[今日のうた] 2月1日〜28日
(挿絵は俊成卿女(1171〜1252以降)、藤原俊成の養女となる、十数歳若い宮内卿と並んで宮廷歌壇で活躍した、言葉の高度な技巧を駆使しているために難解な歌も多い)
・ はかなしとまさしく見つる夢の世をおどろかでぬる我は人かは
(和泉式部、愛人であった敦道親王の死(27歳、式部より3歳年下)を悲しむ歌、「ああ、こんなに儚いのね、この世界は、夢のようなものなのね、それなのに、夢から醒めず眠っている私は、人間と言えるのかしら」) 2.1
・ 心から浮きたる舟に乗りそめて一日(ひとひ)も浪に濡れぬ日ぞなき
(小野小町『後撰和歌集』、「男の気色をやうやうつらげに見えければ」と詞書、「憂(う)い舟かもしれないと思いながらも、私自身が望んで貴方との愛の関係に入りました、でもそれ以来、その舟は浪にもまれて私は泣いてばかり」) 2.2
・ 亡き数に身も背(そむ)く世の言の葉に残る浮き名のまたや止まらん
(俊成卿女、「知人は次々に亡くなって、私もその中に入りたいけど体が許してくれず、生きています、でも、もう歌は詠みたくないわ、詠むと「あの人まだ生きてんの!」なんて浮き名が立つから」、作者晩年の歌) 2.3
・ 鳩鳴いて烟(けむり)のごとき春に入る
(夏目漱石1904、立春の句だが、「烟のごとく」が漱石らしくて、とてもいい、「春がすみ」などと言っては台無しだ、今日は立春) 2.4
・ 木枕の垢(あか)や伊吹にのこる雪
(内藤丈草1662〜1704、「旅の間、君が、頭を横たえて寝る堅い木の枕には、垢がこびりついているかもね、あの伊吹山の残雪みたいにまだらに」、旅に出る友人を送る句、木の枕を伊吹山に見立てたのが可笑しい) 2.5
・ 冬こだち月に憐(あはれ)を忘れけり
(蕪村、「冬の木立ちを通して、凍るような夜の月が輝いている、昔の人はこういう月を見ると感傷的な「憐れ」の感情を持ったようだが、僕は感じないね、ただただ月は美しいと感嘆するばかりだよ」、蕪村らしい美意識) 2.6
・ たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠
(芭蕉1690、「卒塔婆小町」の絵に寄せた画賛句、老後すっかり零落して乞食になり、雪が降っていないのに「破れ蓑、破れ笠」姿のままの小野小町が描かれている、「崇高だ」と芭蕉は言う、しかし蓑に笠では小町かどうかも分からないから俳諧の味も) 2.7
・ 雪踏んで光源氏の猫帰る
(大木あまり、冬の一番寒い頃は、猫の発情期でもある、モテないオス猫くんもたくさんいるから、ホントに苦労と試練の時だよ、作者の家の猫くんはどうだったのか、光源氏のように首尾よく「男子の本懐」と相成ったのだろうか) 2.8
・ 喉の深さを冬のふかさと思いつつうがいして吐く水かがやけり
(大森静佳『てのひらを燃やす』2013、作者1989〜は京大在学中の2010年に角川短歌賞を受賞した人、冬の乾燥する季節だからこそ、しっかり喉の深いところまで水を飲みこんでうがいをする作者、「吐く水かがやけり」がいい) 2.9
・ トーストに温められている指が何かを思い出しそうな朝
(鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016、冬の寒い朝、朝食のときにはまだ部屋が温まっていないこともある、取り出したトーストに指が温められるのが気持ちいがいい、この指は、何かいいことを「思い出しそう」) 2.10
・ 好戦的だからなぁ、おまえ と手をとって爪の半月ばかり見られる
(野口あや子『夏にふれる』2012、作者1987〜の大学生時代の歌、さすがに彼氏は作者の性格をよく知っている、でも、爪の半月は「好戦的」と何か関係があるのだろうか、別になさそう) 2.11
・ あゝらおもしろからずの雪の伴(とも)
(『誹風柳多留』、雪が降ると、家の主人がちょっとはしゃいで、「雪見」と称して外出するのだろう、お伴させられる妻は、寒いだけで別に面白くもない、いやいや夫に従うだけ) 2.12
・ 紀の国屋みかんのやうに金(かね)をまき
(『誹風柳多留』、紀伊國屋文左衛門は、大金を払って遊郭吉原を借り切ってしまったことがあったらしい、当日は「紀伊國屋さま御貸し切り」で一般客は使えないので、それを恨んだ川柳がけっこうある) 2.13
・ のびをする手に腰元はついと逃(にげ)
(『誹風柳多留』、殿様は、「伸び」をしたついでに、偶然をよそおって侍女の胸や腰をさわる癖のある人、侍女たちもそれをよく知っているから、殿様が伸びをしかけた瞬間に、さっと身を引く、「Me Too」告発のまだない時代) 2.14
