今日のうた72(4月)

charis2017-04-30

[今日のうた] 4月1日〜30日ぶん


(挿絵は永福門院1271〜1342、伏見天皇中宮であった。光景の中の光や明暗の微妙さを詠む京極派の和歌を代表する歌人)


・ かうかうと欅(けやき)芽ぶりけり風の中
 (石田波郷、「春風が強く吹くなか、ケヤキの大木の新芽が震えるように揺れている」、ケヤキのうす緑色の新芽はとても美しい、「芽ぶり」は「芽震り」だろう、「けり」は今気が付いたという驚きの意) 4.1


・ 菜の花の中へ大きな入日かな
夏目漱石1897、蕪村を思わせる光景だが、単純な句でありながら「中へ」が上手い、今、大きな河の河川敷はどこも菜の花が美しい) 4.2


・ 木(こ)のもとに汁も膾(なます)も桜かな
 (芭蕉1690、「桜の樹の下で花見の宴会ですか、いやぁ、盛り上がっていますね、人も料理も、何もかも花びらに埋もれて」、「膾」は魚と野菜を刻んだ酢の物だが、「汁も膾も」で「何もかも」の意の慣用句、昨日、上野公園を通りましたが、330年後の今も、花見の宴会まさにこんな感じでした) 4.3


・ さくら狩(がり)美人の腹や減却(げんきゃく)す
 (蕪村『句集』、「今日はお花見、仲良し数人で、あちこちの桜を巡り歩いています、いつもつんとすましているあの美人のお嬢さんも一緒だけど、お腹が減っているらしく、彼女へたばり気味だよ」、桜とともに美しい彼女も鑑賞の対象なのに、という滑稽句) 4.4


・ 大空の鏡の如き桜かな
 (高濱虚子、開花した桜の花の上に青空が広がっているのだろう、咲き誇る桜の白い花が、空の光を一杯に受けて反射している、それを「大空の鏡」と捉えた素晴らしい句) 4.5


・ 感情の中ゆくごとき危ふさの春泥ふかきところを歩む
 (上田三四二『雉』1967、年度始めの4、5月は、仕事、学業、就職などさまざまな面で新しい悩みが生まれ、メンタル面のバランスを崩しやすい、作者もそういう状態にあるのか、「春泥」の「深いところ」を歩む自分は感情の危機にある、と) 4.6


・ 花にある水のあかるさ水にある花のあかるさともにゆらぎて
 (佐藤佐太郎『開冬』1975、京都の大覚寺の大沢池で詠んだ歌、「満開の桜の花が水に映っている、水が揺れて、その反射する光がまた花をあかるくしている」) 4.7


・ 花の上にしばし映(うつ)ろふ夕づく日入るともなしに影消えにけり
 (永福門院『風雅和歌集』、「満開の桜の花の上に映っている夕日が、ゆっくりと動いているみたい、でもいつのまにか、その光は消えてしまったわ」)  4.8


・ 春ふかみ枝もゆるがで散る花は風のとがにはあらぬなるべし
 (西行山家集』、「春は確実に深まっているな、風がないから枝はまったく揺れていない、でも桜の花びらは、静かに散っている、風が散らすんじゃないんだ、こうやって散るのが桜なんだ」、精緻な観察、素晴らしい美意識) 4.9


・ 今しはと思ひしほどに桜花散る木のもとに日数(ひかず)経ぬべし
 (源実朝金槐和歌集』、「もうこれで立ち去ろうと思ってもなかなか立ち去れないなぁ、こんなふうに桜を眺めているうちに、散ってゆく桜の木の下で何日も過ごしてしまいそうだなぁ」) 4.10


・ 花冷えのキリンは小屋の中にをり
 (高柳重信、前衛俳句で名高い作者1923〜83が、1936〜40年の間、東京府立第九中学校の生徒だった時の作、上野動物園だろうか、「桜の時節はまだ寒い日もあり、キリンは外に出てこなかった」、無関係なものを取り合わせる俳諧の味はある) 4.11


・ 銃眼に母のごとくに海覗く
 (金子兜太『少年』、1944年、24歳の作者は海軍主計中尉として太平洋のトラック島に出征、そこでの作、おそらく、「銃眼から、海の向こうにいる母の顔を覗くように、海を覗いた」のだろう、こうやって本土に残る母を思い浮かべたのか) 4.12


・ 菜の花も穂先まで咲きて咲き終へぬ思ひ遂ぐるといふやさしさに
 (大西民子、菜の花が咲き終わる頃、茎は長く伸びて固くなる、花茎が固くなり食べ頃を失うことを「薹(とう)が立つ」と言い、昔は婚期を逃した女性を冷やかすのに使われた、この歌はそれへの批判か、今、菜の花が咲き終わる頃) 4.13


・ いっしんに事を為さむとおもひ立つそのたまゆらは楽しきものを
 (若山牧水『さびしき樹木』1918、作者は1885〜1928は旅と酒を愛した歌人、「さあ、これをやるぞ! と思い立って、熱心にあれこれ計画を練る時が一番楽しいな、でも実際やってみると、うまくいかなかったり、飽きちゃったりで」) 4.14


・ やわらかく若葉を濡らし雨の降る幾千年のなかの一日
 (川端弘『白と緑』2005、桜が終る頃になると、樹木の若葉が一斉に萌え出ているのにあらためて気づく、晴れた日の陽光にきらめく若葉も、雨の滴にしっとりと濡れた若葉の明るさも、ともに瑞々しい) 4.15


