今日のうた85(5月)

charis2018-06-01

[今日のうた] 5月1日〜31日


(写真は日野草城1901〜56、「ホトトギス」出身だが、若い頃は女性のエロスをたくさん詠んだ人、新婚初夜を詠んだ「ミヤコ ホテル」10句が虚子の逆鱗に触れて「ホトトギス」を除名された)


ライラックの莟(つぼみ)ひそやかにまだ固しわれらの恋もあをしとぞ思う
 (石川不二子『牧歌』1954、作者は東京農工大在学で20歳、ほとんどが男子学生の中で、真面目な女子学生だったのだろう、固く身を閉じていた彼女が、恐る恐る恋へ歩み出すとき) 5.1


・ 夜更けて一途にものを書きつげる夫の肩のへはつか息づく
 (河野愛子『木の間の道』(1955、新婚早々の作者は、夜遅くまで書き物をしている夫を、部屋の後に座ってじっと見守っている、重要な箇所が書き終わったのだろう、緊張していた夫の肩がすこし緩み、一息ついた) 5.2


・ 知る限りの汝れはわがものわが知らぬ時と所で他人の顔をしてゐよ
 (河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972、作者は大学生、彼女の歌の魅力は、「愛の主体」としての女性の強靭な自我を詠むところにある) 5.3


・ 杜若(かきつばた)語るも旅のひとつ哉
 (芭蕉1688『笈の小文』、江戸から大阪に下り旧友の家に泊まった時の句、「庭の杜若が美しいね、か・き・つ・ば・た、といえば在原業平の歌が思い起こされるよ、そんなことも含めて君といろいろ語り合えるのは何て楽しいことだろう」) 5.4


・ けしの花籬(まがき)すべくもあらぬ哉
 (蕪村1775『句帳』、「庭のケシの花が美しいな、ケシの花は折り取ったりすれば、すぐ花びらが散ってしまうから、誰も盗んだりしない、生垣なんかいらないのさ」、意外な着眼点でケシの花びらの美しさを詠んだ、今ポピーの時期) 5.5


・ 雉(きじ)うろうろうろうろ門(かど)を覗くぞよ
 (一茶1812『七番日記』、「おや、雉くんがうろうろと歩いてきたよ、そしてうろうろしながら、門の所から家の中を覗きこんでいる」、一茶には、動物への愛情を感じさせる句がたくさんある) 5.6


・ 君来(こ)ずは形見にせむとわが二人植ゑし松の木君を待ち出でむ
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「貴方が来ないときは、代わりに貴方の姿をそこに見る目的で、松の木を私たち一緒に植えたわよね、その松の木を見ながら、さあ待っているわよ、待つわよ」) 5.7


・ 来む世にも早なりななむ目の前につれなき人を昔と思はむ
 (よみ人しらず『古今集』巻11、「今、目の前にいる貴女はどうしてそんなに冷たいのでしょう、ああ、早く来世になってほしいよ、そうすれば、貴女のことはたんなる前世のことになるから」) 5.8


・ 契りおくその言の葉に身を替へてのちの世にだに逢ひ見てしがな
 (よみ人しらず『千載集』巻12、「来世なら会えると貴女が約束してくれたその言葉、ああ、その言葉に私自身がなり替わりましょう、せめて来世では貴女に会えるために」) 5.9


・ 一人来て種蒔くまでの畔往来
 (高野素十1942、「畑に農夫が一人種を蒔きに来た、すぐには蒔かず、いろいろと見定めているのだろう、何回も畔を行き来している」、畑における人の動きを詠んだところが素十らしい) 5.10


・ 物いはぬ人と生まれて打つ畠か
 (夏目漱石1907、農夫が黙々と畑を打っているのだが、その農夫は人一倍寡黙なのか、漱石が話しかけても答えがないのだろうか) 5.11


・ 春愁を消せとたまひしキスひとつ
 (日野草城『草城句集(花氷)』1927、作者は二十代前半か、「そんな憂鬱な顔しないでね」と彼女がキスをしてくれた、「たまひし」がいい) 5.12


・ 白牡丹いづくの紅のうつりたる
 (高濱虚子1925、白牡丹は基本的には純白だが、中心付近の花びらに、かすかに紅色になっているものもある、それもまた美しい白牡丹) 5.13


・ しぶきして大白薔薇の剪られけり
 (正木ゆう子『水晶体』1986、「雨がやんだので、大きな白バラを切る、挟に力を入れてグッと切ったとき、花や葉に付いたたくさんの水が、しぶきのように飛び散った」) 5.14


・ つばくらや嫁してよりせぬ腕時計
 (岡本眸『冬』1976、作者はOL時代があったが、結婚しして専業主婦になったのだろう、「街にちょっと買い物に出て、ふとツバメを見かけた、そういえば私、腕時計をしていない、結婚してだいぶたったわね」) 5.15


