美と愛について(5) ― 恋に陥る瞬間、『ロミオとジュリエット』

美と愛について(5) ― 恋に陥る瞬間、『ロミオとジュリエット

恋に陥る瞬間

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 (↑「ロミオとジュリエット」でもっとも美しい瞬間、and palm to palm is holy palmers’ kiss・・と二人は手を触れ合う。黒白写真はジュディ・デンチ、1960年Old Vick座、一番下は宮藤官九郎演出、そしてバレエ版)

  文学作品には「恋に陥る瞬間」がたくさん描かれているが、その中でもっとも美しいものの一つが、「ロミ・ジュリ」第1幕第5場、ダンスパーティでの出会いであろう。軽やかに快く響くブランクヴァースの詩が突然ソネット形式に転調し、そのソネットが終ると同時にロミオがジュリエットにキスをする。私は大好きなシーンなので、10年近く担当した大学の授業「基礎ゼミ」で、いつも学生と一緒に皆で交互に朗読し合った。離れた位置から互いの姿を眼にして、恋が魔法のようにふりかかる瞬間、それからファーストキスまで2分強だろうか。この世でもっとも美しいファーストキス! そこでは、まず触れ合った互いの手を、キスへといざなうのがジュリエットの科白「and palm to palm is holy palmers’ kiss」で、彼女は受け身に見せながら実は積極的にロミオを誘っている。「palm to palm is holy palmers’ kiss」とは、教会にやってきた巡礼者たちが、自分の掌を、イエスやマリアの聖像の掌に押し当てることの喩えだが、ロミオは自分を巡礼者に、ジュリエットは自分を聖像に擬して、会話を楽しんでいる。この科白はシェイクスピア全作品でも屈指の美しい言葉で、舞台でも演出が工夫をこらすクライマックスの一つ。原文、拙訳、映像の順に鑑賞しよう。(以下、太字は植村)

 

(R) If I profane with my unworthiest hand

   This holy shrine, the gentle sin is this.

   My lips, two blushing pilgrims, ready stand

   To smooth that rough touch with a tender kiss.

(J) Good pilgrim, you do wrong your hand too much,

   Which mannerly devotion shows in this.

   For saints have hands that pilgrims’ hands do touch,

   And palm to palm is holy palmers’ kiss.

(R) Have not saints lips, and holy palmers too?

(J) Ay, pilgrim, lips that they must use in prayer.

(R) O, then, dear saint, let lips do what hands do!

   They pray : grant thou, lest faith turn to despair.

(J) Saint do not move, though grant for prayers’ sake.

(R) Then, move not while my prayer’s effect I take.

 [He kisses her]

   Thus from my lips, by time my sin is purged.

(J) Then have my lips the sin that they have took.

(R) Sin from my lips? O trespass sweetly urged!

 Give me my sin again.  [He kisses her]

(J)                                You kiss by th’book.

 

(ロ)   もし僕の卑しい手が君に触れて、この聖堂をけがすなら

   こうやって償おう、僕の唇は、ここに控えている

   はにかみやの巡礼だ、そのやさしい口づけで

   乱暴に触れた君の手を、慰めるよ

(ジュ) あら巡礼さん、それじゃ、あなたのその手がかわいそう

   お行儀よく、こんなに信心深いじゃないの

   そもそも聖者の手は、巡礼さんが触れるためにあるのよ

   そして、手と手を触れるのが、巡礼同士の口づけよ

(ロ)   でもね、聖者にも唇があるんじゃない? 巡礼にも唇があるんじゃない?

(ジュ) あるわよ、巡礼さん、でもね、それはね、お祈りに使うの

(ロ)   おお、では僕の聖者ちゃん、僕らの手がしたことを唇にもさせてね

   僕の唇はお祈りするんだ、だから許して、信仰が絶望にならないように

(ジュ) お祈りは許すわ、でも聖者の心は動かないかもね

(ロ)   では、動かないで、お祈りの効(しるし)を僕が受け取る間は

 [さっとキスする]

 さ、これで僕の唇の罪は、君の唇によって、浄められた

(ジュ) じゃ、あなたの浄められたその罪が、私の唇にあるのね

(ロ)  え、 僕の唇から君の唇に罪が移った? 何てやさしく咎めてくれるんだい!

   じゃ、僕の罪を返してもらうね  [またキスする]

(ジュ) あなたのキスって、ちょっと理屈っぽいのね      (植村訳)

 

 最後のジュリエットの科白から、彼女がこのファーストキスに大満足していることが分る。坪内逍遥から河合祥一郎まで、訳はちょっと大人言葉なので、私は若者言葉に訳してみました。だってジュリエットはまだ13歳ですよ。

 「ロミオとジュリエット」のソネット部分の動画↓、下記の時刻のところがand palm to palm is・・、最初のゼフィレリ版は原作を僅かに変えた凝った作り、残りの二つが普通。

https://www.youtube.com/watch?v=W6bd7s00_m0 (1分20秒)

https://www.youtube.com/watch?v=IYlpsLXJv7k  (30秒)

https://www.youtube.com/watch?v=bi4vYa3NHhQ (ダンスをしながら 35秒) 

 とはいえ、ロミオもジュリエットも十分な「もて資質」を持つ恋愛強者である。しかし世の中には、そうでない非モテ男子・女子も存在する。そういう恋愛弱者が「恋に陥る瞬間」はどうなのだろうか? 次回は、and palm to palm is とちょっと似ているけれど、非モテ男女の例として、川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』を取り上げる。