今日のうた37(5月)

charis2014-05-31

[今日のうた] 5月1日〜31日
(写真は水原紫苑1959〜、現実のようでもあり幻想のようでもあり、不思議な感覚の前衛的な歌を詠む人)


・ 水槽の魚(うを)運ばるるしづけさを車中におもへばたれも裸体なり
 (水原紫苑『びあんか』1989、「静かな電車の車内、そういえばこの光景は、なんだか魚が水槽で運ばれていくみたい、と思っていると、なんと全員が裸に見えるわ」、20代の半ばの作、車内が水槽に、人が裸に見える作者、幻視の歌も多い) 5.1


・ 花束のばらの茎がアスパラそっくりでちょっとショックな、まみより
 (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、面白い着眼、その緑色の感じと束ね方によっては、たしかに似ている) 5.2


・ ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな
 (石川啄木『一握の砂』1910、岩手県の渋民村に帰ったときの作、啄木は故郷でも東京でもずっと孤独だった、「ありがたい」のはふるさとの「人」ではなく「山」、さらりと詠って万感迫るものが) 5.3


・ 月暗し一筋白き海の上
 (正岡子規1895、「乏しい月だ、でも海に一筋の美しい光となって映っている」) 5.4


・ かたくりは耳のうしろを見せる花
 (川崎展宏『観音』1982、かたくりの花は小さくてうつむきがちに咲く、それを楚々とした女性の耳にたとえたのか、作者1927〜2009は朝日俳壇選者だった人、花の句が多い)  5.5


・ リラの花朝も夕べの色に咲く
 (阿部みどり女、ライラックの花のうすい紫色、朝咲いても、どこか「夕べの色」のように美しい、作者1886〜1980は虚子に師事、絵の素描も上手だった) 5.6


・ 機械われ一度ぶるんとはたらいて産んだ子十七歳(じふしち) 凹(へこ)んでゐるよ
 (米川千嘉子2007、おそらく、2007年1月に柳澤伯夫厚労相が述べた「女は産む機械」発言を受けての歌、ユーモラスに抗議した) 5.7


・ 今刈りし朝草のやうな匂ひして寄り来しときに乳房とがりゐき
 (河野裕子『森のやうに獣やうに』1972、結婚直前の作者25歳くらいの作、彼氏の捉え方がユニーク、すぐ前に「いつまでも男くさくはなりきらず刈草のような匂ひを保(も)てり」とある) 5.8


・ 苛々(いらいら)と言ひつつ居りて在時(あるとき)は理論なき誠実の前にたぢろぐ
 (小暮政次1948、職場の部下を叱っているのだろう、でも、部下は理屈で言い訳したりせず、誠実に謝るので、何だかこちらがみじめになってしまった、作者1908〜2001は土屋文明に師事したアララギ派歌人) 5.9


・ 梨棚や初夏の繭雲(まゆぐも)うかびたる
 (水原秋櫻子『葛飾』1930、「豊かな緑の葉が美しい梨棚の上に、繭のような雲が浮かんでいる、夏が近いんだ」、作者には、風光明媚をさわやかに詠んだ句が多い) 5.10


・ かたばみに同じ色なる蝶々かな
 (村上鬼城、かたばみの小さな花は黄色が映えて美しい、そこへ同じ色の紋黄蝶が) 5.11


・ 下京の窓かぞへけり春の暮
 (一茶1805、下京とは、京都の三条通り以南の地区、商人や職人が多く住む活気のある街、作者の数える「窓」には人の気配があふれている) 5.12


・ 行(ゆく)春や白き花見ゆ垣のひま
 (蕪村1778、「春もそろそろ終りかな、生垣のあいだから白い小さな花が見えている、卯の花かな、七年前に亡くなった黒柳召波君の別荘は前と変わらず美しい」) 5.13


・ たまさかに我が見し人をいかならむ縁(よし)をもちてかまた一目(ひとめ)見む
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「貴女を見かけたのは偶然でした、ああ、素敵な人よ、そうであれば、どんな偶然の恵みが、もう一度貴女に会わせてくれるのでしょう」) 5.14


・ おほかたはなぞや我が名の惜しからん昔の妻と人に語らむ
 (貞元親王後撰和歌集』巻10、「つまりね、僕は「やっぱり、あいつふられたな」って人に笑われても平気なんだ、君が会ってくれないなら、いいとも、君のことを「前カノなんだ」って言いふらすからね」、こういう男はいつの時代にもいる、相手の女性おほつぶねの返歌は明日) 5.15


・ 人はいさ我はなき名の惜しければ昔も今も知らずと言はん
 (おほつぶね『後撰和歌集』巻10、「貴方は「あいつ、彼女にふられたな」って人に笑われても平気かもしれないけど、私は名前が勝手に使われるのは嫌よ、「貴方なんか昔も今もまったく知らない」と言うからね、だいたい、私のことを「前カノ」と言いふらすなんて、許せないわよ」、昨日の返歌) 5.16


