[今日のうた] 5月1日〜31日ぶん
(写真は永田耕衣1900〜1997、耕衣は自由闊達な句を詠んだ人、95年の阪神大震災で自宅が全壊したが奇蹟的に助かった)
・あたたかき甍(いらか)の厚味割るるなよ
(永田耕衣1955、作者は55歳のとき、生まれ育った兵庫県加古川の印南野(いなみの)を去り転居、印南野には鶴林寺という作者が子供の頃から遊んだ寺があった、この「甍」はその寺の大屋根のことだろう、故郷への別れの句) 5.1
・大いなる新樹(しんじゅ)のどこか騒ぎをり
(高濱虚子、「新樹」とは「新緑」のこと、大きな樹が若葉に溢れるのはとても美しいが、ちょうどこの時期は、どういうわけか風が吹くことも多い、この句はそんな光景か) 5.2
・たかんなの影は竹より濃かりけり
(中村草田男、「たかんな」は筍のこと、「青青とした大きな竹の生えている竹林の中に、あちこちに黒い筍がむんずと顔を出している」、今、筍の季節になった) 5.3
・不二(ふじ)ひとつうづみ残して若葉哉
(蕪村1769、「うづみ残す」は「埋づめ残す」、周囲の山々の向こうに富士山が見えている、「周囲の山々は、勢いよく若葉が茂って、山頂まで緑が埋め尽くしているが、さすがに富士山だけは、若葉も「埋め尽くす」ことはできないな」) 5.4
・妻ふくれふくれゴールデンウィーク過ぐ
(草間時彦、ゴールデンウィークはどこへ行っても、うんざりするほど人が多い、だから作者は、この時期はあえて家にいるのだろう、どこへも連れて行ってもらえない妻や家族が「ふくれにふくれて」不機嫌になっている) 5.5
・ことづてにてもあらなとおもへ人の瞳(め)のよりべもなくてものいはずおり
(五島茂、女の子だろうか、あるいは大人の女性だろうか、「寂しそうな眼をして黙っている、でも何か言いたそうな顔だな、直接言いにくかったら、人を介してでもいいんだよ、遠慮なく言ってごらん」、作者1900〜2003は歌人にして経済学者、妻は歌人の五島美代子) 5.6
・いづこより来たりいづこに去る我と知るにぞ愛のいよよ深まる
(窪田空穂『老槻の下』1960、老年の夫婦愛だろうか、作者1877〜1967は83歳、そろそろ自分の死期も予感する中、妻への愛はますます深まる) 5.7
・相思ふといふにあらねど年を経て夕かぎろひのごとき心か
(尾崎左永子『春雪ふたたび』1996、昨日の歌と同様、これも老年の夫婦愛の思いか、「夕かぎろひのごとき心」がいい、作者1927〜は若い時に佐藤佐太郎に師事、現在は歌誌「星座」主筆) 5.8
・大空は高く遥けく限りなくおほろかにして人に知れずけり
(長塚節1907、作者1879〜1915が伊藤左千夫に送った春の歌7首のうちの一つ、青空が一番美しいのは、私は冬だと思うが、季節によって青空もそれぞれに違う、「おほろかにして人に知れず」が春の青空) 5.9
・柿若葉日差が濡れてゐるやうな
(高木晴子、今、柿の若葉が大きく広がって美しい、柿の若葉は、その広さ、厚み、そり具合のゆえだろうか、日差しを反射すると、まるで雨の水に濡れているように感じることがある) 5.10
・手の薔薇に蜂来れば我王の如し
(中村草田男、「大きく咲いた薔薇を切って、手にしていたら、蜂がやってきて花に止まった、召使にかしずかれる王様の気分だよ」、その薔薇の大きさ、美しさを、このように物語的に表現したところが草田男らしい、わが家のバラも咲き始めました) 5.11
・ 薔薇かぐとめつむるは皆若からず
(熊谷愛子、「皆さん、薔薇の花に顔を近づけて、その香りを楽しんでいる、でもよく見ていると、嗅いだあと眼をつぶる人とつぶらない人がいて、つぶるのは中高年の人なのね」、するどい観察) 5.12
・ 「かぎかっこ、僕が使うからとっといて」 (だったら私はかっこでいいや)
(上町葉日・女・19歳『ダヴィンチ』短歌欄、男の子と女の子のメールのやりとり、「 」は実際に男の子が文面で使っているが、女の子の私は使えない、彼女の( )は心の中の呟き、と穂村弘コメント) 5.13
・ 答え合わせしてよ初めて愛すんだ空欄だけは無くしとくから
(ナルヒト・女・17歳『ダヴィンチ』短歌欄、「愛」のテストという発想が魅力的です、「空欄だけは無くしとくから」に見られる捨て身の瑞々しさもいいですね、と穂村弘コメント、17歳の女の子の初恋の口説きの歌) 5.14
・ きっともう神さまだって忘れてるわたしを電子レンジが呼んでる
(まち・女・25歳『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、作者は引き籠りなのだろうか、電子レンジがチンと鳴って「わたしを呼んでいる」くらいしか、人と接触がないのだろうか) 5.15
・ 背のびして木漏れ陽を着るきみは五月
(鎌倉佐弓、これは恋の句だろうか、とても瑞々しく、「きみは五月」がいい、「きみ」とは誰だろうか、作者は俳人夏石番矢の妻、国際俳誌の発行人であり、海外の詩歌祭でも活躍する人) 5.16
・ 夏立つや衣桁(いこう)にかはる風の色
