今日のうた44(12月)

charis2014-12-31

[今日のうた] 12月1日〜31日
(写真は井原西鶴西鶴1642〜93は浮世草子好色五人女』などで名高い作家だが、もともとは俳諧師であった)


・ ししししし若子(わこ)の寝覚(ねざめ)の時雨(しぐれ)かな
 (井原西鶴、母親が、起きたばかりで寝ぼけ顔の赤ちゃんを抱き上げ、足を開いておしっこをさせているのだろう、「しぐれ」としゃれ込んで俳句にしちゃったのが面白い、江戸時代のお母さんも「はぁい、いい子ね、シーシー」って言ってたんだね) 12.1


・ 初時雨(はつしぐれ)猿も小蓑(こみの)を欲しげなり
 (芭蕉1689、「寒々とした時雨が降る伊賀山中を、蓑笠を付けて歩いている時、ふと見ると、雨に濡れて寒そうにしている猿と目が合った、そうか、君も蓑笠が欲しいんだね」、猿を登場させて新しい俳諧の境地を開き、門人たちを驚嘆させた句) 12.2


・ とどまっていたかっただけ風の日の君の視界に身じろぎもせず
 (大森静佳『硝子の駒』2010、作者1989〜は京大文学部2年生、この歌を含む50首で角川短歌賞を受賞、瑞々しい相聞歌だが、どこかクールで醒めた感じも) 12.3


・ かまわないでかまわないわよかまってよ(フリルのついた鎌振り下ろす)
 (蜂子・女・28歳『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、彼氏とちょっと揉めているのか、「フリルのついた鎌」とは自分の手のことだろうか、「カマ」「フリ」と韻の踏みかたがとてもうまい) 12.4


ブルマーに縫いつける星。下半身を冷やしちゃだめって、お母さんが
 (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、恋人のまみがブルマーに星を縫い付けている、意味が分からないでとまどっている作者に、まみが答えたのか、でも答になっているのだろうか、星の光によって暖められるのだろうか) 12.5


・ 老木に斧を打ちこむ言霊なり
 (寺山修司、高校時代の作、老木を打つ斧の音が「木霊(こだま)」するというのではない、その音を木の叫びのように「言霊(ことだま)=言葉に宿る呪力」として聞いている、凄い想像力) 12.6


・ 機関銃腹ニ糞便カタクナル
 (西東山鬼『旗』1940、「糞便カタクナル」がリアルかつユーモラス、これは39年の作で、戦争を主題化・批判した句が幾つも詠まれた、作者は新興俳句運動の闘士の一人、1940年に京大俳句事件で特高警察に検挙さる) 12.7


・ 日米英に開戦すとのみ八日朝の電車のなかの沈痛感よ
 (南原繁1941『形相』、作者1889〜1974は政治学者、1945年には東大法学部長として終戦工作に努力、戦後は東大総長、真珠湾攻撃を伝えるラジオに日本人がみな狂喜したのではない、朝の電車の中には「沈痛感」が満ちていた、今の日本、「戦争をしない国」を「戦争をする国」へ変えるのか、ストップ・ザ・アベ!) 12.8


・ 国の旗たとえば花柄だとしても並んだらやっぱり怖いのやろか
(片野伊名・女・19歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、花柄の国旗はあるのだろうか、国旗はナショナリズムから自由でないから、国旗がずらりと「並んだ」偉容は、花柄の優しさとは違う相貌になるだろう) 12.9


・ やはらかき無数の細き針のごと霧降りやまず冬の金融街(シティ)に
 (渡辺幸一1995、作者はロンドンの金融街(シティ)で働く日本人、「無数の細い針のよう」で「やわらかい」霧が、冬のロンドンにいつまでも「降り続いている」、雨のような霧なのか) 12.10


・ 掌(てのひら)に枯野の低き日を愛(め)づる
 (山口誓子1932、「掌に」が卓越、「沈もうとする冬の太陽は熱をまったく感じさせないが、でも、私の掌をかすかに明るく照らしている」) 12.11


・ 襟巻(えりまき)の狐(きつね)の顔は別にあり
 (高濱虚子1933、「あの女性、高価なキツネの毛の襟巻をして、つんつん澄まして歩いているけど、彼女の顔はなんだか狐みたいだなぁ」、虚子にはユーモア句も多い) 12.12


・ 天地(あめつち)といふ名の絶えてあらばこそ汝(いまし)と我れと逢ふことやまめ
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「もし天も地もなくなるならば、そりゃ僕と君は会えなくなるさ、でも、天と地がある限り、僕は君と会うことを絶対やめはしないよ」、愛を誓う歌、万葉の歌は「しらべ」がいい) 12.13


・ 人の見る上は結びて人の見ぬ下紐開(あ)けて恋ふる日ぞ多き
 (よみ人しらず『万葉集』巻12、「人に見える上着の紐はしっかり結び、人には見えない下着の紐は解いたままで、毎日貴方を待っているのに、ねぇ、どうして来てくれないの」) 12.14


・ 世をいとふはしと思ひし通ひ路にあやなく人を恋ひわたるかな
 (仁昭法師『千載集』、「この世を嫌って寺に籠る端緒(=はし)にしようと思ったのに、寺への通路の橋(はし)で美少年の稚児を見かけ、ああ、その子に許されない恋をしてしまった」、詞書に「いとよろしき童の侍りければ」とある、その子に恋して修行は挫折したのか) 12.15


