今日のうた63(7月)

charis2016-07-31

[今日のうた] 7月1日〜31日


(写真は飯田龍太1920~2007、飯田蛇笏の四男、父の跡を継いで俳誌『雲母』を主宰、格調の高い句を詠む)


・ 抱く吾子(あこ)も梅雨の重みといふべしや
 (飯田龍太1951、梅雨の頃だろう、生まれたばかりの女の赤ちゃんを抱いている30歳の作者、しっかりとした重みを感じる嬉しさ、梅雨も一緒に喜んでくれているんだ、「梅雨の重み」という表現が卓越) 7.1


・ ががんぼを恐るる夜あり婚約す
 (正木ゆう子『水晶体』、ガガンボは蚊を大きくしたような虫で足が長いが、吸血はしない、でもちょっと怖いのか、作者は24歳、喜びと不安が混じる婚約の日の夜、なかなか眠れない) 7.2


・ 「ルーシーに「忍者って、いるの?」と聞かれ「少なくなった」と答える私」
(九螺ささら・女・45歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、題詠は「忍者」、「もちろんいるよと答えるよりも、ずっとリアルでいいですね。ルーシーも目を輝かせたに違いない」と穂村コメント) 7.3


・ 「とてもよく似合ってますと店員がほとんど裸の人間に言う」
(鈴木晴香・女・32歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、題詠は「ブラジャー」、作者は試着室にいるのか、女性でなければ詠めない歌) 7.4


・ 「(7×7+4÷2)÷3=17」
(杉田抱僕・女・18歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、「かっこなな/かけるななたす/よんわるに/かっことじわる/さんはじゅうなな」と読んでくださいと作者コメント、「短歌だときづかれない短歌なのが面白い」と穂村弘コメント) 7.5


・ 涼しさを飛騨の工(たくみ)の指図(さしず)かな
 (芭蕉1694、「設計図を拝見しただけで、いかにも涼しそうな家であるのが分かります、さすが飛騨の名工の設計ですね」、新築準備中の弟子への挨拶句、しかしこの年は芭蕉の最期の年) 7.6


・ 冷(ひや)し瓜二日たてども誰も来ぬ
 (一茶『文化句帖』、「うまそうなウリが手に入ったので、水で冷やしてあるんだ、でもこの二日間、誰も家に来ないな、さびしいな」、いつも人を恋しがった一茶らしい句) 7.7


・ でゞむしやその角文字(つのもじ)のにじり書(がき)
 (蕪村1768、「かたつむりが二本のツノをもにょもにょ動かしながら進んでいる、動いた後には、水がにじんだような跡がついたな、まるで角で描いた文字だわ」、かたつむりをユーモラスに詠んだ、本来の「ツノもじ」は牛の二本の角を「い」に見立てたもの) 7.8


・ 冷房のなかなか効かぬ男かな
 (渋川京子『レモンの種』2009、外から帰った太めの夫だろうか、ふうふう暑がって、冷房機の前からなかなか動かない、こういう男性はけっこういそう) 7.9


・ 白玉(しらたま)を巻きてぞ持てる今よりは我が玉にせむ知れる時だに
 (よみ人しらず『万葉集』第11巻、「親の目が厳しくてずっと会えなかった白玉のような君、今こうして僕は君を抱いている、もう僕のものだよ君は、たとえ僕たちしか知らない、この短い今だけであっても」 ) 7.10


うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき
 (小野小町古今集』巻12、「昼間、うたた寝しているとき、夢に貴方が現れたのよ、私は夢なんてはかないから嘘だと思っていたけれど、それ以来、夢を信じ始めたわ」 ) 7.11


・ 思ひあれば袖に螢(ほたる)をつつみても言はばやものを問う人はなし
 (寂蓮法師『新古今』巻11、「君を思う僕の心は火のように燃えている、だから螢を自分の袖に包んで、その明かりで君に打ち明けたいくらいだ、それなのに君は気づかず、「あら、どうしたの」と尋ねてもくれない」) 7.12


・ おだてあって熟れていて桜桃たち
 (宗左近、「サクランボの実が熟してきた、つやつやと並んでぶらさがっている君たちは、「きれいだね君は」と、お互いにおだて合っているのかな」) 7.13


枇杷(びは)を吸ふをとめまぶしき顔をする
 (橋本多佳子、少女だろうか、ビワをしゃぶるように口にしたとき、ちょっとまぶしそうな顔をした、思ったより酸っぱかったのか、ビワの薄黄色の実と少女の表情が生き生きと交わる瞬間、「まぶしき顔」が卓抜) 7.14


・ 雨雲はふたたび垂れて黄の花と喜びあえるうすみどりの壁
 (安藤美保『水の粒子』1992、作者はお茶大の学生、雨雲が再び垂れこめてきたので暗くなった、明るかったときは互いに溶け合っていた黄色の花とうす緑の壁が、くっきりと分離して互いの色が映えてきた、「喜びあえる」がとてもいい) 7.15


