[演劇] 秋元松代 『マニラ瑞穂記』

[演劇] 秋元松代『マニラ瑞穂記』 新国立劇場・小H 2月24日

(写真↓上は、東南アジアに娼婦として売られていった若い日本人女性たち、いわゆる「からゆきさん」、写真下、左は実在の人物村岡伊平治をモデルにした女衒[娼婦の人身売買業者]の秋岡、中央はマニラ駐在・日本総領事の高崎)

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新国立劇場演劇研修所の14期生終了公演、演出は宮田慶子。秋元松代(俳人、秋元不死男の妹)を見るのはこれが初めてだが、これは歴史劇の傑作だ。アリストテレス歴史学と演劇の親近性について、歴史学は、人間の現存在を、「個別的な現実態として再現する」が、演劇は、「必然性のある可能態として、普遍的なものとして、再現する」と言う(『詩学』)。本作はまさにその通りの作品だ。フィリピンがスペインから独立した1898年のマニラ日本領事館が舞台で、フィリピンへの進出を狙う日本やアメリカの軍や外交関係者、そしていわゆる「大陸浪人」というのだろうか、怪しげな日本人たちが激しく活動している。本作の登場人物は、直接間接の実在モデルがいるのだろうが、決して史実通りではなく、作家である秋元の想像力が「必然性のある可能態」として人物造形した。私は今まで「大陸浪人」や「満州浪人」と言われる人々のイメージがよく分らなかったが、本作でよく分った。たしかに「青雲の志」を持っているが、一旗あげて儲けようという野心家でもあり、現地の日本人会の顔役となって活動する。戦争や革命の時には、こうした人物たちが大活躍したに違いない。本作では、アメリカ軍のウィルソン大尉も、日本人娼婦たちを救済すると称して私物化しようとする、かなり怪しい人物である。「からゆきさん」たちも、少し逞し過ぎるようにも思えたが、見事に「再現」されているのではないか。また、海軍中尉の古賀も、満州事変や二二六事件の日本軍の若い将校たちを目の前に見ているような錯覚を覚える(写真↓、中央が領事館付き武官、古賀中尉、右は総領事の高崎)

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もっとも感銘を受けたのは、総領事高崎の人物造形である。血気盛んで単純な軍人や怪しげな大陸浪人たちを上手に使いこなす、賢明で懐が深い人物で、一見チャラい軟派に見えるが、キリスト教徒であるインテリであり、捨てられたもと日本人娼婦の老婆シズを個人的に救済して女中に雇うヒューマニストでもある。終幕、跳ね上がり分子たちに焼き討ちされた総領事館から、「俺個人の失態で火事にしてしまったと、日本軍には報告しよう」と言いながら、シズの手を引いて悠々と炎の中を去る姿はとても感動的だ。ユダヤ人を救ったリトアニア総領事・杉原千畝は有名だが(彼はキリスト教徒でもあった)、おそらく明治中期から敗戦まで、この高崎のように優秀な外交官は世界中にいたのではないだろうか。そして、今回の上演では、若い俳優たちの上手さに眼を瞠った。特に男優たち、高崎を演じた仁木祥太郎(27歳)、女衒の秋岡を演じた田畑祐馬(24歳)、古賀中尉を演じた大西遵(24歳)など、いい俳優だ。

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