今日のうた(104)

[今日のうた] 12月ぶん

(写真は山中智恵子1925~2006、前川佐美雄に師事し、幻想的で前衛的な歌を詠んだ)

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  • わが額を天狼星に覗かせて夜々くだけ散る恋の思ひは

 (山中智恵子『夢之記』、作者1925~2006が67歳のときの歌、亡くなった夫の思い出だろうか、熱い「恋」だったのだろう、冬の夜はシリウス(天狼星)が美しい) 12.1

 

  • 冷えやすき女のからだひたひたと雨を溜めゐるふくらはぎあり

 (小島ゆかり『六六魚』2018、雨傘をさすと、雨が顔に当たらないように傘をわずかに前に傾けてしまうので、「ふくらはぎ」に相当する部分が濡れる、ズボンの男性は気づきにくいがストッキングの女性はそこが「冷える」のがすぐ分かる) 12.2

 

  • 冬の日の校門ひらかれ戦争に行けるからだの男(を)の子らの見ゆ

 (栗木京子『ランプの精』2018、体格のいい男子高校生たちを見て、作者は不安を感じた、自衛隊は高校卒業生の入隊勧誘を強化している、安倍内閣の法制化で海外派兵が現実化し、皮肉にも自衛隊入隊者が減ったからだ) 12.3

 

  • 旧姓を筆名として捨てざるを誤魔化しと思ひ来し三十年

 (米川千嘉子『牡丹の伯母』2018、作者は、歌人としては旧姓の「米川千嘉子」を使うが、それ以外は結婚後の改姓を使っているのだろう、でも改姓をどこか後ろめたく思う気持ちが残る) 12.4

 

  • 夢見るか夢見しあとか冬わらび

 (青柳志解樹、「冬わらび」とは、高さ10~15センチのシダ類で、枯野などに今頃ふっと現れる↓、とても地味だが、この句は「夢見るか、夢みし後か」と問いかけているのがいい) 12.5 

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  • オリオンと店の林檎が帰路の栄(はえ)

 (中村草田男『長子』1936、冬の夜、一日の仕事を終えて帰宅する夜空にはオリオン座が輝き、果物屋の店先には林檎が電灯に照らされて光っている、どちらも自分を祝福する「栄(はえ)」のように感じられる) 12.6

 

  • 外套を脱ぎしが壁の影も脱ぐ

 (加藤楸邨『颱風眼』1940、少し前の句に「外套の襟立てて世に容れられず」とある、寒い夜、家に帰って外套を脱ぐ、豊かな暮らしではないだろう、電球の光で自分が外套を脱ぐ姿が壁に映る、それが何とも侘しく寒々としている) 12.7

 

  • 寒鯉の魚籠(びく)にひかりて月ありぬ

 (水原秋櫻子『葛飾』1930、寒鯉とは、寒い冬に、水中であまり動かない鯉のこと、魚籠も水につければ中の魚は生きているから(活かし魚籠)、寒鯉もひょっとしてまだ生きているのか、その寒鯉が月光を浴びて浮かび上がるように光っている) 12.8

 

  • 電話する インターネットで調べればすぐにレシピが分かる料理も

 (落合きり『角川短歌』11月号、作者は大学一年生か、初めて家を出て独り暮らしになったのだろう、寂しいのでお母さんとしょっちゅう電話で話をする) 12.9

 

  • 田舎から引きずる過去もぶつかつた肩もゆるしてくれる東京

 (網谷計以介『角川短歌』11月号、作者1985~は地方から東京に出てきて暮らしているのだろう、東京の生活は快適だ、他者との距離感も作者にとってちょうどよい) 12.10

 

  • 触れたなら光ってみせて遠くまでとどく光じゃなくたっていい

 (梶山志織里『角川短歌』11月号、作者1993~は恋をしているのだろう、デート中に彼氏に軽く触れたのか、それとも彼氏が作者に触れたのか、彼は愛情の表現が苦手で、もじもじしているのだろうか) 12.11

 

  • 炎吐くことをためらう臆病な恐竜みたいな寝息に眠る

 (堀静香『角川短歌』11月号、新婚の妻が夫を詠んでいる、隣りに寝ている夫は優しい人なのだろう、そういう夫を見詰める作者も優しい) 12.12

 

  • 熱を出す 会えなくなった人たちの声が笑って足音みたい

 (椛沢知世『角川短歌』11月号、熱を出して横になっている作者、夢うつつなのか、高熱にうなされているのか、「声が笑って足音みたい」に聞こえる、というのが鋭い) 12.13

 

  • 氷点下の雨よ世界に生殖器を植物だけが曝(さら)け出しつつ

 (渡邊新月『角川短歌』11月号、何の花だろう、花が生殖器であることは、たとえば水芭蕉や開ききったチューリップなどで感じることがあるが、「氷点下の雨」でこそそれを感じるという作者2002~、まだ高校生か) 12.14

 

  • 人に家を買はせて我は年忘れ

 (芭蕉1690、「弟子の乙州[大津の人、豪商]が買ったばかりの立派な新宅に、私や俳句の友人たちが招かれて、とても楽しい忘年会になった、うれしいなぁ、ありがとさん」) 12.15

 

  • 家の子に酒許しけり年忘(としわすれ)

 (士喬、作者は摂津灘の有名な酒造りの一家で、蕪村の友人、たぶん酒屋全体の忘年会が盛り上がっているのだろう、自分の子や酒屋で働く少年たちに、「お前たち、今日はまぁ特別だ、飲んでいいぞ」と酒を許す) 12.16

