今日のうた(134) 6月ぶん

今日のうた(134) 6月ぶん

 

衣更(ころもがえ)駅白波となりにけり (綾部仁喜、6月1日は「衣更え」、女子高校生の紺色の制服が、夏の白色の上衣に変る、一人だとどうということもないけれど、駅のホームに大勢いると、「駅白波になりにけり」) 1

 

生きかはり死にかはりして打つ田かな (村上鬼城、田を「打つ」と言っているから、水を入れた後の「代掻き」ではなく、水を入れる前に硬い土を鍬で掘り起こしているのか、友人の指摘で分かったのだが、「畑打つ」と同じで、先祖代々、この田を苦労して「打ってきた」という句だろう) 2

 

田を植ゑるしづかな音へ出でにけり (中村草田男、昭和50年代に田植え機が使われる以前の手作業の「田植ゑ」だろう、「しづかな音」という形容が卓越、苗を植え込みながら少しずつ足を前に移動するとき、水が動く音がするのだろうか、集団作業だが誰もしゃべっていない。今、鴻巣の我が家の周りでも田植えの真っ盛り) 3

 

青梅に手をかけて寝る蛙かな (一茶1791、一茶29歳、もっとも若い時の句、でも小動物を愛した一茶らしい句だ、蛙が「寝る」のは変だが、そう見えたのだろう) 4

 

紫陽花剪(き)るなほ美(は)しきものあらば剪る (津田清子、庭に咲いているアジサイを剪る、まず一番大きく美しく咲いている花を剪った、しかしよく見ると、さらに美しそうなのが別にある、そちらも剪る、というわけで結局、幾つも剪ってしまった) 5

 

早乙女に早苗さみどりやさしけれ (池内友次郎、「早乙女」=田植をする女、田植は短期間に人手を要するので女も田に駆り出された、紺絣の着物を着て、綺麗に並び、歌いながら早苗を植えたという美しい話もあるが、本当だろうか、現代は機械田植だから早乙女は必要ない) 6

 

雨二滴日は照りかへす麥の秋 (虚子、ちょうど麦秋の今頃は、空がさっと曇り、僅かに雨滴があって、また日が照り返すことがよくある、実に鋭い虚子の句) 7

 

薄き紙に接してわれら破らむと焦ればきみの去る足音す (小野茂樹『羊雲離散』1968、作者19歳の時の歌、15歳の時からの恋人青山雅子は別の男性と結婚すると告げ、作者の元から去る、彼女は10年後にその男性と別れ、作者の元に戻ってきて再婚するが、この時点でそれは分らない) 8

 

六月の傘より落つる雫ならむ気づかず過ぎる小さき愛も (今野寿美『花絆』1981、作者はゆっくりと時間をかけて恋を育み、成就させた人、これはたぶん六月に雨の中をデートした直後だろう、二人が別れた後で、今交されたばかりの会話の彼の言葉を思い出して、そこに愛を感じる) 9

 

さびしさは孤りの奢り逆光に黒く巨いなる大隈講堂 (小島ゆかり『水陽炎』1987、愛知県出身の作者は早稲田大学に入学したが、マンモス大学になじめず孤独感に悩まされた、自分の「さびしさ」を「孤りの奢り」と自覚する感性が鋭い) 10

 

深夜から早朝へ日がくるくるとうつるさみしさ虫と話している (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、作者は群馬大学を卒業して教師になったばかり、恋人とうまくいっていないのか、つらい歌がたくさん詠まれている) 11

 

野の花の添ふ君が墓額づきて四十年後の心を供(そな)ふ (沢口芙美『樹木地図』2002、作者1941~は60年安保闘争の頃、岸上大作の恋人だった、岸上は60年に自死した時のノートに「失恋自殺」と書いて沢口の名を挙げた、以来作者は30年間歌を断ったが、心はずっと彼に寄り添っていた) 12

 

抱きあへぬ魚ひとつがひ池の辺のわれらのさまを長く目守りぬ (坂井修一『ラビュリントスの日々』1986、作者は東大工学部院生、恋人の米川千嘉子は早稲田の学生、本郷キャンパスでデート、彼女の肩を抱こうとしたらスルリと逃げられた直後の歌、三四郎池の魚に見られたか、彼女の歌は明日) 13

 

実験室のむかうの時間と夏樫のかたき光を曳きてくるなり (米川千嘉子『夏空の樫』1988、作者は恋人の東大工学部院生坂井修一と本郷キャンパスでデートした、昨日の歌のようなことはあったが、二人の恋は進展する、実験を終え樫の木の間から現れる彼が見えた時のときめき) 14