・ フランスの一輪ざしや冬の薔薇
 (正岡子規1897、本当にフランス製の一輪挿しなのかもしれないし、ちょっと言ってみただけかもしれない、「フランスの」とあるだけで、何だかバラまで美しく感じられるから不思議) 12.16


・ 糶(せり)残すこの鮟鱇(あんこう)の面(つら)構え
 (鈴木真砂女、作者は銀座で小料理屋を営む女性、これは92歳の作、魚市場だろうか、「顔のせいで売れなかったわけじゃないでしょうけど、この売残りの鮟鱇の顔、それにしてもごっついわぁ」) 12.17


・ 夢かとよ見し面影もちぎりしも忘れずながらうつつならねば
 (俊成卿女『新古今』、「まさか、あれは夢だったのかしら、貴方と逢って、そのお顔も、約束してくれた愛の言葉も、こんなにはっきり覚えているのに、どうして現実にならないの」) 12.18


・ 恋ひ恋ひてそなたになびく煙あらば言ひし契りのはてとながめよ
 (式子内親王『新後撰和歌集』恋四、「もしも貴方の方へ、恋い焦がれるように流れてくる煙があったならば、それは私よ、死んで棺となって焼かれ、煙になってしまったけれど、貴方を愛していますと誓ったあの私よ」) 12.19


・ 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
 (俵万智『サラダ記念日』1987、シンプルで、あっさりしていて、それでいて雰囲気があり、作者の人柄も伝わってくる、いい歌だ) 12.20


・ 木枯の吹きおさまりてゆっくりとどの星もみな輝きをます
 (末広正己「朝日歌壇」1971、宮柊二選、どういうわけか風が強いと星はよく見えない、木枯がおさまって「ゆっくりと輝きを増して」くる冬の星々) 12.21


・ ペンダント君に触れたり草濡らす霙(みぞれ)のように胸かさねれば
 (江戸雪『百合オイル』1997、「貴方と重ね合せている私の柔らかい胸は、草を濡らす「みぞれ」みたいに感じられるわ、金属のペンダントが間に挟まれて」、「汗ばむ」ではなく「みぞれ」、ペンダントの硬質感、幸福なエロスのとき) 12.22


・ おとがいを窪みに乗せて目を開く さて丁寧に問いつめられる
 (東直子『春原さんのリコーダー』1996、彼氏がベッドのそばにいるのだろうか、体を少し起こして枕の上に顎を乗せて、彼を見詰める作者、何を尋ねられるのだろう・・・、「さて丁寧に問いつめられる」が上手い) 12.23


・ 子へ贈る本が箪笥に聖夜待つ
 (大島民郎、「本」はサンタクロースのクリスマス・プレゼントだろう、子どもに見つからないようにその夜までタンスの奥に隠してある、何だかお父さんの方がわくわくしている感じ) 12.24


・ 幸(さち)を云ひ手袋の巨人永久(とは)に去る
 (平畑静塔、作者は精神科医にしてクリスチャン、西洋人の神父が、日本の教会での長い務めを終えて、本国あるいはバチカンに帰るのか、「手袋の巨人」がいい、大柄な神父の力強い握手) 12.25


・ おそろいのブラとパンツを買いました(体育はこれ着て臨みます) 
 (水無月・女・14歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、穂村のコメントは短歌の本質を突く、「<体育>に意表をつかれました。・・その健全さが逆にエロいような気がします。ここが<デート>では全く駄目ですね」、そう、「デート」ではダサくて詩にならない(笑)、これは中二女子の可愛い歌なのかも、「エロ」というテーマの特集回だが他は妙に理屈っぽい歌が多い) 12.26


Wi-Fi(ワイファイ)をうぃーふぃうぃーふぃと呼びあって幸せそうな顔の伯母たち
 (虫武一俊・男・30歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、親戚がホテルに集まったのだろうか、若くもない伯母たちが持参のパソコンを嬉しそうに操作している、別に呼び方なんかいいじゃないの) 12.27


・ 向い合う人がほしくて酔う夕べ これでもない あれでもないわ
 (太田美和『きらい』1991、合コンだろうか、バーだろうか、「寂しいので、つい飲みすぎてしまう私、でも、ここにいる男性は好みのタイプとはちょっとちがうな」) 12.28


・ なかなかに人とあらずは酒壺(さかつぼ)になりにてしかも酒に染(し)みなむ
 (大伴旅人万葉集』巻3、「なまはんかに分別ある人間なんかやめてしまって、いっそ酒壺になりたいなぁ、いつも全身で酒に浸っていられるからなぁ」、旅人は酒を讃える歌をたくさん詠んだ) 12.29


・ 行年(ゆくとし)や懐紙をえらぶ市の中
 (室生犀星1942、歳末の市は独特の雰囲気がある、「懐紙(かいし)を選ぶ」というのがいい、正月用だろうか、それとも犀星は俳句を懐紙に書くのか) 12.30


・ いますグに愛さなけルば死ギます。とバラをくわえた新巻(あらまき)鮭が
 (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、バラをくわえてしゃべる新巻鮭、シュールに年を越す) 12.31