 

  • 裾(すそ)に置いて心に遠き火桶かな

 (蕪村1768、「寒いなあ、足元に火桶を引き寄せて手を暖めているけれど、心までは暖かくならないよ」、「心に遠き」が鋭い、私たちは、心が温まってこそ体も温まったと感じるのだ) 12.17

 

  • 鍬の罰(くわのばち)思ひつく夜や雁の鳴く

 (一茶、1807年冬、弟と亡父の遺産分割交渉をする為に一茶は故郷の信州柏原に戻る、その時の句、「鍬の罰」とは、働かないでのらくら暮している者への天罰のこと、定収入のない貧乏俳諧師は故郷に帰っても肩身が狭かった、交渉も不調に終る) 12.18

 

  • 風寒み木の葉晴れゆくよなよなに残るくまなき庭の月影

 (式子内親王『新古今』巻6、「枝にあった木の葉が木枯らしに吹き飛ばされて、どんどんなくなってゆく、月は夜ごと夜ごとに、ますます庭の隅々まで照らすようになってゆく」) 12.19

 

  • 冬枯れの杜(もり)の朽ち葉の霜の上に落ちたる月の影のさやかさ

 (藤原清輔『新古今』巻6、「冬枯れの森は、木の葉がすべて地面に落ちて、朽ち葉になった、その朽ち葉一杯に霜が降りている、それをくまなく照らす月の光、なんて美しいのだろう」) 12.20

 

  • 淋しさに煙をだにも断たじとて柴折りくぶる冬の山里

 (和泉式部『後拾遺和歌集』巻6、「なんて淋しい冬の山里なの、煙が細々と出ているけれど、それも、せめて煙だけは絶やさずにおかないと寂し過ぎるから、雑木を折ってくべているだけなのかな」) 12.21

 

  • 柚子湯よりそのまま父の懐へ

 (長谷川櫂、小さな子供の可愛らしさを詠んだ句、母親と一緒にユズ湯に入っていた息子(娘?)が、出るとそのまま拭かずにダーっと走ってきて作者の胸に抱きついた? それとも湯船から赤ちゃんを抱きあげるように受け取った? 今日は冬至) 12.22

 

  • 雪の野へ吾子(あこ)がゆあぶる音ゆけり

 (渡辺白泉1940、三省堂勤務で26歳、新婚の作者に長女が生まれた時の句、赤ん坊の産湯の音が雪の積もった家の外まで聞こえる、だが早産だったので一か月後に死亡、作者も数か月後に京大俳句事件に連座して警察に連行される) 12.23

 

  • 青菜つづく地平に基地の降誕祭

 (飴山實1954、まだ日本が貧しかった頃、今日も休まず農作業が行われている青菜畑の向こうには、鉄条網で囲まれた米軍基地があり、クリスマス行事が盛大に祝われている、日本人は休めないが基地はお祭り気分で盛り上がっている) 12.24

 

  • 力なく降る雪なればなぐさまず

 (石田波郷1949、作者は生涯に結核で何度も入院している、この句は35歳の時、病室で脱力状態の作者には、窓の外に「力なく降る雪」は少しも慰めにならない、そこに脱力の自分を見るようだから) 12.25

 

  • これからはすこしの秘密許してと高校の娘(こ)が母に告げおり

 (菅原豊人「朝日歌壇」1971、後藤美代子選、彼氏ができたのだろう、恥ずかしいので黙っていたが、信頼している母にだけは仄めかした、母はそれを父に告げ、父は短歌に投稿して載った、この歌はきっと娘の高校で話題に) 12.26

 

  • とし若き父のノミ跡なつかしく古き校舎の敷石を買う

 (在賀彦一「朝日歌壇」1971、宮柊二・前川佐美雄選、小学校が廃校か建て替えになったのだろう、旧校舎の敷石は作者の父が若いときにノミで削って造ったものだ、それはただの石ではなく、石工だった亡き父の懐かしい思いがこもった石) 12.27

 

  • 航海灯一つ灯して沖ゆくは今急患と夫乗りし船

 (角光子「朝日歌壇」1971、近藤芳美選、作者の夫は漁村の医師なのだろう、夜中に「急患です」という呼び出しがあり、小さな漁船で沖へ出てゆく、心配そうにずっと海辺で見送る妻、海は少し荒れているのだろう) 12.28

 

  • わら屋根のつららきりりと凍る夜に胸に手あわせシリウスを見る

 (清水研一「朝日歌壇」1971、前川佐美雄選、都会ではなく農村の夜道だろう、夜空の美しいシリウスを見て作者が思い出したのは、今は亡き友だろうか、それとも家族だろうか、作者を空から見守っているシリウス) 12.29

 

  • 大安の日を餘(あま)しけり古暦(ふるごよみ)

 (高濱虚子、大晦日ごろになると、新しいカレンダーに取り換えたくなる、でもたまたまその年のカレンダー(=古暦)の大晦日は大安なのだろう、せっかくの大安がなくなるのはもったいないような・・) 12.30

 

  • 極月(ごくげつ)も大つごもりの移民かな

 (丁木、「極月」とは師走のこと、「大つごもり」は大晦日、作者については分らないがたぶん戦前の俳人、「移民」というのがいい、大晦日に故郷へ帰郷する人は当時も多かったことが分る) 12.31