今日のうた51(7月)

charis2015-07-31

[今日のうた] 7月
(写真は川崎展宏1927〜2009、繊細で優美な句を詠む人、「朝日俳壇」選者をつとめた、選句された俳句にも美しい句が多かった)


・ はまひるがほ空が帽子におりて来て
 (川崎展宏『葛の葉』1973、浜辺に咲くハマヒルガオの花は、薄い紫色が多いが、青っぽく見えることもある、小さな帽子のような形の花が「空がおりて来たように」たくさん咲いている) 7.1


・ 大夕焼一天をおしひろげたる
 (長谷川素逝、西空の一画にある夕焼け、それが大きく広がって、「一天を押しひろげる」ように輝く) 7.2


・ <少年>の声に呼ばれてめくりゆく古きノートのなかの夕焼け
 (三枝浩樹『朝の歌』、自分が少年の頃に書いていた日記が見つかったのか、読んでいくと、ある日の日記に「夕焼け」のことが書かれていた、友達と遊んだ懐かしい思い出とともに、「夕焼け」の光景が甦る) 7.3


・ 夢に来し木馬やさしくわれを嘗め木馬になれとつひに言はざり
 (山田富士郎『アビー・ロードを夢みて』1990、「夢の中に「木馬」が現れ、甘えるようにやさしく嘗めてくれた、でも「木馬になって」とは言わなかった」、不思議な夢だ、猫や犬や馬ではなく「木馬」であることの優しさ) 7.4


・ 鼻の穴涼しく睡(ねむ)る女かな
 (日野草城『青芝』1932、このように詠まれた女性はきっと美女に違いない、「涼しく」からそれが分かる、「鼻の穴」を眺めながら女の美しさをさらりと詠む感覚は素晴らしい) 7.5


・ 水すまし水に跳(は)ねて水(みづ)鉄の如し
 (村上鬼城1865〜1938、「水すまし」=アメンボが水面を軽やかに滑ってゆく、針のような足の先端が水を弾くので、表面張力のみなぎった水面が硬い「鉄のように」見える) 7.6


・ 限りとて別るる道の悲しきに行かまほしきは命なりけり
 (『源氏物語』桐壺更衣、「貴方とお別れして私一人で死出の旅路を行くなんて、ああ、何て悲しいこと、私は何としてでも生きたいのです、生きていたいのです」 源氏の母・桐壺更衣が、死の病を得て実家に帰る時、夫の桐壺帝に宛てた歌) 7.7


・ 人や変るわが心にや頼みまさるはかなきこともただ常に憂き
 (永福門院『玉葉集』巻12、作者は鎌倉時代の女流歌人、「貴方の気持ちが変ってしまったのかしら、それとも、私が貴方を愛する気持ちが大きくなり過ぎたのかしら、ちょっとしたことにも貴方が冷たく感じられて、つらいわ」、不均衡に傾いてゆく恋)7.8


・ 行女(ゆくをんな)袷(あはせ)着なすや憎きまで
 (炭太祇1709〜1771、「おお、いい女が歩いているぞ、しゃれた和服を憎らしいほどかっこよく着こなしているなぁ」、作者は江戸時代の僧だが、遊郭内に庵を作って住んだ異色の人) 7.9


・ 白絣(しろがすり)尼にはなれぬ女かな
 (鈴木真砂女『紫木蓮』1998、作者は銀座で小料理屋を営む女性で、90歳を超えているが「白絣」を粋に着こなす人、恋多き女性だったのだろう、「尼にはなれぬ女」とある) 7.10


・ くびすじをすきといわれたその日からくびすじはそらしかたをおぼえる
 (野口あや子『くびすじの欠片』2009、瑞々しい恋の歌、作者1987〜は十代終り頃か、彼氏から「君のくびすじが好き」と言われたので、それ以来、私の「くびすじ」は彼の視線や唇を意識する、「そらしかたをおぼえる」がいい) 7.11


・ とこしえの夜(よ)になりそうな わたしたち見たこともない水牛に乗る
 (笹岡理絵『イミテイト』2002、作者1978〜は「心の花」所属の若手歌人、彼氏と初めての泊りの旅行なのか、「見たこともない水牛に乗る」がいい) 7.12


・ 憂鬱な君のマリアとなり得るかわがくちびるは疑い深く
 (大口玲子「朝日歌壇」1989、馬場あき子選、彼氏は口数少ない憂鬱な人なのか、そして作者に聖母マリアのような母性を求めるのか、それが重荷と感じられる作者、キスをしても幸福感が薄い) 7.13


・ 大国のうしろにつけば安全かおまえ前へ行けといわれたらどうする
 (直木孝次郎(奈良市)「朝日歌壇」2015年7月12日、佐佐木幸綱/高野公彦選、作者はおそらく著名な日本史学者、96歳の高齢だから出征経験がある方なのか、「朝日歌壇」には戦争法案反対の歌がたくさん投稿されている) 7.14