ジープより赤き薔薇落つ跳ねとびぬ
 (平畑静塔1952頃、珍しい光景だ、庭に咲いているバラではない、走行するジープから深紅のバラが一輪落ちて、跳ね飛んだ、バラが跳ね飛ぶ鮮烈な美しさ) 5.17


・ はつ夏の空からお嫁さんのピアノ
 (池田澄子、「息子が結婚して、わが家の二階に夫婦で住んでいます、今お嫁さんが、持ってきたピアノを弾いているわ、なんだか音が空から降ってくるみたい」、我が家に初めてのピアノ、「空から」がいい、「二階から」では詩にならない) 5.18


・ 一斉に飛び立ちたいと告げるごとく坂の途中に群れる自転車
 (安藤美保『水の粒子』1992、自転車で通学する女子高校生たちだろうか、学校近くの登り坂で一斉に立ち漕ぎになっている、若々しい鳥が「飛び立ちたい」と告げているかのように) 5.19


・ どこへ向けて歩いていてもああ君は引き返そうとは言わなかったね
 (永田紅『北部キャンパスの日々』2002、作者は河野裕子永田和宏の娘、若者の瑞々しい恋の感じが伝わってくる) 5.20


・ 朝帰りもてたやつから噺出(はなしだ)し
 (『誹風柳多留』1767、「おっ、男の仲良しグループが吉原から出てきたぞ、遊女にもてた奴がまず口火を切って“成果”を自慢してるな、でも、ずっと黙っている奴もいる」) 5.21


・ 肩衣(かたぎぬ)で見なさったのと新枕(にいまくら)
 (『誹風柳多留』1775、「お講のとき、私たち出会ったのよねぇ」と新婚初夜の語らい、本願寺に信者たちが集まる「お講」は、見合いの貴重な機会でもあった、「肩衣」はお講での門徒信者の礼服だが、新婚初夜の床の中で裸の二人がそうした「信仰の礼服」を語るのがおかしみ) 5.22


・ 手にとれば桐の反射の薄青き新聞紙こそ泣かまほしけれ 
北原白秋『桐の花』1913、桐の緑の葉が茂った公園のベンチだろうか、坐って新聞を開いた白秋は緑色の反射に泣きたくなった、彼は当時、隣家の松下俊子との恋愛を「スキャンダル」としてマスコミに叩かれ、精神的にどん底の状態にあったからだろうか)5.23


・ 灯(ともし)あかき都をいでてゆく姿かりそめ旅とひと見るらんか
 (斉藤茂吉『赤光』、1913年作、母危篤の報を受けて、心おののきながら故郷に向かって旅立つ作者、上野駅だろうか、東京という大都市では、旅行者の心の内を思い遣る人に出会うことはまずない) 5.24


・ 潮風の止(や)めば蜜柑の花匂ふ
 (瀧春一、ミカンの白い花は、小さいけれど香りがよい、海の近辺なのか、潮風がやんでミカンの花の香りがゆっくりと漂いはじめる) 5.25


芍薬(しゃくやく)やつくゑの上の紅楼夢
 (永井荷風芍薬の花は牡丹と並んで美しい、荷風の仕事机に活けてあったのは、ベニバナシャクヤクだろうか、「紅楼夢」と呼んでみたのがいい) 5.26


・ 露草の露ひかりいづまことかな
 (石田波郷1942、29歳の作者は結婚したばかりの妻と、つつましい旅に出た、静かな喜びが伝わってくる美しい句) 5.27


・ 曲り角知り合いの犬と出会いたり間(ま)のわるき顔を一瞬したり
 (高安国世『一瞬の夏』1978、「愛犬と散歩中、知人の犬の散歩とばったり会ってしまった、一瞬、犬たちは互いに間がわるい顔をした」、何だか可笑しい、人ではなく犬がそういう顔をするのか、作者はリルケ研究で名高い京大教授) 5.28


・ 光年を隔てて光り合う星の今宵近々し訣(わか)れ来しあと
 (越智玉置「朝日歌壇」1971、五島美代子選、親しい人が亡くなったのか、あんなにも遠く離れている星たちが、今夜は近くで光っているように感じられる) 5.29


・ 読みやすく覚えやすくて感じよく平凡すぎず非凡すぎぬ名
 (俵万智『プーさんの鼻』2005、作者は2003年に男児を出産、どういう名前にしようか、迷いに迷い、選びに選び抜いて・・・、で、結局どういう名前になったのかな、ネットでは「匠見(たくみ)」くんとなっています) 5.30


・ 植えざれば耕さざれば生まざれば見つくすのみの命もつなり
 (馬場あき子『桜花伝承』1977、「田を植えることもなく、畑を耕すこともなく、子を産むこともなかった私、でも、森羅万象と人間をひたすら「見つくす」歌人として、今、ここに、生きています」) 5.31