今日のうた(108)

[今日のうた] 4月ぶん

(写真は岩田正1924~2017、妻の馬場あき子とともに歌誌「かりん」を創刊、主宰。歌人としての他、すぐれた批評家でもあった)

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  • ともに戦後を長く生ききて愛らしく小さくなりぬ東京タワー

 (佐伯裕子『感傷生活』2018、東京タワーの完成は植村が小学2年の時、学校の二階からタワーが組み上がってゆくのがよく見えて、それは胸の高鳴る思いだった、でも今、高層ビル群の間に見える東京タワーは「小さく、かわいい」) 4.1

 

  • 春眠より覚めるわたしはチョコレートのカシュウナッツのように曲がって

 (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、眼覚めたらフトンの中で背を丸めていた、カシューナッツのように体全体がクイッと曲がっている、周りにチョコレートをまぶした「カシューナッツチョコ」なのはなぜ?) 4.2

 

  • 「Let It Be」は下校の音楽(夜が来る)帰ろう、帰る場所がなくても

 (月野桂『角川短歌』2019年11月佳作、夕方だろう、校内にビートルズの「Let It Be」が流れて、下校しなければならない、もっと校内に居たいのに、作者は女子高生、管理主義の高校の学校生活を詠む歌が並ぶ、) 4.3

 

  • 氷海をただよふ魚の視界ほどのちひさき夢を遂げさせたまへ

 (松川洋子『角川・短歌』2019年4月号、著者1927~は北海道の歌人、「北海道新聞・短歌」などの選歌を担当、この歌は高齢の著者自身のことを詠んでいる感動的な歌) 4.4

 

  • おさらひのつもりで妻にさよならと言へばにはかに悲しみ溢る

 (岩田正『柿生坂』2018、作者1924~2017の最後の歌集、終末医療のケアセンターにいるのだろう、「おさらひのつもり」とユーモラスに言ったけれど、やはりとても悲しくなってしまった、妻は歌人の馬場あき子) 4.5

 

  • ぬばたまのソファに触れ合ふお互ひの決して細くはない骨と骨

 (小佐野彈『メタリック』2018、作者1983~はゲイを公表している歌人、この歌集(現代歌人協会賞受賞)にも「オープンリーゲイ」と書かれている、「決して細くはない骨と骨」には、複雑で微妙な感情が表現されている) 4.6

 

  • さくらみな葉ざくらとなり新しき遠近感の街を歩めり

 (小島ゆかり『六六魚』2019、花が満開のときの桜の樹は、全体がぼーっとかすんで、奥行き感があまりない、しかし葉ざくらになると新緑の緑が混じり、くっきりと引き締まった立体感が、「新しき遠近感の街」と詠んだのがいい) 4.7

 

  • あふむけば口いつぱいにはる日かな

 (夏目成美1749~1817、「あふぐ=あおぐ=仰ぐ」とは顔を上に向けること、春のある日、大きく空を仰いでいるのだろう、上を向けば自然に口が開く、春の日差しを「口いっぱいに」浴びて) 4.8

 

  • 星一つ率(ゐ)て出でにけり春の月

 (宮部寸七翁1887~1926、春のまだ明るい宵の口、空に現われた月の近くに一番星が一緒に見えているのだろう、「星一つ率て」がいい、作者は熊本出身の「ホトトギス」の俳人) 4.9

 

  • 海に入りて生れかはらう朧月

 (高濱虚子1896、虚子22歳の句だが、とても斬新な発想だ、春のおぼろ月が海の水平線の少し上にあって、今まさに水平線に沈もうとしている、まるで「海に入って生れかわろう」としているかのように) 4.10

 

  • 言問(こととひ)も橋がかゝりぬ櫻餅

 (大橋越央子1885~1968、関東大震災の復興事業として、浅草の隅田川言問橋が掛かったのは1928年、それまでは渡し船だった、一方、桜餅は、江戸時代に向島の茶亭で生まれた名物だった、言問橋も桜餅もどちらも隅田川で繋がっている) 4.11

 

  • 花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった

 (吉川宏志、著者は彼女と二人で花水木の咲く並木道を歩いている、ついに思い切って彼女に告白、花水木が愛を促し、決定的瞬間を生みだしたのだ。今年も我が家の近くの街路樹として咲き始めた、白が先で赤は少し遅い) 4.12

 

  • はるさめやもの書(かけ)ぬ身のあはれなる

 (蕪村『句帳』、「夢中吟」と前書、「春雨が降り続いて彼女に逢いに行けない、恋文を書こうとしても、どうしたことか文字が書けない、ああどうしようどうしようって感じになったら、目が覚めた」) 4.13

 

 (春夜妻、「長い雨が降ったあと、すっかり晴れて新緑が美しく感じる」、作者についてはまったく不明だが、虚子篇歳時記で星城の後なので、近代の俳人だろう) 4.14

 

  • 花過て若葉に安し軒端かな

  (双魚、「安(やす)し」は、安らかに落ち着く、という意味だろう、「桜の花はすっかり落ちたけれど、芽吹いた若葉が軒端によく調和して、いい感じだなあ」、作者は、虚子篇歳時記で蕪村と成美の間なので江戸期の俳人) 4.15