・ 櫟生(くぬぎふ)の冬の林はほがらかに透きて根方(ねかた)も奥処(おくか)もひかり
(上田三四二『雉』1967、作者が東京の清瀬にあった結核療養所に医師として勤めていた頃の歌、当時の武蔵野には、櫟の木の林がたくさんあった、冬の林だけれど、根本の方も奥の方も光に満ちている) 2.15
・ ほのぼのと目を細くして抱(いだ)かれし子は去りしより幾夜か経たる
(斉藤茂吉『赤光』1913、「おひろ」と題する一連の相聞歌の一つ、「おひろ」は茂吉が愛した風俗の女性だろう、彼女が急に店を辞めて国に帰ってしまった少し後の、傷心の歌、「ほのぼのと」が見事な表現、彼女を可愛がっていたことがよく分かる) 2.16
・ 春ちかきころ年々のあくがれかゆふべ梢に空の香のあり
(佐藤佐太郎『天眼』1979、作者1909〜87晩年の風格ある歌の一つ、実景が同時に心象風景になっている、作者は茂吉の弟子だが相聞歌は作らなかった) 2.17
・ 雲割れて朴(ほお)の冬芽に日をこぼす
(川端茅舎、「冬芽」とは、冬を越している樹木の梢にすでに芽吹いている芽のこと、朴の木はモクレンの一種だが、モクレンの冬芽は特に大きくて目立つ) 2.18
・ 冬萌(ふゆもえ)や過去も未来も一炉辺(ろへん)
(加藤楸邨1953、「冬萌」は、草が春を待たずにいち早く芽吹いた「下萌え」のこと、この句は「(妻の)知世子の句集ができたので」と詞書がある、だから「路辺」(=ろへん、道端)ではなく「炉辺」、妻の初めての句集を初々しい冬萌えに喩えた) 2.19
・ 日のあたる窓の障子や福寿草
(永井荷風、福寿草は、2月の旧正月頃から4月にかけて、黄色い小さな花を付ける草、鉢に移して室内に置いたのだろうか、窓の障子に日が明るくあたって、春を感じさせる) 2.20
・ 青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり
(河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972、作者は高校生、「唯一の積極として別れ来にけり」がいい、誰かを好きになって、おずおずと付き合い始めたばかりの頃なのか、この少し後に「二人の人を愛してしまった」ことに呻吟する歌がある) 2.21
・ さりげなき君の視線に光あればそれがひとつの季節のはじめ
(今野寿美『花絆』、作者は彼氏と出会ってから、ゆっくりと静かに互いの愛を育んでいった、一つ季節が進むように、二人の関係もまた一歩進んでゆく) 2.22
・ はぐれたる麒麟にも似て野の遠(をち)にクレーンひとつ夕日浴みをり
(小島ゆかり『水陽炎』1987、作者は大学生、都市部ではあまり見ないが、畑などもちらほら混じる郊外で、「野の遠」に一台のクレーンが休んでいるのは、何とも寂しい感じがする、作者には「はぐれたる麒麟」のように見えた) 2.23
・ 東より春は来(きた)ると植ゑし梅
(高濱虚子1931、虚子の家には色々な種類の樹が何本もあるのだろう、その中には意図して庭の東側に植えた梅もある、「東側にある梅の樹が、最初に咲き始めた、「春は東からくる」んだよ」、我が家の白梅も咲き始めた) 2.24
・ 梅の木に花と詠(ながめ)るしめしかな
(一茶1813、「しめし」=おむつ、「我が家の狭い庭の梅の木には赤ん坊のおむつが干してある、でも、これを花と見立てて楽しもう」、子煩悩だった作者) 2.25
・ 梅林へ梅林へ私は裏山へ
(阿部みどり女1966、「皆さん梅見のためにぞろぞろと連れだって梅林へ行くのね、いいなぁ、でも私は、仕事で「裏山」へ行かなくっちゃ」、作者1886〜1980は虚子に師事し、92歳の時の句集『月下美人』は蛇笏賞) 2.26
・ 少年来る無心に充分に刺すために
(阿部完市『絵本の空』1969、作者1928〜2009は精神科医、誰とも異なる個性的な俳句を詠んだ、この句も不思議な句だ、ふだん無口な少年がふっと「やってきて」、特に下心もなく「無心に」、しかし「十分に」、人を「傷つける」、多くはないだろうが、こういう少年はいそう、最後の「ために」が卓越) 2.27
・ ゆめ二つ全く違ふ蕗(ふき)のたう
(赤尾兜子『未完句集《玄玄》』1982、作者1925〜81は高柳重信とともに戦後の前衛俳句を担った人、この句は最晩年のものと思われる、夢を二つ見たが、それぞれの中に出てきた「フキノトウ」は「まったく違った」と、一方は幼い時の夢か) 2.28