今日のうた(95)

[今日のうた] 95 3月ぶん

(写真↓は、右側が樋口一葉1876~92、左側は一葉が短歌を教えていた太田竹子、一葉はたくさんの短歌を残し、彼女自身の恋を詠んだものもある)

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  • 腹に在る家動かして山笑ふ

 (高濱虚子、冬は冬眠しているように見えた山も、早春になると活動し始めるように見える、これが季語の「山笑う」、しかしこの句は面白い、「山腹にある家が動くくらい、山が大笑いしているよ」) 3.1

 

  • 片屋根の梅ひらきけり烟(けむり)出し

 (内藤丈草、作者1662~1704は芭蕉の高弟、「小さな小屋の片流れの屋根にくっつくように、小さな梅の木があり、花がぽつぽつと開き始めた、あっ、かすかに烟も出ている、人が住んでいるんだ」、梅の季節になった) 3.2

 

  • またものとの雛(ひひな)の店に戻りけり

 (国安一帆、「どの雛人形を買おうかな、あちこちの店を回ってもなかなか決められません、結局はじめの店に戻ってきてしまった」、今日は桃の節句、私の住む鴻巣市雛人形の特産の町) 3.3

 

  • 春の水ところどころに見ゆるかな

 (上島鬼貫1661~1738、春になると、川、池、沼、湖などの水は、どこか明るく、豊かになる、これが「春の水」、それが「ところどころ」に見ゆる、というのがいい、平易だが名句) 3.4

 

  • たんぽぽやひとり笑ひのひとり泣き

 (前田典子、作者1940~は三重県俳人、ひとり笑ひ「の」ひとり泣き、の「の」が重要、自分のことだろう、一人で笑ったり一人で泣くことの多い孤独な生活なのだろうか、地味で小さくて可愛いタンポポの花たちは、作者の親しい友人) 3.5

 

  • 娘とはつねにまぼろし 亡ぼしし夢のことなどまた夢に見つ

 (睦月都「十七月の娘たち」2017、作者は20代半ばの若い人、「娘」とは、母にとっての「娘」なのか、それとも自分の自己意識なのか、自分が「娘」であるというのはつねに幻想なのか、でも夢の中では自分は「娘」) 3.6

 

  • ブランコを漕ぐことへたになりてゐるわれに気づかぬふりをして漕ぐ

 (小島ゆかり「ブランコ」2018、娘と小さな孫がいる作者は、一緒に近所の公園で、数十年ぶりにブランコを漕いだのか、「あら、漕ぐのへたになっちゃったわ」とは言わずに「気づかぬふりを」する) 3.7

 

 (カン・ハンナ「膨らんだ風船抱いて」2017、作者は日本に留学中の研究者、他分野の人達との合同研究会が終り、キャンパス内の並木道を一緒に歩いているのだろう、各人の意見の違いの理由を考えながら) 3.8

 

  • 占領地区の牡蠣を将軍に奉る

 (西東三鬼「京大俳句」1939、戦前、前衛俳句運動の中心の一人であった三鬼は、出征はしなかったが戦争の句をたくさん作った、1940年には京大俳句事件で検挙された) 3.9

 

  • 病院船牧牛のごとき笛を鳴らし

 (平畑静塔1905~97、作者は戦前の前衛俳句運動の中心の一人で精神科医、1940年に京大俳句事件で検挙、1944年に南京の陸軍病院に勤務、この句は1940年頃か、帰港の「病院船」は軍の船だろう、肉体も精神も損傷した兵士たちを満載し「牧牛のごとき」汽笛を) 3.10

 

  • 赤く青く黄いろく黒く戦死せり

 (渡辺白泉1939、作者1913~69は戦前の前衛俳句運動の中心の一人、京大俳句事件で検挙、この句の「赤、青、黄、黒」の色は、人間の肉体の色なのか、戦死した兵士たちの色) 3.11

 

  • 天雲(あまぐも)に翼(はね)打ちつけて飛ぶ鶴(たづ)のたづたづしかも君しいまさねば

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「あの鶴は、翼を雲にぶつけながら、よろめくように飛んでいます、貴方がいらっしゃらないから、心配で仕方がない私のように」、翼を「雲に打ちつける」ように飛ぶという表現がみごと) 3.12

 

  • 夢のうちに逢ひ見むことをたのみつつ暮らせる宵は寝むかたもなし

 (よみ人しらず『古今集』巻11、「うん、今夜は夢できっと君に逢えるんだ、と、僕はそれだけを心の支えに今日一日を頑張って過ごしたよ、でもそんな日に限って、ああ、夜になると眠れない、夢も見られない」) 3.13

 

  • うとくなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしに

 (西行『新古今』巻14、「つれなくなってしまった君を、どうして僕は恨むのだろう、だって、以前そうだったように、お互いが相手を知らない時とまったく同じはずなのに、でもなぁ・・・」) 3.14

 

  • 木蓮に日強くて風さだまらず

 (飯田蛇笏、モクレンは、春になって日差しが強くなると、それまで蕾だったのが一斉に開く、そして風の強い日も多く、花は散ってしまう、我が家の白木蓮も今満開だが、強い風に電線が鳴っている) 3.15

 

  • 蒲公英(たんぽぽ)や日はいつまでも大空に

 (中村汀女タンポポが咲き出す頃は、日が長くなり、夕方が一日ごとに明るくなっている、この句もたぶん夕方だろう、日は「いつまでも」大空にあって、容易に落ちない) 3.16

