[今日のうた] 1月ぶん
(写真は高柳重信1923~83、多行書きの俳句を提唱し、金子兜太とともに戦後の前衛俳句の指導的な一人)
- 雪けつて屋根うつりせり初鴉
(森婆羅1877~1970、作者は高知県の俳人でホトトギス派、「初鴉」とは、「元旦に鳴き声を聞いたり、姿を見るカラス」のこと、「初日の出」「初空」なら分るが、「初鴉」とは面白い言葉、カラスって、そんなにめでたい鳥だったか) 1.2
- 年玉(としだま)や抱ありく子に小人形
(黒柳召波1727~72、「お年玉」という習慣は江戸時代にはもうあったのだ、「親に抱かれて外出した小さな子供が、もらったお年玉の小さな人形を握っている」、正月特有の微笑ましい光景だ、私も小さな孫娘二人にお年玉をあげました) 1.3
- 新暦(にひごよみ)もつとも白く懸(かか)りけり
(笹谷羊多樓、「新暦」とは「初暦(はつごよみ)」のこと、新年に初めて掛けるカレンダー、まだ外出予定がまったく記入されていない白紙状態なのか、今年はコロナ禍のせいで、これに近い初暦の人もいるだろう) 1.4
- 冬の蜘蛛眉間をはしり失せにける
(加藤楸邨『寒雷』1939、おそらく作者は朝、蒲団の中だろう、額のあたりから眉間をカサッと蜘蛛が動いたのを感じて、目を開けたが、蜘蛛はもう「はしり去って」逃げてしまっていた、寒々とした冬の朝) 1.5
- 面(おも)忘れいかなる人のするものぞ我れはしかねつ継(つ)ぎてし思へば
(よみ人しらず『万葉集』巻11、「貴方は来てくれないけど、まさか私の顔を忘れたんじゃないわよね、私は貴方の顔を忘れるどころか、いつもいつも思い浮かべているのに、ひどいじゃない」) 1.6
- 色もなき心を人に染めしよりうつろはむとは思ほへなくに
(紀貫之『古今集』巻14、「私の純粋無垢な心は、貴女という美しい色ですっかり染め上げられてしまいました、その美しい色がさめるかのように、私が心変わりするなんて、どうしてありえましょう」、貫之らしい美意識の歌) 1.7
- うちとけて寝ぬものゆゑに夢を見てもの思ひまさる頃にもあるかな
(小野篁『新古今』巻15、「貴女は共寝させてくれない代りに、ちょっとだけ逢ってくれた、僕は今、もうどうしようもなく貴女を愛しているのにさ」、「夢を見て」は「ちょっと逢う」の比喩、実際に作者が恋人に送った歌といわれる) 1.8
- さびしさは宿のならひを木葉(このは)敷く霜の上にも眺めつるかな
(式子内親王『家集』、「独り暮らしの私は、さびしさには慣れているわ、でもやっぱり、庭に散り敷いている木の葉の上の霜をしみじみと眺めていると、さびしさがつのってしまう、誰も歩いた跡がないのだから」) 1.9
- 皆出(い)でて橋を戴(いただ)く霜路(しもぢ)かな
(芭蕉1698、「新大橋ができたよ、都心が近くなってありがたいな、皆で一斉に繰り出し、手を合わせて感謝しながら、まだ足跡のない霜を踏みしめながら一緒に橋を渡る」、深川の芭蕉庵の近くから隅田川を渡る新しい橋の、渡り初めの時の句) 1.10
- 嫁入りの徒(かち)で吹かるる霰(あられ)かな
(向井去来、「真っ白な霰がはげしく吹き付ける中、嫁入りの行列がゆっくりと歩いている、車も使わないで徒歩なんだね、おめでとう、どうかお幸せにね」) 1.11
- 雪ふるか燈(ともしび)うごく夜の宿
(野沢凡兆、「冬の夜、外の見えない室内に一人で座っていると、本当に静かで物音一つしない、灯火の炎のかすかな揺らぎが少し増したようだ、外に雪が降り出したからだろうか」、凡兆らしい研ぎ澄まされた感覚の句) 1.12
- 雪の日や故郷人(ふるさとびと)もぶあしらひ
(一茶1807、「柏原に入る」と前書、45歳の一茶は久しぶりに故郷の信州・柏原に帰郷した、雪の日だからか故郷の人たちは「ぶあしらひ」、つまり、ろくに歓迎してくれない、いや天気のせいではなく帰郷そのものが歓迎されていないのだ) 1.13
- 一しきり矢種(やだね)の尽(つく)るあられ哉
(蕪村、雨や雪とちがって、霰は、バラバラっと短時間、集中的に降って、すぐ止むことが多い、止んだ後は何事もなかったかのように静かになる、それを「矢種が尽きたのね」とユーモラスに詠んだ) 1.14
- 十方に降る雪野ゆけ少年の日のよろこびのよみがへるまで
(上田三四二1971『湧井』、久しぶりに本格的に雪が降り、作者の住む東京の清瀬あたりには「雪野」ができた、「雪野を行け」と自分に言い聞かせている、でも癌を病む作者は「少年の日に」歩いたようには速く歩けないのか) 1.15
- 雪ふぶく丘の篁(たかむら)するどくも方靡(かたなび)きつつゆふぐれむとす
(斎藤茂吉『小園』、終戦直後の歌で、疎開先か、丘の大きな竹藪が強風をともなう強い吹雪で、「するどく一方の側に靡いた形のまま、夕暮れが迫っている」、猛吹雪を「するどく方靡く」竹藪の形で表現した) 1.16