・ 前向ける雀は白し朝ぐもり
 (中村草田男『長子』1936、スズメは横から見ることが多いので、羽の茶色をまず思い浮かべるが、正面の胸は真っ白だ、「朝曇りの中、正面を向いたスズメの白さが際立つ」、草田男らしい鋭い把握。雀を正面から見ると、雀からもこちらが見えるから、雀は驚いて逃げてしまう。だから我々は雀を正面から見る機会は少ない。それがこの句の面白さ) 5.16


・ やわらかく世界に踏み入れるためのスニーカーには夜風の匂い
 (鈴木加成太「革靴とスニーカー」2015、作者1993〜は2015年に角川短歌賞受賞、「スニーカー」は大学生活の若々しさを、「革靴」は就活から社会人生活への移行を象徴している) 5.17


・ 肉親の殴打に耐えた腕と手でテストに刻みつける正答
 (遠野真「さなぎの議題」2015、作者1990〜は2015年に短歌研究新人賞を受賞、肉親との軋轢に耐えながら高校生活を送る日常が詠まれている) 5.18


・ もんでみた自分のおしりがかわいくて自分がかわいそうで吐きそう
 (谷川電話『恋人不死身説』2017、作者1986〜は2014年に角川短歌賞を受賞、この歌集には、不器用でギクシャクした感じの恋愛が詠まれている) 5.19


・ 塵(ちり)に立つ我が名清(きよ)めん百敷(ももしき)の人の心を枕ともがな
 (伊勢『後撰和歌集』、「また私の、してない恋の噂が、塵が舞うように広まってる、清めなくっちゃね、そうよ、宮中(=百敷)のすべての人が順番に私の夜の枕になればいいのよ、枕は、私の恋の真相を知ってるから」) 5.20


・ 海松布(みるめ)なきわが身を浦(うら)と知らねばやかれなで海人(あま)の足たゆく来る
 (小野小町古今集』、「海藻の海松布が生えない浦のように、私は貴方とは会いたくない[=貴方を見る目はない]、なのにそれを知らない海人がしきりに足を運ぶように、貴方も性懲りもなく来るのね」) 5.21


・ みづうみの友よぶ千鳥ことならば八十(やそ)の湊(みなと)に声絶えなせそ
 (紫式部『家集』、「貴方は湖の友を呼ぶ千鳥さんでしょ、たくさんの女性に声かけてるくせに、よく言うわよ、相手が誰でも同じことなんでしょ、せいぜいあちこちの港でまめに声をお掛けなさい」、求愛してきたプレイボーイへの返し) 5.22


・ 青麦やあふてもあふてもしらぬ人
 (正岡子規1893、子規は26歳、「青々と麦が伸びている畑が、どこまでも続いている、人とはすれ違うのだけれど、いつまでたっても知った人はいない」、知った人がいないという着眼点に俳諧の味がある) 5.23


・ 麦の風鄙(ひな)の車に乗りにけり
 (河東碧悟堂1898、作者は25歳、初期の句だ、田舎道を荷車に乗せてもらっているのだろう、そこで「麦の風」を感じるというのがいい、周囲には広大な麦畑が広がっている) 5.24


・ 金魚売出でて春行く都かな
 (室生犀星1907、「金魚売が街に出ているのを見かけた、東京も、そろそろ春は終わりで夏になるんだ」、明治40年の東京には、盥をぶらさげた天秤棒を担いだ金魚売がいたのだ) 5.27


・ 甲斐性(かひしやう)なき男もいとし業平忌(なりひらき)
 (小西和子『獏枕』2003、5月28日は在原業平の命日と言われる日、「甲斐性なき男」とは、作者の周辺に思い当たる人がいるのだろう、しかし業平はむしろ「甲斐性ある男」だろう、少なくとも恋愛の相手としては) 5.28


・ かきくらす心の闇に惑ひにき夢現(ゆめうつつ)とは世人(よひと)さだめよ
 (在原業平古今集』、「真っ暗な心の闇に迷ってしまい、貴女が来たのか私が行ったのか、夢か現実かも分からない、どちらなのか世の中の人が決めてね」、伊勢神宮斎宮(=巫女)と一夜過ごした後朝の手紙、大変なスキャンダル) 5.29


・ 色もなき心を人に染めしよりうつろはむとは思ほえなくに
 (紀貫之古今集』、「どんな色にも染まっていなかった私の心を、貴女は、貴女一色に染めてしまいました、ああ、それなのに、貴女は心変わりをしてしまったのですね、思ってもみなかったことです」) 5.30


・ 夕されば屋戸(やど)開(あ)け設(ま)けてわれ待たむ夢に相見に来むと言ふ人を
 (大伴家持万葉集』、「貴女は<夢の中で会いに行きます>と言ってくれました、だから、夕暮れになったら、私の家の戸を開けて、貴女を待っています」、後の妻、大伴坂上大嬢に送った歌) 5.31