今日のうた(110)

[今日のうた 110] 6月ぶん

(画像は、杉山杉風(さんぷう)1647~1732、芭蕉の高弟で、家業は江戸の魚屋、深川の芭蕉庵を提供するなど、芭蕉の身辺を経済的に支えた一人)

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  • つばくろよ翻るたびにくらくらと雲がひっくり反るならずや

 (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、街路をツバメが素早く身を反転させながら、ぴゅぴゅっと猛スピードで飛ぶ、ツバメくん、君は「くらくらして雲がひっくり返」らないのかい? 大丈夫、それは人間だけ) 6.1

 

  • 空欄を窓枠にしたわたくしは本日も先生に叱られている

 (月野桂『角川短歌』2019年11月佳作、作者は女子高生、管理主義の高校の学校生活を詠む歌が並ぶ、答案用紙だろうか、空欄の囲みの四角を「窓枠」に落書きしたら、返却されるとき先生に叱られた) 6.2

 

  • なんという無責任なまみなんだろう この世のすべてが愛しいなんて

穂村弘『手紙魔まみ』、穂村弘は『シンジケート』もいいけれど、『手紙魔まみ』もとてもいい、どの歌も、まみちゃんその人の愛おしさに溢れている、この歌もそう)6.3

 

  • 双子でも片方は泣く夜もあるラッキーアイテムハンカチだった

 (こんこん・女・34歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、テーマは「占い」、「いつも同じ結果が出るけど、それぞれの日々があるんです」と作者コメント、大の仲良し双子姉妹、占いの結果は同じなのに片方は泣いちゃった) 6.4

 

  • タイミング合わせてトイレ行っている知らないでしょう知らなくていい

 (くりはら・女・24歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、テーマは「初恋」、「同性への恋でしょうか。そう考えると、「知らないでしょう」の後の「知らなくていい」が、さらに深く胸を打ちます」と、穂村弘評) 6.5

 

  • 紫陽花の大一輪となりにけり

 (三宅嘯山1718~1801、「大一輪」というのがいい、「アジサイの花がすべて大きな毬になった、どの毬もそれぞれしっかり自己主張している、だから、一つ一つを眼で愛でながら、ゆっくりと順に見てゆく」、作者は漢詩もよくした京都の俳人) 6.6

 

  • 黒南風(くろはえ)にうろくづ匂ふ漁村かな

 (青木月斗1879~1949、「うろくづ」は魚のうろこ、「黒南風」とは、虚子篇歳時記によれば、「梅雨に入る頃、この風が吹いて天が暗くなること」、最近、そんな日があるような気がする、作者は子規に師事した俳人) 6.7

 

  • 衣更へて自粛うんざりしてゐたり

  (岩田桂「朝日俳壇」6月7日、長谷川櫂選、女子高校生かもしれない、「制服が夏服に変る日は楽しい、いつもクラスメイトと見せ合っているのに、今年はコロナ禍で登校できない、室内で何度も鏡に映して見ているけれど、ああつまらない」) 6.8

 

  • ただならぬ夏のマスクに立ち止まる

 (山下きみ子「朝日俳壇」6月7日、大串章選、マスク姿をよく見るのは冬のインフルエンザシーズンだが、今年はコロナ禍で、夏なのに皆がマスクをしている、夏にマスクなんて、何とも「ただならぬ」光景だ) 6.9

 

  • 三時です、ではやりますか椅子どけて社長と二人ラジオ体操

 (横山比露子「朝日歌壇」6月7日、永田和宏選、「この状況下出勤したのが社長とたった二人でも、律儀に体操を始めるのが可笑しい」と選評、あるいはひょっとして、スカイプかズームで社長と連絡し合った時の自宅かもしれない、それだと「椅子どけて」はパソコンの前か) 6.10

 

  • 手づくりの花柄マスク街に咲く愛でれば気持ちいくぶん癒える

 (網野秋「東京新聞歌壇」6月7日、佐佐木幸綱選、街に出ると「手づくりの花柄マスク」の人が何人かいた、それぞれの花柄が可愛い、なんだか癒される気持ちになる) 6.11

 

  • <男(をのこ)みなかつて狩人>その嘘に駆り立てられる猟犬たちよ

 (川野芽生『歌壇』2018年2月号、作者1991~は第29回歌壇賞受賞、「男は狩に出て、女は住居周辺で家事や育児をし、「男らしさ」「女らしさ」がヒトの本性になった、というのは嘘だ、猟犬のように女を追う嫌な男たち) 6.12

 

  • 愛のこと分らなくても生きなきゃね目指せセンター国語八割

 (雪吉千春『歌壇』2018年2月、第29回歌壇賞候補、作者2000~は高校生、学校の古文の授業で「源氏物語」でも読んでいるのか、内容はピンとこないけれど、でもセンター入試国語でもっと点取るために、古文を頑張らなくちゃ) 6.13

 