(横井也有1702〜1783、「衣桁」とは和室内に着物を掛けておく家具で、小さい鳥居のような形をしている、そこに掛かっている着物に風が当たって少し揺れているのだろう、それを、「風の色がかわって」夏を感じる、と詠んだ) 5.17
・ 今生の汗が消えゆくお母さん
(古賀まり子1924〜2014、作者は若い時から療養生活で死と隣り合わせで生きた人、水原秋桜子に師事、この句は代表作で、作者の母の死去の際に詠んだもの、命が消えてゆくのを「汗が消えゆく」と表現、最後の「お母さん」は叫びのように聞こえる) 5.18
・ 道の辺(へ)の草深百合の後(ゆり)にと言ふ妹が命を我れ知らめやも
(よみ人しらず『万葉集』巻11、「道端の茂みに咲く百合みたいに、君はいつも、いいわよ、でも「後(ゆり)にね」=もうちょっと待ってね、と言ってはぐらかすけど、君は幾つまで生きるの?」、いつもここ一番で彼女はスルリと逃げてしまう) 5.19
・ よひよひに枕さだめむ方(かた)もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ
(よみ人しらず『古今集』巻11、「毎晩毎晩、僕はどっちに枕を向けて寝たらいいのか考えちゃうんだ、どっちに向いて寝た時に夢に君が現れたんだっけ、それを思い出そうとしてなかなか眠れないんだよ」) 5.20
・ 歎きあまり知らせそめつる事の葉も思ふばかりは言はれざりけり
(源明賢朝臣『千載集』巻11、「君のことが好きで好きで、ついに耐えかねて告白しちゃった、でもね、僕の告白の言葉は、僕が思っていることをぜんぜん言い尽くせてないんだよ」) 5.21
・ なつかしき遠さに雨の桐の花
(行方克己2004、清少納言は『枕草子』で「桐の木の花、むらさきに咲きなるはなほをかしき・・・、葉のひろごりざまぞ、うたてこちたけれ(=ぎょうぎょうしい)」と述べた、枝先にびっしり固まって花がつくので、少し遠くから見るのが美しいともいえる) 5.22
・ バナナ持ち洗濯機の中のぞきこむ
(しらいしずみ『21世紀俳句ガイダンス』、作者は20代前半の女性だという、昔ならバナナは輸入物しかなく珍しかったので夏の季語だが、今は特に季節感はない、洗濯機もあたり前の存在で感動もない、でもこの句には何とも言えないおかしみがある) 5.23
・ 夜蛙の声となりゆく菖蒲かな
(水原秋櫻子、「夕刻、菖蒲の周りから蛙の声が聞こえ始めている、だんだん蛙の声が大きくなって夜になって行くんだなぁ」、菖蒲は湿地に生える、そして6月にかけて湿地や水田では蛙が大発生して、夜じゅう鳴き声が絶えない) 5.24
・ 想ひつつもろ手にうけて髪あらふわが知るのみの髪くらかりき
(今野寿美『花絆』1981、20代の作者の恋は、深くゆっくりと二人で育んでゆく恋であった、この歌は、まだ彼氏が作者の髪を抱きしめたことがない頃だろう、彼のことをひたすら思いながら自分の髪を洗う作者、『花絆』は昭和短歌史でもっとも美しい恋の歌集の一つ) 5.25
・ 苦しみて告げし一語もためらひも草の香も君は忘れむいつか
(米川千嘉子『夏空の櫂』1988、作者は学生の若い時から批評性の強い歌を作る人、恋の歌もとても批評的で、ぜったい舞い上がったりしない、詠われている彼氏(坂井修一)も大変だ、こんな風に恋人に詠われたら誰だって困ってしまう、彼氏の歌は明日) 5.26
・ いかやうにも見苦しきわれは物言はぬ時々刻々をむしろ生きゆく
(坂井修一『ラヴュリントスの日々』1986、昨日の歌の作者米川千嘉子のような感受性の鋭く批評性の強い恋人をもった作者は大変だったと思う、二人の恋はそれぞれの歌から読み取れるが、作者はつねに押され気味、作者はその後、彼女と結婚した) 5.27
・ 蓮を見に息子を誘ふいやな後家
(『誹風柳多留』、現代日本は風俗店の完備した国と言われるが、江戸時代も然り、この句の「蓮」は「出合茶屋」と呼ばれたラブホテルの隠語、上野の不忍の池周辺に何軒もあった、「出合い〇〇」って言葉、江戸時代にもうあったんですね! 「池の蓮の花を見にいこうね」と小さな息子をごまかす後家さん) 5.28
・ 父(とつ)さんが見ている内はかわゆがり
(『誹風柳多留』第17篇、フランス近代小説などには、継母にいじめられる小さな子供の話がたくさんでてくるが、江戸時代の日本にも継母はたくさんいたのだろう、「父さんが見ているときだけは」先妻の子もかわいがる後妻) 5.29
・ 誹名(はいみょう)のないのを遣手(やりて)うれしがり
(『誹風柳多留』第3篇、たくさんの俳人が客として遊郭・吉原を利用したのだろう、「遣手」つまりマネージャーの老女にチップをたくさんはずむのは、「誹名」のない無名の人が多く、「誹名」を持つ俳人はケチだという話) 5.30
・ 猫の子に嗅(かが)れてゐるや蝸牛(かたつむり)
(椎本才麿、作者1656〜1738は芭蕉とも交流があった人、この句は「猫の子」が面白い、子猫は親猫と違って蝸牛を初めて見たのかもしれない、「何だろう?」と近寄ってしきりに嗅いでいる、蝸牛もぴたりと止まり「嗅がれる」ままになっている) 5.31