- おもむろに葦(あし)の根ひとつ移りゆく遠近のなき水の明るさ
(佐藤佐太郎1970『開冬』、作者は利根川のほとりにいる、川べりの水溜りになったところは水の動きがとても遅い、それでも澄んだ水が、水中の「葦の根ひとつ移りゆく」のが見える、広大な河原の至近距離の情景をアップ) 1.17
- 「三十年経ったら楽になるのかな?」「どうかな、お酒次はどうする?」
(遠藤紘史「東京新聞歌壇」1月17日、東直子選、夫と妻だろうか、友人同士か、小さな飲み屋で客と主人なのか、三十年経ってもたぶん楽にはならないだろう、それを分かっているから、このように答えるしかない) 1.18
- 誰か住み夕餉の仕度する頃か君と暮した坂の上の家
(杉野順子「朝日歌壇」1月17日、佐佐木幸綱/永田和宏共選、昔「君」と暮した「坂の上の家」を見上げながら、「君」のことを想う作者、「君」は今ここにいないだけでなく、もうこの世にいないのかもしれない、切ない恋の歌なのか) 1.19
- 初夢のそのつゞきこそ見たかりし
(辻美彌子「朝日俳壇」稲畑汀子選の2020年度朝日俳壇賞の句、「良い夢だったに違いない。続が見たいという気持ちがうまく描けた」と選者評、でもその良い夢は途中で終わってしまった) 1.20
- 着ぶくれておばさんというカテゴリー
(戸田鮎子「東京新聞俳壇」1月17日、小澤實選、作者は若い女性なのであろう、「着ぶくれて」しまったので、自分が「おばさん」に見えるのではと感じている、「カテゴリー」という語の使い方が卓越) 1.21
- 魔物たちも少しまじっている冬の色分けされた通路を進む
(東直子「東京新聞歌壇」1月17日、選者の歌、「魔物たち」というのはコロナウィルスか、ソーシャルディスタンスを取るために、通路が色分けされ、そこに並びながらゆっくり「進んで」ゆく、「魔物たちも少しまじっている」がいい) 1.22
- 一枚の名刺や冬の濁流越え
(寺山修司『わが金枝篇』1973、山口誓子「冬河に新聞全紙浸り浮く」を思い出させる句だが、小さな「一枚の名刺」が「濁流を越えて」流されているなら、そこに激しい上下の動きを感じさせる) 1.23
- 冬森を管楽器ゆく蕩児のごと
(金子兜太1959頃、冬の森の中を、管楽器を吹きながらゆっくり歩いている男がいる、一人でオケの練習をしているのか、それとも歩きながら吹くのが好きなのか、「蕩児」のように見えるというのがいい、作者が日銀長崎支店勤務のころの句) 1.24
- をとめらはをとめの色のマスクかな
(高柳重信、コロナの光景ではない、1943年前後、作者が二十歳ごろの作、戦時中だが、若い女性たちは美しい色のおしゃれなマスクを手作りしていたことが分る) 1.25
- じゃないのがいるね今年も神様が責めない口調で舞を受け取る
(志方由佳・女・45歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、テーマは「童貞または処女」、作者は若い女性とともに巫女として舞を舞ったのだろう、「神様という視点が面白い。巫女は処女に限るというルールが前提になっているのでしょう。「じゃないのがいるね」という口調もいいですね」と穂村弘評) 1.26
- 十五の春三十の私に宛て書いた手紙を破く二十歳の私
(マチコ・女・36歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、テーマは「手紙」、「意外な結末。三人の登場人物がすべて「私」というのが、なんとも面白い。時間が経つと別人になってゆくんだ」と穂村弘評) 1.27
- 父親を威嚇するには生理用ナプキン視界に入れるのがよい
(よしむら・女・17歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、テーマは「夏休み」、「なるほど、母親には効果がなくても父親には効果がありそう。見せるとか突きつけるではなく「視界に入れる」という言葉の選び方がいい」と穂村弘評、でも、なぜ夏休みに父親を威嚇するの?) 1.28
- コロナ禍が程よく上司をディスタンス
(サラリーマン川柳、第一生命保険発表、2021年1月、「ディスタンス」という語は奥行きが深いですね) 1.29
- 我が部署は次世代おらず5爺(ファイブ爺)
(サラリーマン川柳、第一生命保険発表、2021年1月、「5爺」=「5G(=第5世代移動通信システム)が卓越) 1.30
- テレワークいつもと違う父を知る
(サラリーマン川柳、第一生命保険発表、2021年1月、子どもは職場でのお父さんを知らない、テレワークで知って少し尊敬するようになったのかな、それとも) 1.31