 

折り癖のついてしまったきんいろの折り紙のよう 性愛なんて (toron*「東京新聞歌壇」6月12日、東直子選、身体が折り重なる性愛を折り紙に喩えた、「きんいろの折り紙は・・普通の色紙よりも強く折り癖がつく。その不可逆性を性愛になぞらえた物理的な視点がクール」と選者評) 15

 

長病みてわがまま気儘を言ひし夫やさしき色の骨を遺しぬ (窪田宣子「朝日歌壇」6月12日、高野公彦選、火葬場で夫の骨をひろっているのか、その「やさしき色の骨」に驚く妻、よく「わがままや気儘を言った」けれどやさしい人だった、悲しみの中にキラリと夫婦愛が光る) 16

 

つばくらめ海物語一身に (高垣光利「朝日俳壇」6月12日、高山れおな選、「海を越えて来た存在への憧れが「海物語」の造語になった」と選者評。そうだ、燕は海を越えて来るのだ、埼玉県の内陸部に住む私は、燕をよく見るのに、そのことをつい忘れていた) 17

 

はつなつや足なげなげだして妻若し (宮本拓「東京新聞俳壇」6月12日、小澤實選、「はつなつというみずみずしい季節が来た。靴下も履かない足を投げ出して、妻の若さも匂い立つようだ」と選者評) 18

 

少年ありピカソの青のなかに病む (三橋敏雄『まぼろしの鱶』1966、「青」は季語にはないからこれは無季の句、だがこの「青」は凄く効果的な一語だ、ピカソの「青の時代」は確かに「病んだ」ように人が描かれている、その絵を見ている少年も「病んでしまう」ような「青」) 19

 

心澄めば怒涛ぞきこゆ夏至の雨 (臼田亜浪、夏至の雨の中で海の怒涛の音を聴いている、「心澄めば」がいい、取り合せの妙か、今日は夏至の日) 21

 

地下鉄の迷路や梅雨の傘提げて (舘岡沙緻、東京の地下鉄は、乗換の連絡通路がジャングルのように分りにくい、同じ駅名なのですぐ繋がるかと思うと、まるで迷路のようで繋がらない、隣りの駅まで歩くくらい歩かされる、梅雨時には濡れた傘を持って歩くのだから、やりきれないよ) 22

 

相(あひ)見ては面(おも)隠さゆるものからに継ぎて見まくも欲(ほ)しき君かも (よみ人しらず『万葉集』巻11、「朝になって貴方と顔を合わすと、つい恥かしくなってうつむいてしまう私、でも引き続いてすぐまた貴方の顔を見たくなるの」、新婚直後の妻の歌、なんて可愛い!) 23

 

かねてより風に先だつ波なれや逢ふことなきにまだき立つらむ (よみ人しらず『古今集』巻13、「貴女にいよいよ逢うのだと思うと嬉しくて仕方がないです、でもどうしたわけか、早くも私たちが逢うという噂がすっかり広まっています、まだ逢ってもいないのに、あぁ、どうしたんだろう」) 24

 

衣手に落つる涙の色なくは露とも人に言はましものを (二条院参川内侍『千載集』巻12、「忍ぶる恋の心をよみ侍りける」と詞書、「貴方が愛しくて愛しくて、涙が止まりません、でも人にはとても言えないのです、もし言えるのならば、これは「つゆ」ですとでも言いたいわ」) 25

 

忘れても人に語るなうたた寝の夢見て後も長からじよを (馬内侍新古今集』巻13、「人に物いひ始めて(=ある人と愛し合うようになって)」と詞書、「何があっても、私たちの恋を人に言わないでね、今こうして二人で見てる夢も、夜は長くないから覚めるかもしれないわ」、忍ぶ恋は辛い) 26

 

春秋の色の他なるあはれかな螢ほのめく五月雨の宵(よひ) (式子内親王『家集』、「春にも秋にも美しい光景はたくさんあるけれど、これだけは春にも秋にもない、梅雨の中に螢がぼーっと光る、この美しい夜は」) 27

 

常(つね)よりもあはれなりつる名残りしも辛き方(かた)さへ今日は添ひぬる (永福門院『玉葉和歌集』巻10、「昨晩貴方は、いつもよりずっと優しかった、その余韻が、こうして後朝の別れの後までずっと残って、ますます貴方が恋しくなって辛いわ」、明日から半月ほど「今日のうた」を休みます) 28