今日のうた(129) 1月ぶん

今日のうた(129) 1月ぶん

 

只の年またくるそれでよかりけり (星野麥丘人、「それでよかりけり」がいい、「年があらたまって新年がきた、昨年までと同様、今年も特に変わったことはなさそう、平穏であること、それが何より」) 3

 

初夢をさしさはりなきところまで (鷹羽狩行、面白い句だ、見た初夢のことを誰かに話しているのだろう、でも全部は話せない、話すとまずい部分もあるので、その直前までを、美しい物語として楽しく話す、さて「さしさはり」のある部分はどんな内容なのか、いろいろ想像可能) 4

 

夢に舞ふ能美しや冬籠(ふゆごもり) (松本たかし、夢で能の舞いを見たのだろう、それがとても美しかった、でも「冬籠」とあるように、実際の能を見たわけではない、能楽師の家に生まれた作者は体が弱いので、能を断念して俳人になった、外出できないので夢で能を見る) 5

 

白葱のひかりの棒をいま刻む (黒田杏子、冬のネギは台所にスックと立つ姿が美しい、とりわけ白い部分は光が輝くように美しい、その「ひかりの棒」を「いま刻む」嬉しさには、格別のものがある) 6

 

悪女たらむ氷ことごとく割り歩む (山田みずえ、「悪女たらむ」がいい、道に張った薄氷をよけるのではなく、わざとバリバリと音を立てて「割り歩む」作者、それも「ことごとく」割りながら、「私って悪い女を志向してんのよね、ふっふっふ」と、冬の道を楽しく歩く) 7

 

薄氷(うすらい)の吹かれて端(はし)の重なれる (深見けん二、池の面に張った薄氷が解け始めて断片化し、それが池の表面を動く微妙な状態を詠んだ、風が吹くとともに、水が揺れて、氷の断片同士の「端が重なれる」、繊細な観察) 8

 

湯ざめして恋の焉(おわ)りにゐるごとし (大石悦子、大きく「湯冷め」してしまったのだろうか、作者の「恋の焉り」は、振られたのか、振ったのか、特に理由もなく互いの恋心が冷めてしまったのか) 9

 

霜月や少年の目の訪問医 (牧野晋也「東京新聞俳壇」1月9日、石田郷子選、「厳冬期、多忙を極める訪問医だが、初心の志を忘れていない澄んだ目をしている」と選者評、ひょっとして、コロナ関連の訪問医かもしれない) 10

 

恋多き尼僧の墓に雪こんこん (小山公商「朝日俳壇」1月9日、長谷川櫂選、「寂聴さんの新しい墓に降りしきる雪。その一生を降り埋めるかのように」と選者評、私も、『美は乱調にあり』など、寂聴さんの「愛」についての物語は大好きでした) 11

 

その恋に愛はあるんか猫の恋 (小関新「朝日俳壇」2021年、高山れおな選、第38回朝日歌壇賞受賞作、「テレビCMの本歌取りだろうか。意外や問いが問いを呼んで味わい深い」と選者評、私は、猫に関して「恋」と「愛」を概念的に分離したのが卓見と思う、「あるんか」の語調もいい) 12

 

思い出し笑いを久しくしていない昼の駅にはイルミネーションの骨 (北清水麻衣子「東京新聞歌壇」1月9日、東直子選、「笑うことはあっても、思い出し笑いをすることは長らくないと気付いたのだろう。昼間のイルミネーションに「骨」を見い出すさびしさ」と選者評、夜は美しいイルミネーションも昼の骨は醜い) 13

 

顔認証も通ってしまう双子の友私はいつもちゃんと見分ける (上田結香「朝日歌壇」1月9日、永田和宏選、双子を見分けられない顔認証があるのか、アナログな人間の眼はすばらしい、双子の友への作者の友情が眼差しに含まれているからだ、機械の眼差しにはそれがない) 14

 

我が恋ふることも語らひ慰めむ君が使(つかひ)を待ちやかねてむ (よみ人しらず『万葉集』巻11、「私が貴方にこんなに恋焦がれて苦しんでいることを、せめてお使いの方には話したいのに、そのお使いの方がいらっしゃれないとは、ああ悲しい」、母親が厳しく監視し、彼氏の使いに会わせない) 15

 

わびぬればしひて忘れむと思へども夢といふものぞ人だのめなる (よみ人しらず『古今集』巻12、「貴女に僕がこんなに恋焦がれても、無視されるんですね、もう貴女のことは忘れてしまおうと思います、でもときどき夢に出てきます、夢は空しい期待を抱かせるので、嫌いです」) 16

 

君しまれ道のゆききを定むらむ過ぎにし人をかつ忘れつつ (馬内侍『新古今』巻15、[元カレから「こんど君の家の前を通るからね、出てこない」と得意げな便りがきた]「よりによって貴方が、人の道の往来を指図するなんてひどいわ、過ぎ去った私のことなんか忘れてるくせに」) 17

