今日のうた(128) 12月ぶん

今日のうた(128) 12月ぶん

 

家族でも微妙に違うものらしい駅から家に帰る道順 (一条智美「朝日歌壇」11月28日、佐佐木幸綱選、自分の好みの道を歩くとか、夜は暗い道や人通りのない道は避けるとか、日によって違う道を歩くとか、誰もが最短距離の同じ道を歩くとは限らない) 1

 

温めたミルクを啜る真夜中のさびしい星のようなキッチン (小原史子「東京新聞歌壇」11月28日、東直子選、午前様になった深夜、どういうわけか起きてしまって、台所でミルクを温めてすする、周囲の部屋も含めて人の気配がまったくない、「さびしい星のようなキッチン」) 2

 

まだ通ふ蝶にコスモス刈り残す (橋本栄子「朝日俳壇」11月28日、長谷川櫂選、晩秋になっても、秋蝶はふらふらと飛んでくる、もう先は長くないだろう、花もまばらになったコスモスだが、ぜんぶ刈らずに蝶のために残しておく) 3

 

冬が好き遠き雲見てひた歩く (木津川珠枝「東京新聞俳壇」11月28日、小澤實選、冬は空が一番青い、大きく広がった青空の遠くに雲が見える、それを見ながら「ひた歩く」、空気が冷たいからこそ、手も大きく振って体全体で「ひた歩く」)  4

 

つはぶきはだんまりの花嫌ひな花 (三橋鷹女、石蕗(つわぶき)の花は、たしかに黄色い地味な花かもしれない、それなりに美しいと思うが、作者には自己主張がなさすぎると感じられたのだろう、それにしても「嫌ひ」とは、気の強い鷹女らしい句) 5

 

冬滝の真上日のあと月通る (桂信子、作者は昼間も冬滝の真下を通ったのだろう、夜、もう一度同じ場所を通る、冬滝の真上にあった太陽の位置に今度は月がある、「日のあと月通る」がダイナミックでいい) 6

 

せりせりと薄氷(うすらい)杖のなすまゝに (山口誓子、薄く張った氷を杖の先で「せりせり」と破って、ゆっくりと歩く、今は高齢化社会なので、杖をつく老人は誓子の頃よりずっと多い、この光景もずっと多いのだろうか) 7

 

十二月八日味噌汁熱うせよ (桜井博道、毎年めぐってくる「十二月八日」、その日は真珠湾攻撃の日、それを忘却しないために、作者は「味噌汁を熱くせよ」と詠む) 8

 

冬ざるるリボンかければ贈り物 (波多野爽波、「冬ざるる」でいったん切れるのだろう、冬の荒涼とした時節だからこそ、自宅で切り取った貴重な花に「リボンをかけて」贈り物にしよう、というのだろう) 9

 

誰(た)れぞこの我がやど來(き)呼ぶたらちねの母にころはえ物思ふ我を (よみ人しらず『万葉集』巻11、「ころふ」は叱責するの意、「誰? 貴方なの、うちの前で私を大声で呼んでいるのは、だめなのよ今は、お母さんに見つかって叱られて、謹慎中なんだから」) 10

 

思ふどち一人一人が恋ひ死なば誰によそへて藤衣きむ (よみ人しらず『古今集』巻13、「藤衣」は喪服の意、「秘密の恋をしている私たち、もし貴方か私かどちらかが恋死にしたら、誰のためだと言って喪服を着るのかしら?」、秘密の恋の相手が橘清樹に宛てた歌、返しは明日) 11

 

泣き恋ふる涙に袖のそぼちなば脱ぎ替へがてら夜にこそは着め (橘清樹『古今集』巻13、「君か僕が死んだら、まぁ涙で袖が濡れるよね、着替えを口実に、人に見えにくい夜に喪服を着ればいいじゃん、誰の為にって言わなくてもすむから」、相手の大袈裟な歌に軽く返して秘密の恋を楽しんでいる) 12

 

逢ふことの形見をだにも見てしがな人は絶ゆとも見つつしのばむ (素性法師『新古今』15巻、「貴女は逢ってくれないのですね、それじゃしょうがないから、せめて形見を何かください、衣服でも身の周りのものでもいいです、それを手にして貴女を思うから」、ややフェティッシュな感じか)

 

恋しとも又つらしとも思ひやる心いづれか先に立つらむ (源師光千載和歌集』巻12、「僕は、貴女が大好きだからとても「恋しい」し、一方、貴女はつれないからとても「つらい」、二つの感情のどちらが先導して、僕を貴女へと連れてゆくのだろうか」) 14

 

けふまでもさすがにいかで過ぬらんあらましかばと人をいひつゝ (式子内親王『家集』、「それにしても、今日という日までの時間は、どこに消えてしまったのだろう、もしあの人やこの人が生きていれば、とつい言ってしまう」、式子は後白河法皇の娘で、一族は多くの政争を経験した) 15

