今日のうた(124) 8月ぶん

[今日のうた] 8月ぶん

(写真は斯波園女、女性だが芭蕉の最晩年の弟子で、芭蕉の死後は大阪で活躍した後、其角を頼って江戸に出た)

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  • 船長も舵手も夏服よごれなき

 (橋本多佳子『海燕』、1936年、上海、香港、マニラと旅行した時の句、大海原の真っただ中で青々とした大空、ブリッジにいる船長や舵手の真っ白な夏の制服が輝くように美しい、[8月は時々「今日のうた」を休みます]) 8.1

 

  • 夕焼けて遠山雲の意にそへり

 (飯田龍太1952『百戸の谿』、「夏の大夕焼けが広がって、遠くの山雲の輪郭をくっきりと輝かせている、まるで山雲も喜んでいるみたいだよ、「意にそへり」と言ったのがいい) 8.4

 

  • 炎天に老人誘導棒を振る

 (野上卓「朝日俳壇」8月1日、高山れおな選、工事現場の入り口で「誘導棒を振って」こまめに車を止めたり進めたりするのはたいてい老人だ、夏の炎天下のつらい労働がなぜ老人なのか? 安い手当でも応募するのは、年金が少なく働かざるをえない老人のみ) 8.5

 

  • 満点の星を忘れぬキャンプの子

 (牧野晋也「東京新聞俳壇」8月1日、石田郷子選、キャンプ場の夜は満点の星が美しく、子どもたちの歓声があがる、それはふだんは都会の夜空が明るすぎて星はほとんど見えないからだ、都会人はふだん、頭上の満点の星を見ることができないのだ) 8.6

 

  • どの窓も鏡になってしまったらあまりに苦しいから窓がある

 (加藤ふと「東京新聞歌壇」8月1日、東直子選、「鏡はそれを見る私の顔が映る、夜になると部屋の窓は鏡のようになってしまい、それを見るのは心の内面を見るようで息苦しい、だから窓を一つ開け放ち、外に向かって心を開く」) 8.10

 

  • モーツァルトの倍生きてなお何一つ残せないまま「レクイエム」を聴く

 (須佐美邦夫「朝日歌壇」8月1日、高野公彦選、人類全体に最も素晴らしい贈り物を残した人というのがあるとすれば、それはたぶんモーツァルトだろう、彼と比べるなんて、そりゃいくら何でも無理な比較では) 8.11

 

 (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、「峠の風を買い占めている」というのがいい、ハンググライダーの動きはは何よりも風の動きを露わにするからだ、[明日から山籠りのため二週間ほど「今日のうた」を休みます]) 8.12

 

  • 唐破風(からはふ)の入日や薄き夕涼み

 (芭蕉1692、「すでに夕暮れで周囲は暗い、屋根の上の唐破風だけが、日没のかすかな夕日を受けてオレンジ色に光っていたが、そのオレンジ色もすーっと薄れてゆき、急に涼しく感じられる」、夏の終りを鋭く捉えている) 8.25

 

  • 涼しさや襟(えり)に届かぬ髪のつと

 (斯波園女1664~1726、園女は芭蕉の弟子、「今日は髪の結い方をちょっとだけ変えてみたら、結った髪の「つと」がいつもより襟から離れて、首筋に風が当たって涼しいわ」、「つと」とは結った日本髪の後方に突き出た部分) 8.26

 

  • 里人はさともおもはじをみなへし

 (蕪村1774、「わぁ、女郎花の花が咲いている、本当に美しいな、思わず止まって覗き込んじゃった、でもお百姓さんはいつも見慣れてるから何とも思わないんだね、見もしないでまっすぐ行っちゃった」、「さとびと」「さと」と言葉遊び) 8.27

 

  • 女郎花(をみなへし)もつとくねれよ勝角力(かちずまふ)

 (一茶、昨日の蕪村と違って、この「女郎花」は相撲を見に来ている女性のことか、ある力士が勝って悠々と引き揚げるのを、彼を贔屓する女性が淡々と迎える、「もっと体をくねらせろよ」と不満を感じているのたぶん一茶) 8.28

 

  • まれにある/この平(たひら)なる心には/時計の鳴るもおもしろく聴く

 (石川啄木『一握の砂』1910、啄木は、いつも誰かを好きになったり、嫉妬したり、恨んだりしていた、「かなしきは/飽くなき利己の一念を/持てあましたる男にありけり」(同)、だから彼にとって心の平安は貴重な時) 8.29

 

  • 燃えて燃えてかすれて消えて闇に入るその夕栄(ゆふばえ)に似たらずや君

 (山川登美子1900、登美子は21歳、「君」は与謝野鉄幹、短歌の師である鉄幹を密かに恋していたが、彼を晶子に取られてしまった、三人で温泉旅館に泊まった後に詠まれた歌、鉄幹を消える「夕日」に譬えて悲しい) 8.30

 

  • その友はもだえのはてに歌を見ぬわれを召す神薄黒き

 (与謝野晶子『みだれ髪』、昨日の山川登美子の失恋の歌に対応する歌だろう、俵万智の現代語訳は「失恋を作品化する友あれど我には不吉な神しか見えず」、この時点では晶子も神=鉄幹を捉え切っていないのかもしれない) 8.31