[オペラ] ウィーン国立歌劇場『ワルキューレ』 東京文化会館 2016.11.9
(写真右は、ワルキューレたち、下は、第1幕、フンディングの家のジークリンデとジークムント、そして第2幕、二人を残して去るブリュンヒルデ)
3時開演の直前、トランプ当選の報を聞いた。世界も日本もふたたび野蛮へと向かうのか。だが『指環』も、神の国が滅んで人間へと権力が交代する暴力と動乱の物語だ。『ワルキューレ』の愛の中に含まれる暴力にあらためて気づく。神の王ヴォータンは、妻のフリッカや娘のブリュンヒルデに槍を向けて威嚇するシーンがたくさんあるし、もちろんジークムントは一撃で殺す。三人を深く愛しているにもかかわらず。(写真下は、オオカミの死体を前にするヴォータンとフリッカ/ジークリンデを気遣うブリュンヒルデ/そして終幕、悲嘆にくれる妹のワルキューレたちの中に毅然と立って、父王ヴォータンに反逆する王女ブリュンヒルデ)
演出はS.E.ベヒトルフ、指揮はアダム・フィッシャー。オケはウィーンフィルなので音楽がとても安定して音が澄んでいる。以前ウィーン国立歌劇場の『フィガロ』を観た時もそうだったが(小澤征爾指揮)、指揮者が誰であろうと安定した同じ音を出すのだろう。ベヒトルフ演出は正統的なもので、第2幕のヴァルハラ城も森になっており、オオカミの死体を象徴で使うなど、ゲルマン神話の雰囲気を出そうとしている。(写真下は、終幕、ブリュンヒルデを抱くヴォータンと、炎の中に彼女を眠らすヴォータン)
舞台装置や人の動きで驚かすのではなく、歌をゆっくりと歌い、しみじみと聞かせるシーンが多いので、第2幕のジークリンデとジークムントの愛にブリュンヒルデが敗北するところが特に印象的だった。人間が神に反抗し、神に戦いを挑むのだが、愛の力によってその転換が行われる。人間の愛の前に殺し屋ブリュンヒルデが敗北することこそが、神の国の亡びの引き金になったのだ。(ブリュンヒルデ)「しかしジークムント、強がっても死に抗う術はないのよ。死を告知するために、私はやってきたのです」/(ジークムント)「脅しには乗らないぞ、たとえ死すともヴァルハラなど行くものか、ヘラよ、私を抱きとめてくれ!・・ああ、妹ジークリンデ、お前を守ってやれないとは・・、私が死ぬ定めなら、まず気を失っている妹に手をかけよう」/(ブ)「やめて、お願い、ジークリンデを殺さないで!この子はあなたの貴い子を宿しています。・・あなたも一緒に生きるのよ! ジークムント、あなたを守って勝利を授けます、ごきげんようジークムント!」/こうして、誰よりも「父の娘」であったブリュンヒルデは、生まれて初めて父に反逆し、そして、神の国を追放される。本公演で、終幕後のカーテンコールに最後に登場したのはヴォータンではなくブリュンヒルデ。そう、『指環』全体がブリュンヒルデの物語なのだ。
下記に動画があります。
http://ebravo.jp/nbs/2016/wso/archives/60