春の清水湧く音
 (山本かね子『瑠璃苔』1981、「寒さがゆるんで畳を素足で歩いても気持ちいがいいわ、あっ、どこからか春の清水の湧く音が聞こえてくる」、畳を踏む素足の感触と清水の湧く音、触覚と聴覚で同時に春を感じる) 2.26


・ 紅梅はここにもありておのづから人は仰ぎゆくこずゑを空を
 (上田三四二『鎮守』、1987年の作、ふと紅梅の「こずゑ」を仰ぐとき、「おのづから」人は「空」も仰いでいる、作者はこの後二年足らずで亡くなった、もう梅が盛り) 2.27


・ 麦畑の一つが太き緑もてかなたへ波をうちはじめたり
 (植村恒一郎「朝日歌壇」1993年2月28日、馬場あき子選、馬場氏のコメント「畑の麦がくっきりと緑を伸ばし、うねりをみせて拡がりはじめた。第一首には自信をもってもう春だといえるゆったりした気分がある」、私の住む北鴻巣の光景です) 2.28