  • 量産型OLとしてごくたまに作業着を脱ぎ本社へと行く

 (奥村知世『歌壇』2018年2月号、作者1985~は第29回歌壇賞次席、メーカーの製品試験場で実験をするのが作者の仕事、「ごくたまにOLの服に着替えて本社に行くけど、OLの服って個性がないな、私は作業服の方が自分らしくて好き」) 6.14

 

  • こんなにも光あふれる空港だ庶民の家は同じであるか

 (田中翠香『歌壇』2018年2月、第29回歌壇賞候補、作者1993~は大学院博士課程、研究のためにイラク滞在中、おそらくバクダッド空港はモダンで美しい現代建築なのだろう、でも庶民の家はもちろんそうではない、これが現実) 6.17

 

  • 帆船の潮におう帆は仕舞われてどこから見ても光らない海

 (坂井ユリ『歌壇』2018年2月、第29回歌壇賞候補、作者1990~は鬱を病む彼氏に寄り添いながら海辺を旅行している、気晴らしの旅なのだが、光景は重い) 6.18

 

  • 五月雨に蛙のおよぐ戸口かな

 (杉山杉風1647~1732、「梅雨(つゆ、ばいう)」という語は意外に新しいのか、私の手持ちの古語辞典には載っておらず、芭蕉や蕪村の初句索引にもない、歳時記を見ると季語「梅雨」はほぼ明治以降の句、それ以前は「五月雨(さみだれ、さつきあめ)」が使われた)  6.19

 

  • 短夜の闇より出(いで)て大ゐ河

 (蕪村、「大ゐ河」は「大堰川」(京都の桂川の上流の部分)、「闇より出でて」が上手い、目の前に川がぬっと現われたのだろう、真っ暗な夜中に家を出たのに、もう夜が明けてしまった、今年の夏至は21日、明日だ) 6.20

 

  • 短夜や古人の句にも寝ぬ病

 (松本たかし1906~56、病弱だった作者は、夜、よく眠れないことも多かったのだろう、「短夜」の頃は睡眠が短くなって特につらい、だが、昔の俳句にそれを詠んだものがあった、少しほっとする、今日21日は夏至) 6.21

 

  • 紫陽花や水辺の夕餉早きかな

 (水原秋桜子、「馬酔木」1981年8月号、秋桜子は同年7月17日に心不全にて自宅で急逝、89歳、生涯最後の句だが、いかにも秋桜子らしい優美な句) 6.22

 

  • 梅雨ばれのきらめく花の眼にいたく

 (室生犀星、梅雨の時期は、実は、花が一番美しい季節でもある、雨で洗われたようになった花は紫陽花だろうか、まだ水滴が付いていて、「きらめく花」が「眼に痛い」) 6.23

 

  • さ丹(に)つらふ色には出(い)でず少なくも心のうちに我が思はなくに

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「頬が赤くなるみたいに、顔色に表すことはしないけど、だからといって、ちょっとしか貴方のことを思っていないわけじゃないのよ、とっても愛しているのよ!」) 6.24

 

  • めづらしき人を見むとやしかもせぬわが下紐の解けわたるらむ

 (よみ人しらず『古今集』巻14、「めったにいらしてくださらない貴方と、ひょっとして今夜は逢えるのでしょうか、まだほどこうとは思っていないのに、私の下着の紐が、何度もほどけてしまうのですから」) 6.25

 

  • 大幣(おおぬさ)の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ

 (よみ人しらず『古今集伊勢物語』、「在原業平さん、大幣を大勢の人が手で引くように、貴方はたくさんの女に誘われるわよね、貴方を愛しているけど、愛されるのは無理よね」、「業平、所定めず[女]歩きす」と前書) 6.26

 

  • 思ほえず袖に湊(みなと)の騒ぐかなもろこし船の寄りしばかりに

 (よみ人しらず『新古今/伊勢物語』、「貴方から、求愛に応えられなかった私を恨むお手紙が来ました、私だって、唐船が港に入ってきて波が騒ぐように、自分の袖が涙で濡れています、ご期待に応えられずごめんなさい」) 6.27

 

  • 美しくかみなりひびく草葉かな

 (永田耕衣『加古』1934、夕立があがって明るくなり、晴れ間も見えた頃、遠雷が響いたのだろう、「美しく」と詠んだのがいい、普通、雷鳴は「美しい」とは感じられないのだから) 6.28

 

  • 髪乾かず遠くに蛇の衣懸る

 (橋本多佳子『海彦』1957、「蛇の衣」は夏の季語、蛇の脱皮は初夏が多いのだろう、「洗髪後に髪を乾かしている私、梅雨時でなかなか乾かない、あっ、そういえば、濡れた長い髪って、庭先に掛かっている蛇の脱皮に似ている、女って蛇なのね」) 6.29

 

  • 寺の朝ラッパのごとき夏鴉

 (飯田龍太1950、作者は盲腸炎の手術のため入院中、ある朝、病院の近くの寺にいるカラスの大きな鳴き声で眼が覚めた、それは鋭く鳴る「ラッパのごとく」聞こえて、あまりいい気持ちがしない) 6.30