シラー 『メアリー・スチュアート』

[演劇] シラー『メアリー・スチュアート』 世田谷パブリック劇場 2月4日

(写真は↓、メアリー[長谷川京子]とエリザベス[シルビア・グラブ]、そして舞台、舞台には椅子くらいしかないが、光線の使い方がとても上手く、闇の中に人が光るのが美しい)

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 原作はシラーの長大な戯曲で、イギリス人スペンサーが短縮した。カットはしたが科白はほぼ原作のままと思われる。戯曲を読んで思ったが、科白が本当に素晴らしい。シラー『マリーア・スチュアルト』は、古典主義的な美しさをたたえた作品で、フランスの当時の批評家スタール夫人は、「あらゆるドイツの戯曲のうちでもっとも形式が整然とし、最も感動的な作である」と評した(岩淵達治解説)。たしかにこの上演にも、ラシーヌのような構成美を感じる。演劇としては、最後のメアリー処刑は見せず階上の部屋でレスター伯が処刑の音だけを聞いているのが、深みのある舞台。原作は、スコットランド女王メアリーとイングランド女王エリザベス1世の確執からメアリーの処刑までを描いたものだが、内容はシラーが創作したフィクションが多いので、厳密には「史劇」とは言えないだろう。19年間の幽閉の後、メアリーがエリザベス暗殺計画関与を疑われ処刑されたことは史実だが、戯曲では以下はシラーの創作である。(1)メアリーとエリザベスとの会見(実際は両者は一度も会っていない)、(2)レスター伯とメアリーとの恋愛、(3)メアリーを愛し救出しようとする熱血青年モーティマーの創作、(4)死を前にしたメアリーの心の浄化、などである。とはいえ、メアリーは美女で恋多き女であったが政治的判断力に乏しかったこと、逆にエリザベスは生涯独身だったが政治的判断力に傑出した大政治家だったこと、メアリーの処刑にエリザベスが逡巡したこと等は、史実だ。エリザベス1世の後を継いだジェイムズ1世はメアリーの子であるから、二人は一族なわけだ。(写真↓は、処刑直前、カトリック僧に告解するメアリー、彼女が最後までカトリックにこだわったのは史実)

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 本上演は、全体を80分の第1部と100分の第2部に分ける構成。第1部は科白のしゃべり方が一本調子で、白けた感じだったが、両女王の会見で始まる第2部は非常に充実して見応えがあった。両女王以外のキーパーソンはレスター伯であり、彼は、モーティマーとともに二重スパイのように暗躍し、アクロバティックな策謀をこらしつつ、それが破綻しても、モーティマーを殺して自分だけは危機一髪で切り抜け、最後はフランスに逃げる。この見事なドラマはシラーの創作だが凄い。全体にメアリーを肯定的に、エリザベスを滑稽に人物造形しているが、だから面白いわけで、それはいいだろう。ただこの上演では、エリザベスが最初から最後まで絶叫調でしゃべるのがいただけない。この物語であるならば、エリザベスは、落ちついた低い静かな声で、しかしドスの効いた、怖いしゃべりかたをするのでなければならない。もし仮にジュディ・デンチが演じたら、そうなるだろう。しかし本上演では、エリザベスが絶叫調でしゃべるので、とても安っぽい小物の女になってしまった。(写真下は↓エリザベスと、自殺するモーティマー)

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