マスネ『ウェルテル』

charis2016-04-09

[オペラ] マスネ:ウェルテル  新国立劇場 2016.4.9


(写真右は、ロッテの実家、森を背景に美しい舞台、下の写真はすべてウェルテルとロッテ、端正で気品のある舞台装置)


フランスの作曲家ジュール・マスネ(1842〜1912)の『ウェルテル』(1892)は、日本ではあまり上演されていない作品。演出のニコラ・ジョエルのプログラムノートによれば、マスネ自身が『ウェルテル』を「オペラ」ではなく「ドラム・リリックDrame Lyrique(=歌う劇)と呼んだそうで、アリア、重唱、合唱といったオペラ音楽がフルに動員されることはなく、どちらかというと演劇的な作品だ。しかし、音楽は非常に美しい。


ゲーテの原作小説は、ウェルテルの手紙という形式で、ウェルテルの視点からのみ描かれているので、ロッテはウェルテルから見た「客体」の位置にあるが、本作では、ロッテも一人の「主体」としてウェルテルと対等に渡り合うので、演劇的でオペラにふさわしい形式になっている。ロッテ自身がウェルテルを深く愛してしまっていることがよく分かる。そして、ロッテの夫アルベルトが、原作とはやや違って、冷たい男に描かれている。


本作は、『ロミオとジュリエット』とは違い、ウェルテルだけが自殺するので、ウェルテルとロッテとの両方に我々が感情移入し、共感できるようなバランスがとても難しい。小説『ウェルテル』はゲーテその人のほとんど実話だったが、ウェルテルはかなり独りよがりな男でもある。そして、ロッテは、聡明で美しいだけでなく、亡き母に代わって弟妹たちを育てる「母性」あふれる女性である。結婚相手としては、男の立場から見て「理想の女性」であり、それだけにロッテは、「二股」や「不倫」はあってはならないキャラクターである。実在の女性ロッテ・ブフに対してゲーテは一回だけキスを奪ったが(そして小説でもそう)、その「返し」はなかった。だが、マスネの本作では、最後に、死を前にしたウェルテルにロッテは、深いキスを返す。「アルベルトよりウェルテルを愛していたならば、アルベルトとの婚約を破棄して最初からウェルテルと結婚すればよかったじゃないか」、とロッテを非難することはできない。このようにキスを返すロッテに共感できてこそ、『ウェルテル』物語は完結するだろう。その意味では、ゲーテの原作をマスネが完成したとも言えるのである(写真下↓)。


歌手は、ウェルテルを歌ったテノールのD.コルチャックは非常に声が美しく、そしてロッテを歌ったメゾのE.マクシモアは声量豊かで、「主体」としてのロッテがとてもよく表現されていた。二人ともロシア人。

下記に動画があります。
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/performance/150109_006152.html#ancmovie