今日のうた45(1月)

charis2015-01-31

[今日のうた] 1月1日〜31日
(写真は小野茂樹と妻の雅子、現在も彼と住んだ公団住宅に住む、2013年7月31日「東京新聞」の記事より↓、 代表作「あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ」の由来も書かれている貴重な記事です)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/issyu/CK2013102302100018.html


・ かきくらしなほふる里の雪のうちに跡こそ見えね春は来にけり
 (宮内卿『新古今』春歌上、「雪が降り続いて、あたりが見えないほど暗くなっているけれど、春はたしかにやって来たわ、足跡は見えないけれど」、作者は二十歳前に夭折した女流歌人) 1.1
 

・ わらんべのおぼるるばかり初湯かな
 (飯田蛇笏1931、「初湯(はつゆ)」は新年に初めて入る風呂、銭湯は1月2日開始だった、これは家の中でのこと、赤ちゃんを盥のお湯に入れているのだろう、「おぼるるばかり」に、赤ちゃんの可愛らしさが) 1.2


・ うつくしく交わる中や冬椿
 (上嶋鬼貫1661〜1738、「お正月はいいな、友人、知人、家族、みなちょっとあらたまりながらも、嬉しそうな表情をしている、おっ、深紅の寒椿も一輪咲いて」) 1.3


・ 冬の雲割れて湖面に朝の日矢
 (稲畑汀子、「冬の雲がパッと割れて、湖に朝の太陽が射るように差してきた」、冬であればこそ陽光の輝きはひとしお嬉しい、「朝の日矢」がいい、作者は虚子の孫) 1.4


・ 坂下るわれと等しき速さにて追ひ来る冬の月の目鼻や
 (水原紫苑『びあんか』1989、「月は、自分が歩けば自分についてくる、前方に進む自分と反対に後方に動くのではない、後についてくる月は自分を見つめているような気がする、顔があって目も鼻もある」、今日は満月、といっても厳密な満月は5日13時53分だから、それを見られるのは地球の裏側ですね) 1.5


・ わが少女の小さな恋を聴きし夜 耳のうしろに花ひらくなり
 (小島ゆかり『希望』2000、「中学生になったばかりの娘に好きな男の子ができたらしい、それをママの私に告白するのが恥ずかしいのね、まぁ、うつむいたあなたの耳は真っ赤になってる」) 1.6


・ あなたのこと見てるとキスをしたくなるキスとつねるは同じでつねる
 (大平千賀・女・28歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、本当はキスしたいんだけど、ちょっと恥ずかしいんで、替りに「つねって」みる作者、分かる分かる、愛してるってそういうこと) 1.7


・ ぬいぐるみ越しに言われた「好きだよ」に、あなたのひとみを見るのをわすれた
 (いさご・女・21歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、穂村のコメント「思いがけない<あなた>の言葉に混乱して、思わず<ぬいぐるみ>の<ひとみ>を見てしまったのでしょうか」) 1.8


・ 手を振って別れた人のつぶやきを盗み見るのがデートの続き
 (南口哲士・男・20歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、彼女のツイッターを見ていることは秘密にしている作者、デートの後、彼女のつぶやきを目を凝らして眺める、どんなつぶやきなのか) 1.9


・ まるめろ一つ置いてある冬の床の間
  (室生犀星1925、「まるめろ」は「かりん」のこと、明るい黄色の洋梨型だが、必ずしも均整はとれておらず、味わいのある非対称形をしている、床の間+まるめろ=現代芸術) 1.10


・ 一生を焚火の番をしてゐたき
 (辻桃子、どういう気持ちなのだろうか、「焚火」は子どもの頃のなつかしい光景だが最近はあまり見かけない、「一生を」が不思議な言葉、久しぶりの「焚火」によって自分の数十年の人生が意識されたのか) 1.11


・ 真白なショールの上に大きな手
 (今井つる女1897〜1992、成人式の若い娘の肩に掛かるふわっとした美しいショール、そこに父親が大きな手を置いているのか、この句は、謎めいた「大きな手」がポイントで詩情の源泉、今日は成人の日、作者は虚子の姪) 1.12


・ 常人(つねひと)の恋ふといふよりは余りにて我は死ぬべくなりにたらずや
 (大伴坂上郎女万葉集』巻18、「世の人が普通に<あなたが好き>って言うような、そんなんじゃないのよ、私のは、もうほとんど死んでしまうくらいあなたを愛しているのよ」) 1.13


・ 我が妻も絵に描(か)き取らむ暇(いつま)もが旅ゆく我(あれ)は見つつ偲(しの)はむ
 (物部古麻呂『万葉集』巻20、「ああ、妻を絵に描くだけの時間があればなあ、旅の途中ずっとその絵を見ながら妻を思うことができるのになあ」、スケッチのようなものだろうか、写真も携帯もなかった古代) 1.14


・ 憂き友にかまれて猫の空ながめ
 (向井去来『猿蓑』、「あっ、猫くん、かわいそうに、つれない彼女にゴロ・ニャーンって言い寄ったら、彼女にガブっと嚙まれちゃった、呆然として空を見上げてる、つらいよねぇ、失恋は」、「空ながめ」が絶妙、作者は蕉門で京都の人) 1.15