・ 若者に波及しはじめ漸くに反戦デモは報道さるる
 (瀬川幸子(茨木市)「朝日歌壇」2015年7月12日、佐佐木幸綱選、若い学生たちによるSEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy – s)のデモが全国各地で行われるようになって、ようやく報道が)7.15


憲法に合う世にすべき政治家が憲法を世に合わす策を練る
 (由良英俊(大阪市) 「朝日歌壇」2015年7月12日、佐佐木幸綱永田和宏選、違憲の戦争立法を委員会で強行採決) 7.16


・ 虹自身時間はありと思ひけり
 (阿部青鞋『火門集』1968、虹が出ると、我々は美しさに感嘆しつつ、「でも、すぐ消えてしまうだろうな」と、ハラハラしながら見詰める、しかしこの句は、虹自身が「時間は十分ある」と思っていると言うのだ、虹の時間は、ある意味では十分長いのか) 7.17


・ 虹の橋この世のいづこにも触れず
 (和田知子『椿』1993、虹の両端は宙に浮いている、「この世に触れていない」ところが、虹の虹らしいところであり、その美しさなのかもしれない) 7.18


・ 脱がしかた不明な服を着るなってよく言われるよ 私はパズル
 (古賀たかえ、作者は『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選の常連の人、面白い歌だ、脱がしやすい服にしろと彼氏が文句を言う、でも作者は自分の好きな難解な服を着続ける、脱がされる「パズル」を楽しみながら) 7.19


・ 目覚めむとするきわにして仄仄(ほのぼの)と男をおもう二三分間
 (阿木津英『紫木蓮まで・風舌』1980、朝、目覚めたばかりで、少しうとうとしながら、彼氏のことをあれこれ思い浮かべて楽しんでいる作者、「二三分間」という短さがいい)7.20


・ 泳ぎゆく君に藻のごとくからむ
 (正木ゆう子『水晶体』1986、作者は夫婦そろってプールで泳ぐ習慣の人、これは相聞俳句) 7.21


・ 蛇逃げて我を見し眼の草に残る
 (高濱虚子1917、「一瞬だが、蛇と視線が合ってしまった、逃げた後も、その衝撃が残る」、蛇の眼は鋭くものを見るのか、作者の観察も鋭敏) 7.22


・ みづうみのみづをみにゆく空いろをそのままうつすみづをみにゆく
 (小池純代『雅族』、「みづうみのみづ」はなぜ魅力的なのだろう、それは「空いろをそのままうつす」水だから、湖の水面を介して作者の心に映し出される「空のいろ」、とても美しい「空のいろ」)  7.23


・ つつましき花火打たれて照らさるる水のおもてにみづあふれをり
 (小池光『バルサの翼』1978、川か湖のほとりで子どもが花火をしているのか、小さな花火なので、花火そのものよりは、水に映った光の方がまばゆい、花火の光によって浮かび出る水の水らしい質感) 7.24


・ あらぬ方(かた)に両国を見し花火かな
 (星野麦人『草笛』1932、「今夜の両国の花火大会には行けないけれど、今、遠方に小さく見えた、でも、思っていたのとは随分違った方角だな」、今晩は隅田川の花火大会) 7.25


・ 音たかく夜空に花火うち開きわれは隈なく奪はれてゐる
 (中城ふみ子『乳房喪失』1954、あっけらかんとした性愛の歌、夜空に花火が炸裂するようなエクスタシー、川端康成の序文が付いた歌集『乳房喪失』刊行一か月後に、作者は乳癌で死去、31歳) 7.26


・ 君の眼を耳を言葉を泳がせるわたしのなかの色のない海
 (江戸雪『百合オイル』1997、彼氏と向き合って話しているが、私は沈黙ぎみなのだろう、彼氏はいろいろ探りを入れてくるが、私はあえて黙っている、恋がうまくいっていないのか) 7.27


・ 冷蔵庫パカッとあけて涼む私
 (鈴木繭美『17音の青春』1999、「暑くてたまらず、思わず冷蔵庫を「パカッと」開けて、涼んだ私」、感じがよくでている、作者は熊谷女子高の1年生、高校生俳句大会で選ばれた俳句) 7.28


ジーンズの青を濃くして打水(うちみず)す
 (中澤慧美『17音の青春』2002、「打水の水がジーンズにかかって、すっかり濃紺になった」、作者は鎌倉女子大高等部3年生、高校生俳句大会で選ばれた俳句) 7.29


・ びつしりと汗の貼りつく半身を見せてやりたく男を待てる
 (辰巳泰子『紅い花』1989、作者の相聞歌は心よりはむしろ体を詠う、この歌も性愛の肉体性を表現したもので、夏の猛暑というわけでもないだろう) 7.30


・ 戦乱ののちの平和つねに短くいつの世も末世といひて嘆ききぬ
 (上田三四二『黙契』1955、朝鮮戦争の頃に詠まれた歌、しばらく戦争がなかったのに再び戦争が始まった嘆き、今また日本を「戦争をする国」に変えようという動きが、だが、今晩も国会はSEALDsの学生たちを含むデモが) 7.31