[オペラ] ヘンデル 《アグリッピーナ》

[オペラ] ヘンデルアグリッピーナ》 METライブ 東劇 9月2日

(写真↓は舞台、演出のマクヴィカーは斬新な空間造形をする、下はアグリッピーナと夫のローマ皇帝クラウディオ)

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METで2月29日上演の映像。1709年、ヘンデル24歳の作品。それにしても、オペラにかくも完璧な喜劇作品があるとは驚いた。音楽ももちろんだが、台本が素晴らしい。古代ローマから現代にタイムスリップしても、少しも違和感がない。権力の頂点をめぐって色仕掛けの陰謀や駆け引き、ハニートラップが横行するのは、現代でも同じだからだ。ローマ皇帝ネロの母アグリッピナは、夫の皇帝クラウディウスを殺し、連れ子の息子ネロを帝位に付けるが、やがてネロに殺される。世界史でも指折りの「悪女」とされるが、この史実をもとにこの作品は、母アグリッピーナと息子ネローネを軸に、色仕掛け満載の喜劇にしたところがいい。ネローネをメゾソプラノが演じ、恋のライバルの軍人オットーネもカウンター・テナー、他にもカウンター・テナーが活躍し、要するにどの男も女のようで、宝塚的な倒錯感に溢れている。男も女も、腰を振り振りするセクシーであやしげな身のこなしやダンスをするのが、色っぽくていい。しかも最初から最後まで、ほとんどの登場人物が杯やビンを片手に酒を飲み続けている。アグリッピーナを、男勝りのたくましい母ちゃんに、ネローネを、なよなよとしたひ弱なおぼっちゃまに造形したのが大成功。唯一の男性的な人物(バス)である皇帝クラウディオも、外見はマッチョだが、夫としてはとても弱々しく、「悪妻」アグリッピーナにいいようにあしらわれている。要するに全体が、「男ってこんなに弱いんだ! 女ってこんなに強いんだ!」「男って、いばってるけど、実はこんなに弱いし、すぐ泣く」というシーンを見せつけて笑いを取っている。(写真下は、ネローネ、そしてポッペアとアグリッピーナ)

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ポッペアがネローネの手を自分の乳房や腰に導いてさわらせ、うぶな少年ネローネが、てもなく性的に興奮してしまうシーンは楽しい。同様のシーンは『フィガロの結婚』などでも何回も見たが、最近の演出の流行なのだろうか。まさかヘンデルの原作にそのような指示があるとは思えない。歌に関しても、バロックオペラに特有の、コロラトゥーラ・ソプラノだけでなく、メゾにもアクロバティックに歌わせるのが凄い。アグリッピーナ、ポッペア、ネローネの三人とも、アクロバティックに絶叫調で歌うのだが、とりわけネローネ役のケイト・リンジーが体操をするようにのた打ち回りながら歌うのは圧巻。インタヴューでリンジーは言っていたが、ジムに通い、専門家の指示に従って有酸素呼吸を最大化し、発声のトレーニングを繰り返して、オリンピック選手並みに身体のぎりぎりの限界で歌っているのだ。バロックオペラのアクロバティックな歌いというのは、こういう「聴かせどころ」が売りなことがよく分る。ヘンデルのゆったりと大らかな美しい音楽を基調としながら、そこにリズミカルでセクシーな現代風ダンスが加わっても不調和にならないのがいい。喜劇だから、もつれにもつれた色恋沙汰が最後にあっけなく解決して、めでたしめでたしで終る。途中、あれほどはらはらさせながら、最後はストンと落すのは、やはり台本の勝利だろう。(写真下は、ネローネの恋のライバルの軍人オットーネ、カウンター・テナーで、最初から最後までなよなよとして、男性性がほとんど感じられない、そしてその下は「強い女」アグリッピーナ)

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34秒ですが、全体の感じがよく分る動画が。

https://www.youtube.com/watch?v=sCstgIRFixY

下着姿で歌うポッペア、酒を飲みながらの絶叫。

https://www.youtube.com/watch?v=vNQv5_-4wew