・ あれも愛 小さな小さな伝説となりてあなたの靴の恋文
 (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、大学生のときの歌だろう、彼氏の靴にそっと恋文をしのばせた作者(あるいは逆かも)、でも今は彼氏との関係はどうなのだろう、愛が過去形になったから、それが「伝説」になった悲しみなのか) 7.16


・ 垂線はみずからへ引けま昼間にこの白い街過ぎてゆくとき
 (永井陽子『葦牙(あしかび)』1973、作者(1951〜2000)のもっとも初期のうた、<孤独な自我>を詠み続けた作者だが、初期のうたには痛々しいほど鋭角な自意識が詠まれた歌もある) 7.17


・ 船の点燈夕焼激しき刻に先んず
 (山口誓子『七曜』1940、海面に船が見える、その船に今、電気が灯った、水平線はまさに夕焼けが濃くなろうとしている、日没ぎりぎりの夕焼け、海面の暗さを際立たせる) 7.18


・ 夕立や朝顔の蔓よるべなき
 (高濱虚子1899、激しく夕立が降りだした、まだうまく巻き付けなかった朝顔の蔓が、頼るところもなく、雨に打たれて、のたうつように揺れている) 7.19


・ 野は濡れて朝はじまりぬ花胡瓜
 (有馬籌子、「野はまだしっとりと露に濡れている早朝、キュウリの黄色い花が咲いている、さあ、今日という日が始まるんだ」) 7.20


・ 少女みな紺の水着を絞りけり
(佐藤文香『海藻標本』2008、中学校だろうか、プールの授業が終わり、髪の濡れた少女たちが、更衣室を出てプールサイドでスクール水着を絞っている、一人ならばどうということもないが、集団だと印象的) 7.21


・ 地平線縫ひ閉ぢむため針箱に姉がかくしておきし絹針
 (寺山修司田園に死す』1974、細い針で「地平線を縫い合わせて閉じる」という発想が凄い、地平線は、地の部分も空の部分もたえず色が変わって動いている、それを縫って固定しようとは、そういう「姉」は謎) 7.22


・ 「凍る、燃える、凍る、燃える」と占いの花びらを毟(むし)る宇宙飛行士
 (穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』2001、宇宙飛行士は暇なんだろうか、まさか、でも花占いをしているのを想像するのは楽しい、「凍る」と「燃える」の選択がいい) 7.23


・ 平行に電車が並ぶ瞬間に乗り換えてしまった私だけが
 (歌崎功恵『走れウサギ』、JRの電車が並んで同じ方向に走る所だろうか、速度が等しくなる瞬間、互いに止まって見える、ドアのガラスの所に立つ作者、「向こうから私はどう見えるかな?」と視点を「乗り換えて」しまった) 7.24


・ 橋のあなたに橋ある空の遠花火
 (仙田洋子、花火大会は河川敷で行われるから「橋」と切り離せない、「橋ある空」には遠花火もよく似合う、この句は、「橋」のリフレインがいい、群馬県でも先日、夏の先陣を切って玉村町の花火大会が行われた) 7.25


・ 出女(でおんな)や一匹なけば蝉の声
 (浜川自悦、作者は江戸前期の俳人、榎本其角と親交があった、「出女」とは、江戸時代に、旅館の客引きや世話、売春もした女、「出女」の姿を見て蝉が一匹鳴き出したら、すぐ多くの蝉が唱和したというユーモア句、セミがよく鳴く季節になった) 7.26


・ 降ってきた、とあなたは右の手をひらく左手に子の指をつつんで
 (魚村晋太郎『花柄』2007、「あなた」とは作者の妻だろう、妻は右手を開いて雨粒を受けてみせる、左手に小さな子供の手を引いて、「あなた」という呼び方がとてもいい、もの静かな、やさしい愛妻歌) 7.27


・ こわくってためらっておりもうすでにはじまっている夏の木陰で
 (干場しおり『天使がきらり』1993、「もうすでにはじまっている」がとてもいい、それは初恋だろうか、それとももっと大人の恋だろうか、恋は自由意志で始まるのではない、気づいた時はもうその渦中にいる、だから「こわい」のだろう) 7.28


・ 梅雨明けし各々の顔をもたらしぬ
 (加藤楸邨、この時、作者は東京在住、「降り続いた梅雨が明けた、一人一人の顔が何となく明るくなったような気がする」、山本健吉氏は、この「各々」は家族ではなく友人たちだろうと言う、ようやく関東地方も梅雨が明けた) 7.29


・ 腹当(はらあて)や男のやうな女の子
 (景山筍吉、昔は、小さな子供にも、夏に寝冷えを防ぐために腹巻をさせることがあった、下町の裏路地だろうか、「裸に近いかっこうで遊んでいる小さな子供たちの中に、腹巻をした活発な子がいる、あっ、男の子じゃなくて女の子なんだ」) 7.30


・ 優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる
 (俵万智『チョコレート革命』1997、甲子園球児の話ではない、20代の終り頃だろうか、作者は妻子ある男性と恋におちいる、『サラダ記念日』で詠まれていたボーイフレンドとの淡い恋とは違う本物の恋、その出会いを詠んだ彼女らしい会心の一首) 7.31