・ 鰒汁(ふくじる)の宿(やど)明々と燈(とも)しけり
  (蕪村1768、「フグ料理は怖いよねぇ、なのにあの人たち、一向に頓着せず、がんがん食って大酒飲んでる、いやぁ、盛り上がってるなぁ、宴会」、江戸時代の裕福な町人は豪快、人ごとのように詠む蕪村もこの中にいるのかも)  1.16


・ 冬の野ははや沈みたり夕つ日の輪郭ひとつかぎりなく濃く
 (植村恒一郎「朝日歌壇」1993年1月17日、島田修二選、私の住んでいる埼玉県北鴻巣は畑地が多く、一望が見渡せる「冬の野」に沈む夕陽は美しいです) 1.17


・ おもむろに階(はし)くだりゆくわが影の幾重にも折れ地上にとどく
  (来嶋靖生『雷』1985、「陽を受けて室外の階段を下りてゆく私、自分の影が段差に折れ曲がって映り、その先端はずっと伸びて、階下の地面に届いている、まるで自分の人生の象徴のように」、日常のふとした光景に歌がある) 1.18


・ ふるきよきころのいろして冬すみれ
 (飯田龍太、薄紫色の可憐な冬スミレは「ふるきよきころの色」をしている、子どもの頃だろうか、それとももっと昔の頃だろうか) 1.19


水仙や白き障子のとも映(うつ)り
 (芭蕉1691、「座敷の障子も新しいのに張り替えた、活けられた白い水仙が、障子の白さと競うように映し合って、どちらも輝くばかりの白さだなぁ」、水仙と障子が互いに白を引き立て合うのを「とも映り」とうまく言い当てた) 1.20


・ 何回もキュキュッと直すポニーテールあなたが好きな高さはどのへん?
 (えむ・女・21 歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、ちょっと横向きに鏡に向かい、ポニーテールの結ぶ位置を直している作者、「何回もキュキュッと」がいい、もう心は彼氏と一緒にいるんだね) 1.21


・ ほらよ今着けてるブラジャーあげるからおとなしくうちでおねんねなさい
 (雲はメタんご星人・女・20 歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、題詠は「風邪」、「恋人は匂いフェチ」と作者コメント、彼氏を弟のように可愛がっているのか、「ほらよ」がいい) 1.22


・ 髪いぢる手に光ありわが前にきみただ明日のひととして立つ
 (小野茂樹『羊雲離散』1968、歌集の最初の方にある歌、たぶん高校生の作、「きみ」は、東京教育大学付属中学校以来の恋人である青山雅子だろう、高二の夏までに彼女を詠んだ相聞歌600首の一つか) 1.23


・ 女番長よき妻となり軒氷柱(のきつらら)
 (大木あまり1993、「十代の頃じゃじゃ馬で女番長だったあの娘さん、結婚したらすっかりいい奥さんになっているそうだけど、お家の前を通ったら軒から氷柱が下がってる、穏やかで幸せな家庭なのね」、「軒氷柱」が絶妙) 1.24


・ 山水を板になだめて菜を洗ふ
 (宇佐美魚目1926〜、冷たい山水をたっぷり使って冬菜を洗う、「板になだめて」が素晴らしい) 1.25


・ はじめなき夢を夢ともしらずしてこの終はりにや覚めはてぬべき
 (式子内親王『家集』、「夢はいつのまにか始まっているので、その始まりは分からない、私のこの人生も、夢とは知らずに夢を見ているみたいだけれど、この人生が終ったとき、はたして夢から覚めるのかしら」、夢から覚めるのは自分で分かるが、夢の始まりは意識できない、式子らしい知的で深みのある歌) 1.26


・ 心いる方(かた)ならませば弓張りの月なき空に迷はましやは
 (朧月夜の君『源氏物語』花宴、「<貴女を探してあちこち部屋を迷ってるんだ、ひょっとしてここかい>とおっしゃるのね、もし貴方が本当に私を愛しているなら、間違った部屋に入ることはないんじゃない」、最初の逢瀬から一か月、源氏に探し当てられた朧月夜の君は、オッケーの返事を、今夜の月は弓張月=半月) 1.27


・ 大根を煮た夕飯の子供たちの中にゐる
 (河東碧梧桐1924、作者1873〜1937は子規門下で虚子とともに双璧といわれた人、自由律俳句の先駆となる「新傾向俳句」を創始した、この単純な句も、貧乏ながら子供好きな作者をうかがわせる) 1.28


・ 冬晴をすひたきかなや精いつぱい
 (川端茅舎1941、病気で呼吸困難に陥っている作者、美しい冬晴れを「吸いたい」という痛切な叫び) 1.29


・ 右ブーツ左ブーツにもたれをり
 (辻桃子1994、脱いだブーツはしゃんと立たない、どちらかがグニャッと折れるように傾くことが多い、玄関でよく見かける何気ない光景だが、「もたれをり」という表現によって詩になった) 1.30


・ 冬薔薇や日のあるかぎり暖かし
 (中村汀女、冬バラの美しさ、それは「日の当たっている」暖かさでもある) 1.31