 

  • はる雨や猫に踊(おどり)ををしへる子

 (一茶、かすかに春雨が降ってきた、家にも入らずに、子どもが子猫と一緒にたわむれている、それを「猫に踊りを教える」と詠んだのがいい、子猫も可愛いし、子どもも可愛い、動物や子どもを愛した一茶らしい句) 3.17

 

  • 桃の花暗くなるまで父といる

 (森下草城子、「公園かどこか、桃の花が咲いているそばのベンチに、小さな女の子がお父さんと座っている、もうだいぶ夕方になったけれど、二人はまだ帰らないのかな」、我が家の近くの桃も、ぽつぽつと開き始めた) 3.18

 

  • 茨の芽のとげの間に一つづつ

 (高濱虚子、「薔薇の芽」とは、冬の間、太い幹と大きなトゲだけになっていた薔薇に、春になると、幹のあちこちから小さな芽と葉が一斉に吹き出ることを言う、この句は「とげの間に」がいい、我が家の薔薇もいま「薔薇の芽」が一斉に吹き出した) 3.19

 

  • 一を知つて二を知らぬなり卒業す

 (高濱虚子、今、大学卒業式の時期、街でも、華やかな袴姿の女子、スーツ姿の男子を見かける、だが、大学で学んだことは、荘子の言うように、物事のほんの一面にすぎず、知らないことの方がずっと多い、大人になったとはまだ言えないのだ、若者が大人になりにくい時代) 3.20

 

  • 人ごみに蝶の生るゝ彼岸かな

 (永田耕衣、春になって初めての蝶をどこで見かけるだろうか、山野だろうか、住宅地だろうか、いや、大都会のど真ん中の「人混み」の雑踏に見かけることもある、そういう蝶こそもっとも印象的だ、今日は彼岸の春分の日) 3.21

 

  • 僕らはママの健全なスヌーピーできるだけ死なないから撫でて

 (柴田葵「母の愛、僕のラブ」2019年1月、作者1982~は第一回「笹井宏之賞」大賞を受賞、家を出て恋人から「ボクっ娘をやめろ」と言われるまで、自分を「僕」と呼んでいた、そういう女性は意外に多いのだろうか) 3.22

 

  • 数式を誰より典雅に解く君が菫の花びらかぞえられない

 (笹原玉子『南風紀行』1991、作者1948~は歌誌「玲瓏」会員、詩集『この焼跡の、ユメの県』もある人、この歌の「君」は数学者なのだろう、夫だろうか、それとも知人か) 3.23

 

  • 酩酊をわたしは待つた日曜の広いベランダに身を投げだして

 (睦月都「十七月の娘たち」2017、「酩酊」とは、実際にアルコールを飲んだのだろうか、それとも、「日曜の広いベランダに身を投げ出し」ていると「酩酊」のような気分になれるのか、前後の歌からは分からない) 3.24

 

  • 人もなき国もあらぬか吾妹子(わぎもこ)と携(たづさ)はり行きて副(たぐ)ひて居らむ

 (大伴家持万葉集』巻4、「僕たちのことをじゃまする人のいない国はないかなあ、貴女と手を取り合って、そこへ行こうよ、ずっと寄り添って一緒にいようよ」、樋口一葉にこれを真似た歌がある) 3.25

 

  • 我が戀は逢ふにもかへずよしなくて命ばかりの絶えや果てなん

 (式子内親王、「私の恋は、貴方と逢って相思相愛になることができない空しいものなのね、ただ悶々と貴方を思っているうちに、ああ、私の命は終わってしまうのかしら」) 3.26

 

  • 住の江の草をば人の心にてわれぞかひなき身をうらみぬる

 (建礼門院右京大夫、「住の江の忘れ草みたいに、私を忘れちゃったのは貴方じゃないの、ずっと貴方を思い続けて恨んでいるのは私よ」、恋人の平資盛[清盛の孫]の「僕につれない君を恨むよ」という歌への返し、もっと彼をじらさなきゃいけないのに、うっかり本音を言っちゃった) 3.27

 

  • さまざまの事思ひ出す桜かな

 (芭蕉1688、桜の花は、さまざまな記憶を呼び起こす、「年々歳々花相似、歳々年々人不同」とあるように、その記憶は何よりもまず「人」の記憶だろう、我が家の近所でも、まだ満開ではないが、桜の花らしくなってきた) 3.28

 

  • 知人(しるひと)にあはじあはじと花見かな

 (向井去来『猿蓑』、「花見に来たよ、知人に会わないといいなぁ、会いたくないなぁ」、微妙な心理が面白い、一人で心ゆくまで花を味わいたいのか、それとも、さる女性と一緒にこっそり花見に来ているので、知られたくないのか、たぶん後者) 3.29

 

  • 酒を妻つまを妾(めかけ)の花見かな

 (榎本其角、「妻と一緒に花見に来てるんだけどさ、満開の桜の下で飲む酒は本当に美味いぜ、まぁ大きな声じゃ言えないけどさ、俺にとっちゃ、酒が本妻、妻が妾かな」、少し酔っ払っているか、無類の酒好きだった其角らしい) 3.30

 

  • 真先に見し枝ならん散る桜

 (内藤丈草『猿蓑』、「桜の花が満開に咲き誇っている、本当にいいな、あっ、あの枝の桜が散った、そうだ、あの枝の桜は、たぶん、咲き始めたときに最初に見た、あの桜の花だ」、最初に散った花を捉えたのが卓越) 3.31