 

  • えっ嘘だろってほど近い春の月

 (土井健吾、福岡市、「東京新聞俳壇」4月12日、石田郷子選、「えっ嘘だろって」がいい、屋根すれすれの低い空に突然現われる満月、その大きさにはいつも驚かされる) 4.16

 

  • 信州を皆んな出ていく春の水

 (古厩林生、塩尻市、「朝日俳壇」4月12日、高山れおな選、選者の評に「千曲川天竜川、木曽川、姫川・・・」と、なるほど、海のない長野県の川は「皆んな県外に出ていく」のだ、斬新な発想で「川」を詠んだ) 4.17

 

  • 逆再生で咲いてゆく花 無表情に戻る顔 名付けられる前の熱

 (春荷ちかや、世田谷区、「東京新聞歌壇」4月12日、東直子選、「想像の中で時間を戻す」と選者評、何日間かの出来事だろう、最後の部分、発熱が続いた後に診察で病名が分かったのか、病名は何だったのだろう) 4.18

 

  • 5センチのヒールと地図に戸惑って就活初日私らしい日

 (松田梨子、富山市、「朝日歌壇」4月12日、高野公彦/馬場あき子選、投稿時、コロナ禍でも大学生は就活で外出しなければならなかった、初々しくて、「私らしい日」がいい、だが来年は企業の新卒採用が減るのが心配) 4.19

 

  • まずバスに乗ることからと君は言い月夜の中によい声残る

 (永田紅『ぼんやりしているうちに』2010、入院中だが退院が近い作者を、恋人が見舞ったときの歌、「だいじょうぶ、だんだん体力は戻るよ、まずバスに乗ることからさ」と彼は言ったのか、彼の優しさが「よい声」として心に残る) 4.20

 

  • 子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る

 (河野裕子『桜森』1980、作者は昨日の歌の永田紅の母、まだ子どもは一歳にならないくらいだろうか、もう可愛くて可愛くて、愛おしくて、一日中きゅーっと抱きしめている作者) 4.21

 

  • 仮眠する君の唇(くち)をふさぎつつついでに鼻もつまんでふさぐ

 (本多順子、仮眠している彼氏の口が少しあいている、その口にキスしてみた、「ついでに」鼻もそーっとつまんでふさいでみる、目を覚ますかしら・・・、誰しも恋人時代にやった記憶があるだろう) 4.22

 

  • 入逢(いりあひ)の鐘もきこえず春の暮

 (芭蕉1689、「田家(でんか)に春の暮を詫(わ)ぶ」と前書、「入相の鐘も聞こえない静まり返った春の暮は寂しいな」、当時、人々は寺の撞く鐘の音で時刻を知った、「入相の鐘」は6時頃に鳴る鐘、芭蕉は栃木県の鹿沼の田舎に泊まっていた) 4.23 

 

  • 春の夜のわが手にふれし我手なる

 (きみ子、「きみ子」という俳人は何人かいるので誰かは分らないが、昭和の句、独り寝なのか二人寝なのか分からないが、「春の夜の就寝中、浅い夢を見ていると、ふと誰かの手に触れられた気がして目が覚めた、でも自分の手だった」の意か) 4.24

 

  • 奥山の真木の板戸を押し開きしゑや出(い)で来(こ)ね後は何せむ

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「(せっかく僕が来たのに、お母さんの目を恐れて戸を閉めたままなのかい) こんな真木の板戸なんか、ぐいと押し開けてさ、ええい、もういいかげん出て来てよ、後のことはどうなってもいいじゃん」) 4.25

 

  • わが恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし

 (よみ人しらず『古今集』巻11、「僕の貴女への恋は叶えられず空しいままに、空一杯に満ちてしまったらしい、この思いを追いやろうとしても、空にもう隙間がないから、どこにも行き場所がないんだ」、面白い発想の歌) 4.26

 

  • わが身こそあらぬかとのみたどらるれ問ふべき人に忘られしより

 (小野小町『新古今』巻11、「当然来なければいけない貴方が来なくなったので、ひょっとして亡くなったのかと思ったけれど、たぶん違うわよね、死んだのは私の方かもしれないと思ってしまう、もうこの世にいないんだわ、私」) 4.27

 

  • 意思表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ

 (岸上大作1960年4月28日、短歌は政治も詠む、60年安保闘争は6月23日が有名だが、さまざまな戦いは1月から続いていた、作者も国会前の座り込んでいるのだろう、今日は60年後の同じ日) 4.28

 

  • 裏金の隠しどころへ吹くごとき官庁街の寒の空っ風

(木造美智子「水瓶」2008、アベノマスクの予算額も発注先も怪しい、桜を見る会でも公金が私物化されて使われている、官房機密費もそうだし、権力は「裏金」を使って行使される)4.29

 

  • こんな国こんな政治の中にゐてにつぽんすみれいよいよ小さく

 (馬場あき子『世紀』2001、コロナ禍の中、ドイツ、イギリス、ニュージーランドなど各国指導者は自分の言葉で国民に語りかける、日本の首相は顔の前の透明なアクリル板にこっそり映る原稿を読むだけ、検事総長も私物化する) 4.30