[今日のうた] 8月ぶん
(写真は涌田悠1990~、8月30日の歌の作者で、第63回短歌研究新人賞・次席、職業はダンサーで、自分の踊る身体を詠んだ)
- 霧はすき人がひかりに見えるから呼吸をするみたいに手をのばす
(高山由樹子「灯台を遠く離れて」、『歌壇』2019年2月号、作者1979~は第30回歌壇賞受賞、山道で霧に捲かれた、やっと霧の向こうに人の姿が浮かび、「人がひかりに見える」、人に出会った安堵から、「呼吸をするみたいに手をのばす」) 8.1
- すいれんすいれん図鑑をめくり次々とすいれんじゃない花流れゆく
(戸田響子「境界線の夢をみる」、『歌壇』2019年2月号、作者1981~は第30回歌壇賞候補、植物図鑑で「すいれん」を調べる、でも図鑑をめくってもなかなか「すいれん」に行き当たらず「別の花」ばかり「流れてゆく」) 8.2
- 紫陽花をばちんばちんと断ち切ってこの子は天国、あの子は地獄
(佐巻理奈子「水底の背」、『歌壇』2019年2月号、作者1988~は第30回歌壇賞候補、他の歌をみると作者は子どもの頃いじめられっ子だったようで、ひりひりする感じの歌が多い、この歌もそう) 8.3
- 好きでいるまだ好きでいるカステラのまぶしいところをちぎって食べる
(椛沢知世「切り株の上」、『歌壇』2019年2月号、作者1988~は第30回歌壇賞次席、恋の歌だ、彼についての自分の気持ちが分らなくなったのか、自分に言い聞かせながら、カステラの黄色い部分だけちぎって食べる) 8.4
- 一人対四十人と生徒は思うらしもわれは(一人対一人)×四十と思へど
(大松達知「八百屋舞台」、『歌壇』2019年2月号、作者1970~は歌誌「コスモス」選者、東京の私立高校で英語を教える、教室で気合の入った授業をしているのがよく分かる) 8.5
- 積雲も練習船も夏白き
(橋本多佳子1935、「南風(はえ)と練習船」と前書、「練習船」は大きな帆船である海洋練習船のこと[たぶん1930年進水の日本丸だろう↓]、「練習船の大きな帆が一斉に膨らんで、白く輝いている、積雲と競い合うように」、初期の句だが、多佳子の句はくっきりと美しい) 8.6
- 何蟲ぞ姫向日葵の葉を喰ふは
(高濱虚子1902、姫ヒマワリの花は普通のヒマワリと違い、小さくてかわいい(直径8センチくらい)、そりゃ、姫に悪い「虫がついたら」いかん、て皆思うでしょ) 8.7
- 焦土の辺晩涼は胸のあたりに来
(森澄雄1947、「浦上原爆の地に小居を得」と前書、作者は長崎の人、浦上天主堂のあった近くに移り住んだときの句、どうしてもここで原爆で亡くなった人たちのことが忘れられないので、「夕暮れの涼しさが胸のあたりに来る」、今日はその8月9日) 8.9
- 夏火鉢つめたくふれてゐたりけり
(飯田龍太『百戸の谿』、1947年夏の作、「北溟南海の二兄共に戦死をしらず」と前書、作者の二人の兄は北の海と南の海に出征、だが戦死通知はまだない、蛇笏一家は甲府の境川村という高所に住むので、夏火鉢を使う、でも「つめたく触れてゐる」のみ) 8.10
- あはれとや空に語らふ時鳥(ほととぎす)寝ぬ夜つもれば夜半の一声
(式子内親王「前斎院御百首」、「ホトトギスさん、彼を待ちわびている私をかわいそうに思って、私に語りかけるように鳴いたのね、彼を待って明け方まで寝ない夜が続いたけど、今夜はホトトギスさんの声で夜が明けたわ」) 8.11
- 空蝉の羽(は)におく露の木(こ)がくれて忍び忍びに濡るる袖かな
(空蝉『源氏物語』空蝉巻、「貴方[=源氏]が私の寝室にこっそり忍び込んだとき、私は怖くて、蝉が殻を脱ぎ捨てるように小袿を残し、すり抜けて逃げました、でも葉(=羽)に置く露が木陰に隠れるように、貴方から隠れ続ける私は寂しいのです」) 8.12
- いかでかは思ひ有りとも知らすべき室(むろ)の八島の煙ならでは
(藤原実方『詞花和歌集』、「貴女は僕の片思いにまったく気付いてないんだね、どうしたら気付いてもらえるかな、あの八島に立つ煙みたいに、とにかく人目に付くくらいに、派手に振る舞わなくちゃだめなのかな」) 8.13
