ヘルンドルフ原作『チック』

charis2017-08-23

[演劇] ヘルンドルフ原作『チック』  シアタートラム 8月23日


(写真右は舞台、車で旅する二人の少年の前には、いろいろと不思議な人が現れる、写真下も同様、舞台横から同時にカメラでスクリーンに映すので、ファンタジックな雰囲気が倍加する)

ドイツで今、とても人気で、各地で上演された演劇が、小山ゆうな翻訳・演出で上演された。小山はまだ若い人だが「雷ストレンジャーズ」の主宰者で、私は昨年からイプセンとシュニッツラーを観たが、どちらも優れた舞台だった。『チック』もまた面白い作品だった。14歳のマイクは、よい家のお坊ちゃまなのだが、ひ弱で内気で性を怖がる少年。両親が離婚寸前の荒れた家庭で、クラスでも落ちこぼれそうになっている。そこへロシア人らしい怪しい不良少年チックが転校してきて同級になった。二人だけがクラスの人気少女の誕生パーティに呼ばれなかったので、二人は夏休みに、チックが盗んだ車で旅に出る。そこでいろいろな経験をして、二人は大きく成長するという物語。現代ドイツのさまざまな問題が織り込まれたロードムービー仕立ての演劇版。挫折した少年の成長物語という点で、ヴェデキント『春のめざめ』、ヘッセ『デミアン』、マン『トニオ・クレーゲル』などとも共通点が感じられる。たぶん、ドイツ人は小品ではあってもBildungsroman風のものが好きなのだろう。面白おかしい場面をたくさん創り出したのはたぶん演出の工夫だろうが、とても楽しく見れたので、日本での上演は成功だったと思う。(写真下は、マイク(右)を誘うチックと、マイクを叱る自己中心的な父。)


劇場には、幾組もの子供連れの観客が見受けられたが、この劇は子供には無理だろう。科白が非常に凝っており、終演後の小山の説明によれば、ドイツでもさまざまにカットしたバージョンが上演されているが、日本の上演はフル・バージョンだと言う。私が気が付いただけでも、奇妙な少女は宇宙の無限に感嘆するのに数学者「カントール」の名をつぶやき、元共産主義者の老人は、若き日の恋人の写真を二人の少年に見せて「わが腰の炎」(ナボコフ『ロリータ』の冒頭科白)とつぶやき、ナチススターリンソ連が示唆され、福島原発事故が語られたりもする。ドイツ現代史を科白のあちこちに散りばめた叙事詩的な作りになっているのだ。開幕直後、14歳のマイクの語りが馬鹿に理屈っぽいのにも違和感を感じたのだが、ドイツではこれが普通なのだろうか? ドイツと日本の違いにもいろいろ考えさせる舞台だった。俳優は、チック(柄本時生)、マイク(篠山輝信)、父(大鷹明良)、母(あめくみちこ)は、登場人物の個性をとてもよく表現しており、名演だと思う。