[今日の絵] 10月前半

今日の絵 10月前半

1 中村彜 : 自画像 1912

人物画のモデルになる人は、画家が描いている最中は自分が拷問にかけられているように感じるだろう、<見られる>とは拷問にかけられることだからだ、自画像になると、画家=モデルには、拷問をかける/かけられるの二重性が生じる、だから自画像は絵画芸術の頂点なのだ

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2 梅原龍三郎 : 自画像 1908

7月にパリに留学した20歳の梅原が10月に描いた初めての自画像、彼はパリに着いた翌日、リュクサンブール公園美術館で初めてルノワールを見て、「これこそ私が求めて居た、夢見て居た、そして自分で成したい画である」と感じた、この絵にもその感動が溢れている

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3 萬鉄五郎 : 雲のある自画像 1912

萬は27歳だが、現代人と違って堂々たる大人の風格がある、そして眼が優しく美しい、当時、萬のアトリエを訪れた木村壮八は、萬の死の直後、「眼は、あのつぶらな綺麗な眼は、萬君一生の珠宝だったと思います、その愛念の籠る眼は、あの時と雖も後と変わっていません」と回想している

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4 岸田劉生 : 自画像 1912

岸田は38年間の生涯に30枚以上の自画像を描いたが、そのほとんどが1913~14年に集中しているから、これは最初期の自画像で21歳の時、生涯で初めての個展に出品した、この個展を見に来て文通が始まったのが、将来の妻の小林蓁(しげる)、彼女はこの絵を見て思うところがあったのか

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5 小出楢重 : 自画像 1913

東京美術学校の卒業制作、浮世絵の大首絵を背景にして、本人も和服だが、西洋パイプをくわえているのは、ハイカラな洋風趣味なのか、それとも、東京美術学校日本画科から西洋画科へ転科した自身の経歴(7年在学)と関係があるのか、どの自画像も顔の細さが印象的だ

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6 佐伯祐三 : 自画像 1923

佐伯1898~1928の東京美術学校卒業制作、当時佐伯は中村彜の近所に住み、影響を受けていた、この絵も中村の「エロシェンコ氏の像」(1920)の影響がある、だがそれ以上にこの自画像は、佐伯という人間の存在を底の底まで捉え切って、描き切っている

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7 Cranach : Venus 1553

このヴィーナスはかなり細身で、イタリアルネサンスで描かれた、ふくよかなヴィーナスとはかなり違う、足指の向きからすると、体をやや捻じっている、非常に美しいが、表情がどこなく不気味、明るいギリシアの女神たちとは雰囲気が違う、北方のヴィーナスだからか

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8 Velazquez : ヴェラスケス 鏡のヴィーナス ca1650

ヴェラスケスが描いた裸婦像で現存する唯一の作品(17世紀のスペインでは裸婦像が宗教的に弾圧されたらしい)、鏡にヴィーナスの表情が映っているが、私には何だか「普通の女」のような顔に見える、後姿だが、肩から脇腹、腰、脚へ、流れるようなラインが美しい

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9 Delacroix : 白靴下の女 1826

ドラクロア1798~1863は「民衆を導く自由の女神」等で名高いロマン派の画家、人物を「劇的に」描く人、この絵も普通の裸体画とはやや趣を異にしている、肢体の向き、手を後ろに組んでいる、白い靴下など、優美というよりは強気の女という感じ、そして色のコントラストが見事

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10 Chassériau : 泉のほとりで眠るニンフ 1850

私は2017年に国立西洋美術館でこの絵を見たが、白く輝く硬質な美しさと、可愛い腋毛に驚かされた、神話を装うが、モデルはシャセリオーの愛人の女優アリス・オジー、彼とユゴー父、ユゴー子の三人が彼女を争った有名な美女、当時の観客はそれと知ってこの絵を見たはずだ

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11 Renoir : Reclining nude, 1890

ルノワール1841~1919は生涯にたくさん裸婦を描いたが、この絵は、背景からして室内ではないので、実景というよりは神話的な表象になっている、右上の青は海のようだが、海辺の草叢で昼寝するヴィーナスなのか

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12 Degas : 就寝 1883

ドガの描く人物はいつも何かしているので、鑑賞の対象として澄ましている姿はない、だからどれも生活の匂いがする、裸婦にも神話的意匠はない、この絵も彼女はランプを消そうとしている、しかし寝る時に何も身に付けていないのは、女優や踊り子だからか

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13 Modigliani : 背中を見せて横たわる裸婦 1917

背中から、お尻、脚へのカーブの美しさなど、ヴェラスケスの『鏡を見るヴィーナス』などを参考にしたともいわれる、しかし眼だけは、モディリアーニしか描かない「切れ長の線」の眼、この眼が肢体の全体と奇妙に調和している

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14 ピカソ : 大きな浴女 1921

縦182センチの大きなカンバス、この女性は大きく、逞しく、豊穣で、「青の時代」の痩せた肉体とは大きく違う、これほど重量感のある裸婦像は珍しい、脚や足指などまるで力士のようで、feminineという感じでもないが、健康な肉体の途方もない美しさを感じさせる

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15 Boldini : Reclining Nude, 1931

ボルディーニ1842~1931は「横たわるヌード」を何枚も描いているが、片膝が大きく曲がっていて、動性をもつ身体が多い、この絵は膝の曲がりは少ないが、腰と背のくびれなど動性を感じさせる、昨日のピカソの絵より約10年後、最晩年だがBoldiniの画風は変らない

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16 Matisse : 横たわる大きな裸婦 1935

マティス1869~1954も晩年には寡作になってきたが、この絵はいかにもマティス的で、「建築的均衡」が非常に美しい、特にポーズがいい、モデルを使って写実的デッサンを繰り返した末に、このポーズに決まったといわれる

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