 

浮雲を風にまかする大空の行ゑ(ゆくへ)もしらぬ果てぞ悲しき (式子内親王『家集』、「大空を風のなすがままに漂っている浮雲は、どこへ行くとも知られない、私も同じように人生を漂っていて、どこへ行くとも知られない、それが悲しい」、式子は後白河法皇の娘で一生独身だった) 18

 

さることのありしかとだに思はじをおもひ消(け)てども消されざりけり (建礼門院右京大夫『家集』、「(恋人であった貴方[=平資盛]のことをいつも思い出している私)、そんなことがあったかしらとさえ、考えないようにしているつもりなのに、忘れようとすればするほど、忘れられません」) 19

 

憂きも契り辛きも契りよしさらば皆あはれにや思ひなさまし (永福門院『風雅和歌集』恋三、「恋がままならないのも、それを恨めしく思うのも、みな貴方との定められた縁なのかしら、もしそうならば、すべてを含めて愛おしいと思えるかしら、でも思えないかも」) 20

 

雪を待つ上戸(じやうご)の顔や稲光(いなびかり) (芭蕉1691、「耕月亭にて」と前書、酒好きたちが部屋に集まって飲み始めている、雪もよいの空に稲光が光る、「そろそろ雪かな」と誰かが言って、「雪見酒」の期待が高まる、皆上機嫌だが、部屋の暖房は囲炉裏くらいだろうか)  21

 

念仏(ねぶつ)より欠(あくび)たふとき霜夜(しもよ)かな (野沢凡兆、「大阪の千日寺の念仏回向に大勢の人が参加している、ときどく欠伸をしている人もいるが、欠伸をしている人の方が念仏を唱えている人よりも、なんだか尊く見えるよ」、皆さん惰性で参加していることを鋭く捉えた)  22

 

いざ雪見容(かたちづくり)す蓑と笠 (蕪村1773、「形作りす」がいい、何人も集まって雪見するのだろう、ちょっとはおしゃれを意識するわけだ、男性だろうか女性だろうか)  23

 

分けてやる隣もあれなおこり炭 (一茶1813、「炭火が勢いよく燃えている、隣りに誰かいれば分けてやるのだが、誰もいない、寂しいな」、一茶は51才、独身、西行の「さびしさにたへたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里」を踏まえた)  24

 

弓を引くかたちで骨になっている (海地大破1989、作者1936~2017は「川柳展望」などの創立会員、この句は、発掘された古代人の遺骨だろうか、兵士を埋葬したとすれば、ありそうにも思える) 25

 

月揺れて不意に疑う指の数 (加藤久子、作者1939~は「杜人」同人の川柳作家、「月が揺れる」というのは不思議だ、体が揺れたのならば、光景全体が揺れるはずだ、でも月だけがちょっと揺れた=動いたように見える不思議な体験をしたのだろう、だから自分の指の数を確かめてみる) 26

 

きかんこんなんくいきのなかの「ん」 

(佐藤みさ子、宮城県在住の作者1943~は「川柳杜人」同人、この句は東日本大震災を詠んだもの、「帰還困難区域の中の「ん」」、漢字にすると「ん」は読み取りにくいが平仮名ならばはっきり分る、三つもある「ん」は誰か三人の人なのか)  27

 

強ひて抱けばわが背を撲(う)ちて弾みたる挙をもてり燃え来(きた)る美し (小野茂樹『羊雲離散』1968、高校生の時だろう、彼女と抱き合っている、彼女は中学以来の同級生で作者の未来の妻である青山雅子、作者は、栗木京子と並んで、昭和短歌でもっとも美しい相聞歌を詠んだ人) 28

 

さりげなく拒んだ夜、猛り狂う風にあなたのいたわりが痛痛しい (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、恋はなかなかうまくいかない、作者は大学生だが、彼氏との亀裂が次第に開いていく過程が歌集の全体をなしており、そのつどの作者の感情が見事に詠まれている) 29

 

魂に真向ふごとく手帳読む二十七年の時間隔てて (沢口芙美『フェベ』1995、安保闘争の1960年、作者が19歳の時に、恋人の岸上大作が自殺、自殺の理由の一つは失恋だったかもしれない、作者は作歌をやめ沈黙、二十数年後に再開、ここでいう「魂」とは岸上のこと) 30

 

人びとをすくう光か深まりてまた浅くなる駅の片面(かたも)に (安藤美保『水の粒子』1992、夕方、駅舎に柔らかい陽の光が当たっているのだろう、それが少し濃くなり、また浅くなる、駅は個人の家と違いたくさんの人がそこを過ぎる、だからそれは「人びとを救う光」であってほしい)31