・ 吹入るる窓の若葉や手習ひ子
 (広瀬惟然1648〜1711、作者は蕉門の人、寺子屋だろうか、「一心に勉強している子供たち、窓辺の樹には若葉が一斉に芽吹いていて、風が吹くたびに、枝の先が少し室内に入り込んでくる」) 4.16


・ ざぶざぶと白壁洗ふ若葉かな
 (一茶『七番日記』、『七番日記』は一茶が48歳から56歳までの日記、「強い風が吹いていて、新緑の枝が、ざわざわと白壁をこするように大きく揺れている、まるでざぶざぶと白壁を洗っているようだ」) 4.17


・ 言ひつのる唇(くち)うつくしや春の宵
 (日野草城、「言いつのる」とは、興奮して激しい調子でしゃべること、若い女性が作者に向かって「言いつのっている」のだろう、言っていることはどうということもないけれど、彼女のくちびるの激しい動きがとても美しく感じられて、それに惹きつけられる) 4.18


・ 浅茅原(あさぢはら)小野に標(しめ)結ふ空言(むなごと)をいかなりと言ひて君をし待たむ
  (よみ人しらず『万葉集』巻11、「浅茅原の野にしめ縄を張って自分のものにしたわ、みたいな大嘘をついて、お母さんを騙しちゃった、ああ、嘘がばれたらどうしよう、貴方が恋人だってことはまだ秘密なの、そうやって貴方を待っているのよ、私」、「浅茅原」は共有地なので、しめ縄で囲って私有地にするなど、ありえない嘘) 4.19


・ ゆく水に数(かず)かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり
 (よみ人しらず『古今集』巻11、「流れている水に指で数を書いたって、すぐ消えちゃうよね、でも、もっとむなしいのは、これほど君のことが好きなのに、君はちっとも僕を思ってくれないことだよ」) 4.20


・ わが恋は知る人もなし堰(せ)く床の涙もらすな黄楊(つげ)のを枕
 (式子内親王『新古今』巻11、「ああ、私の恋は片想いだから誰も知ってくれる人はいない、独り寝の床にこぼれる涙を何とか堰き止めているのよ、だから、黄楊の枕さん、あなただけは知っているけど、人に告げないでね」) 4.21


・ 大学に沙翁講義や花水木
 (山口青邨、作者は東大工学部教授だった人、でも大学でシェイクスピアの講義が行われているという、たぶん文学部の教室の窓の外を通ったのだろう、本郷キャンパスには確かに花水木の樹がある、今、花が咲き出して美しい) 4.22


・ あけぼのやよろこび色に花水木
 (上田五千石、花水木の花は、白、紅がかったピンク、薄紫などが多いが、「よろこび色」と言われれば、本当にそんな感じだ、夜明けには特に美しく感じられるのだろう) 4.23


・ 霞む空 あげひばり鳴くわが耳の奥に潜んでいたようになく
 (江戸雪『百合オイル』1997、見えない高空から聞こえてくる、ひばりの鳴き声は印象的だ、空中でホバリングしながらさえずる「空(そら)鳴き」は、縄張りの誇示なのだが、作者には「わが耳の奥に潜んでいたように」聞こえる) 4.24


・ 瓶にさす藤の花房みじかければ畳の上にとどかざりけり
 (正岡子規、子規は肺結核から脊椎カリエスを発症し、病床から離れられなかった、ベッドではなく畳の上に寝ているからこそできた歌、小さな民家の和室である子規庵は(写真)、現在もJR鶯谷駅近くにある、今、藤の花が美しい季節) 4.25


・ かにかくに祇園はこひし寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる
 (吉井勇『酒ほがひ』1910、作者1886〜1960は、祇園をこよなく愛した人、小さな川のそばの宿に泊まった時、水が「枕の下を流れている」かのように、音が聞こえた) 4.26


・ 春灯火絵本散らばりそこら赤
 (今井千鶴子、春の宵、部屋の電燈の下に、小さな子ども用の絵本が、何冊も読みかけで置きっぱなしてにしてあるのだろう、なぜか赤い色が目立つページが多い、たぶん子供はもうその部屋にはいない) 4.27


・ つきあいを御ぞんじないと母にいひ
 (『誹風柳多留』、「母さん、僕の帰りが遅いって、いつも文句言うけどね、男には付き合いってものがあるんだよ、分かってないなぁ」、江戸時代、この息子は何歳くらいなのだろう、今なら、「男の付き合い」というのは、夫が妻に言う言い訳が多いか) 4.28


・ 兄はわけ知らずに祝ふ小豆飯(あづきめし)
 (『誹風柳多留』、江戸時代にも、娘の初潮を「あずきめし」で祝う習慣があったことがわかる、もちろん兄は何も分かっていない、食卓で母や父が説明したとも思えない、性教育などなかった時代) 4.29


・ 喰(くい)つぶすやつに限つて歯をみがき
 (『誹風柳多留』、江戸時代は、歯を磨くのはまだ一般的な習慣ではなかった、「身代を喰い潰す奴に限って、お洒落して歯を磨く」と註に、川柳は昔の生活習慣がいろいろ分かるから面白い) 4.30