- 水上スキーころべばどっと遊覧船
(川崎彰彦、湖か海岸で、遊覧船の脇を水上スキーが猛スピードで追い越そうとしているのだろう、だが突然、水上スキーが「ころんだ」、遊覧船の客から「どっと」声があがる、驚きか、悲鳴か、面白がっているのか) 8.18
- 涼風(すずかぜ)の曲がりくねって来たりけり
(一茶1815『七番日記』、「裏店(うらだな)に住居(すまひ)して」と前書、一茶は、路地の奥まったところの長屋のつきあたりに住んでいる、涼しい風も真っ直ぐには吹かず、「曲がりくねって来たりけり」) 8.19
- 公園に旅人ひとり涼みけり
(正岡子規1893、東北を「漫遊」した時の句、「福嶋」と前書があり、次の句は仙台なので、福島県か、「旅人ひとり」って、どうして旅人と分かったのかな、服装と大きなカバンからそう判断したのか、いやひょっとして自分のことか) 8.20
- 花火尽きて美人は酒に身投げけむ
(高井几董、屋形舟か、酒を飲みながら花火を楽しんでいるグループに美女が一人いる、「彼女は「あーあ、もう花火終っちゃった」と言って、杯のペースがあがり、すっかり酔いつぶれちゃってる」、「酒に身投げけむ」がいい、作者1741~89は蕪村の弟子) 8.21
- 人の來てつくつく法師つまづきぬ
(原田且鹿、「庭の樹でつくつく法師が威勢よく鳴いてるよ、いいなあ、あっ、人が来訪した気配に気づいたか、「ツックン・・、ジ、ジ、ジ・・・」と声が小さくなって「つまづいちゃった」みたい。これはかなり昔の句、最近は蝉の声が少なくなった) 8.22
- 星月夜空の高さよ大きさよ
(尚白、初秋にかけて、天の川を含む満天の星は本当に美しい、しかし最近では、それほどの「空の高さ」「空の大きさ」が感じられない、それは空に街の明りが反射して、空の暗さがなくなったから。この句はかなり昔のもの) 8.23
- 一夏の詩稿を浪に捨つべきか
(山口誓子1940、誓子には反省的内省的な句もかなりある、この年には年来の病である肋膜炎が悪化し、伊豆の川奈に静養、42年には勤務先の住友も退社、海を「浪」と、自ら詠んだ句を「詩稿」と言っているところに、誓子の苦しみが表現されている) 8.24
- ひるがへる七夕様をむすびけり
(貴葉子、「短冊の紙を七夕の笹の葉に結びつけ終わった、風がけっこうあるのね、短冊が葉と一緒にこんなにひるがえっている」、旧暦を新暦に換算すると、かなり日程が前後する、今年の換算では今日8月25日が七夕) 8.25
- クーラーの中の静かな心かな
(込宮正一「朝日俳壇」8月23日、高山れおな選、暑い戸外で汗だくになって自宅に戻る、室内ではクーラーがかすかに聞こえるくらいの音をたてている、なぜかクーラーが、静かな心で自分を迎えてくれる人のように感じられる) 8.26
- 蛇ながる蔓(つる)につかまるまで流る
(佐野三千代「東京新聞俳壇」8月23日、小澤實選、「蛇が川を流されていく、蛇には手がないから自分から何かにつかまることはできない・・・、あっ、からまった蔓が蛇をつかまえてくれた、蛇くんよかったね」) 8.27
- 口元を隠した日々が積もってく何だか嘘が上手くなりそう
(内田うさ子「東京新聞歌壇」8月23日、佐佐木幸綱選、「毎日マスクをつけるのが当たり前のようになった昨今、本当を隠しつつ生きているような感覚」と選者評) 8.28
- 「本当なら今ごろは」ってみんな言う本当なんてどこにもないのに
(上田結香「朝日歌壇」8月23日、永田和宏選、コロナのせいですっかり予定が狂い、「本当なら今ごろは~~してるのに」とみんな言う、でも、「本当なんてどこにもない」のだから、これはたんなる弁解かもね)8.29
- あばら骨でひかりを編んでまたほどく四角い部屋はふくらんでゆく
(涌田悠『短歌研究』2020年9月号、第63回短歌研究新人賞・次席、作者1990~はダンサー、ダンサーは痩せた人が多い、あばら骨が透けて筋が浮かんでは消えるのか、光線を浴びたステージか自室で踊る自分の身体を詠む) 8.30