 

ざらしを心に風のしむ身哉 (芭蕉野ざらし紀行』、「野ざらし」とは、風雨に長い時晒されて白くなった骨、とりわけ髑髏のことを言う、1684年に41歳の芭蕉が旅に出た時の句、「野ざらしを抱いている心に風が沁みる」というのだから、よほどの覚悟だったのだろう) 16

 

わびぬれば身は埒(らち)もなきもづく哉 (野沢凡兆1713、凡兆(?~1714)は芭蕉の高弟で、冴えた感覚の句を詠む人だが、ある時に芭蕉から離反、入獄もし、晩年は特に不遇で寂しかった、この句は死の前年、侘しい自分を「海の海藻のモズク」に喩えている)

 

いばりせしふとんほしたり須磨の里 (蕪村1777、『源氏物語』でも有名な「須磨の里」は、優美を象徴する文学遺跡で、和歌の枕詞でもある、でも今はすっかり荒れ果てて、みすぼらしい漁師の小屋に、子供のおねしょの蒲団がほしてある、諧謔の句) 18

 

寝ならぶや信濃の山も夜の雪 (一茶1804、一茶は故郷の柏原に着いたが、親戚や隣人に冷たくあしらわれた、すぐ後の句によれば、豚小屋の近くに寝泊まりしているようだ、この句は、「夜で信濃の山は見えないけれど、豚が<寝ならぶ>ように並んでいるのだおうか」という意だろう) 19

 

月一輪凍湖(とうこ)一輪光りあふ (橋本多佳子『海彦』、1954年に諏訪湖で詠んだ句、「空に月が一つ輪になっている、凍った諏訪湖にもそれが映ってもう一つ輪になり、互いに光り合っている」、月をそれぞれ「一輪」と詠み、二つが「光り合う」とダイナミックに捉えた) 20

 

銀杏ちる兄が駆ければ妹も (安住敦、地域にもよるだろうが、銀杏が散るのは意外に遅い、我が家の周辺では12月になってからの樹も多い、銀杏が散る中を、兄が駆けだすと妹もすぐ追いかけて走る、中学生くらいの兄と小学生の妹だろう) 21

 

空をゆく鏡のごとき冬至の日 (川崎展宏、この「日」は太陽のこと、冬至くらいになると、太陽の高さも低く、夏の太陽のような強さもなく、午後2時ともなると、もう夕方のような感じだ、ギラギラと輝くのではなく「鏡くらいの輝きとなった太陽が空をゆく」) 22

 

ゆめにあふひとのまなじりわたくしがゆめよりほかの何であらうか (紀野恵『さやと戦げる玉の緒の』1984、「自分の見る夢で逢った人の「まなじり」が、すなわち、その人の自分を見つめる表情が、なんだか不思議だった、そうか、私自身が夢だから、こんな表情になるのね」) 23

 

であうべき人に出逢いてなき事をしずかに告げる足濡らす波 (大滝和子『銀河を産んだように』1994、失恋の歌なのだろうか、「しずかに告げる」とあるから、自分から別れを決意したのかもしれない、我々の人生において、他者との「出逢い」はたしかに一番難しい) 24

 

てのひらに卵をうけたところからひずみはじめる星の重力 (佐藤弓生『世界が海におおおわれるまで』2001、卵を「てのひら」に載せると、そこには、曲面の感触の不思議な感じがある、小さな卵を、地球とともに、一般相対論のいう「重力のひずみ」に結びつけた) 25

 

とけてから教えてあげるその髪に雪があったことずっとあったこと (干場しおり『そんなかんじ』1989、恋の歌だが、とても瑞々しい、恋とは、二人が互いに相手に対して、こんなふうに感じたり言ったりする関係なのだ) 26

 

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ (穂村弘、彼女が体温計を口にくわえて体温を測りながら、窓ガラスに額を押し付けて外を見ている、「ゆきだ、ゆきだ!」と言ったのだろうが「ゆひら、ゆひら!」と騒いでいるように聞こえる、可愛い彼女) 27

 

壁うつす鏡に風邪の身を入るる (桂信子、「風邪をひいて私は自分の部屋で寝ている、他には誰もいない、がらんと寂しい部屋の鏡には、壁しか映っていない・・、私は思い切って立ち上がり、鏡の前に立ってみる、私が生きていることを確かめたい」) 28

 

オリオンの盾新しき年に入(い)る (橋本多佳子、「大晦日の夜、除夜の鐘が鳴った、夜空にはオリオンの盾が大きく広がっている、そう、まさに今こうしてオリオンの盾も新しい年を迎えるのだ」、「オリオンの盾」をスケールの大きな時空の座標軸に置いた) 31