今日のうた(135) 7月ぶん

今日のうた(135) 7月ぶん

 

炎帝や宇宙由来の吾のゐる (加藤草児「朝日俳壇」7月10日、小林貴子選、「リュウグウの砂からアミノ酸が見つかった。我々地球の生命も宇宙から来たのか」と選者評。夏の太陽の輝きと、ハヤブサ2が持ち帰った小惑星リュウグウアミノ酸とを重ねた、コスモロジーの句) 11

 

片恋に臥すサルビアを凝視して (櫻井朋子「東京新聞俳壇」7月10日、石田郷子選、若い女性の句だろうか、片想いに苦しむ作者は、ベッドに臥して、真っ赤なサルビアの花を凝視している、サルビアは室内なのか、窓の外の庭に咲いているのか、いずれにせよ作者の悲しみを象徴している) 12

 

ティーンズのマネキンの目の尖りかた「はい」か「いいね」で生き延びる世の (紡ちさと「東京新聞歌壇」7月10日、東直子選、今どきの若者はいつも周りの空気を読みながら生きているので、穏やかな眼差しをしているが、ティーンズのマネキンは「尖がった目」で自分を主張しているのか) 13

 

「訳あり」の野菜と果物並べられ「訳あり」だらけの人間が買う (篠原俊則「朝日歌壇」7月10日、馬場あき子/高野公彦選、スーパーか、物価高の今日、廉価の「訳あり」品は、懐の寂しい人が買うのか、賞味期限間近の弁当が夜廉価になると、待っていた高齢者たちが買うように) 14

 

瞬間のやはらかき笑み受くるたび水切りさるるわれと思へり (横山未来子『花の線画』2007、作者1972~は体が弱く車椅子生活の人、恋人ができたのだろう、彼の「瞬間のやはらかき笑み」を受けるたびに、自分が水で洗われた野菜になって「水切り」されるように感じる、美しい相聞歌) 15

 

君は腕の楕円のなかにわれを置くうしろに夏の雲を待たせて (江戸雪『百合オイル』1997、作者1966~を抱く彼氏の腕は大きな「楕円」となって、「腕のなかにわれを置く」、さらに「うしろに夏の雲を待たせて」という広々とした空間性がいい、素晴らしい相聞歌) 16

 

砂浜は海よりはやく昏れゆけり 伝えんとして口ごもる愛 (三枝浩樹、作者1946~の若い時の歌だろう、デートで彼女と海辺に来た、今日こそは告白しなければと思いつつ、なかなかできないうちに、日が暮れてすっかり暗くなってしまった) 17

 

寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら (俵万智『サラダ記念日』1987、海辺で彼氏とデートしている、しかし「優しく」感じるのは、海面の「寄せ返す波のしぐさ」だけ、彼氏との別れは近い) 18

 

ある愛のかたむきてゆくかそけさを母音推移のごとく歎かふ (岡井隆『αの星』1985、恋人との愛が徐々に「傾いてゆく」、それは英語の長母音が長い時代を経て変化し、スペルと発音が一致しなくなったのに似た「かすかな」変化だ、恋愛感情の衰えを巧みに表現) 19

 

山を越えて他藩に出でし夏野かな (高濱虚子1897、「広い夏野を端まで歩いたら、山を越え、県境も越えてしまった」、「他藩に出でし」がいい、明治30年だが、大きく変貌したであろう都市に比して、山野はあまり江戸時代と変っていないのかもしれない) 20

 

蚤殺すにも渾身の力以(も)て (山口誓子『遠星』、1945年7月21日の作、肋膜炎を患っていた誓子は、体力が大きく衰えていただけでなく、6月の大阪空襲で住居、家財、蔵書の一切を失っていた) 21

 

向日葵に天よりあつき光来る (橋本多佳子1937『海燕』、ヒマワリは「向日葵」とも書き、花が太陽の方を向き、太陽光を反射するという意味の字だ、たしかに向日葵は、「天より来る」「あつき光」を受け止めるのが向日葵たる所以) 22

 

熱の子の手の夏みかんころげ出す (飯田龍太1952『百戸の谿』、当時作者32才は山梨県境川村に住み、貧乏暮らしだった、「子」は長女公子8才だろうか、高熱を出した子の手に夏みかんを持たせたが、保てずに「ころがって」しまった、体力が弱っている) 23

 

蟻の列またぎて暫し見つつをり (森澄雄1950、31才の作者は腎臓病に苦しみながらも、子どもたちが生まれてきた、おそらくこの句も、子どもと一緒にいるときだろう) 24

 

蚊の声のひそかなるとき悔いにけり (中村草田男『長子』1934、不思議な句、人は蚊の高い音を聴いたら瞬間的に怒りで攻撃的な心理になるが、ひそかな弱々しい声だったので、逆に「悔い」の感情が現れたのか、さっきその蚊を殺しそこなったことの悔いか、それとも小動物を殺傷することへの悔いか、あるいはまったく別のことの悔いか) 25

 

見えもせむ見もせむ人を朝ごとに起きては向ふ鏡ともがな (和泉式部『新勅撰集』恋四、「大好きな貴方に、私はいつも見られていたいわ、そして私もいつも貴方を見ていたい、私は毎朝起きたら必ず鏡に向き合うの、そう、貴方がその鏡だったらいいのにな!」) 26

 

待ち待ちて夢かうつつかほととぎすただ一聲の明ぼのの空 (式子内親王『家集』、「待ちに待ったあの聲は、夢だろうか現実だろうか、よくわからないけれど、私の夢うつつの状態で、暁の空に、ほととぎすが一聲だけ鳴いたような気がする」) 27

 

朝戸を早くな開けそあぢさはふ目が欲(ほ)る君が今夜(こよひ)来ませる (よみ人しらず『万葉集』巻11、「あじさはふ」は「目」の枕詞、「朝の戸をそんなに早く開けないでよ、いつまでも向かい合っていたい私の彼氏が、昨夜からここにいらしているのよ」) 28

 

いで人は言(こと)のみぞよき月草のうつし心は色ことにして (よみ人しらず『古今集』巻14、「いやもう貴方って、口説く言葉ばかりがお上手なのね、露草で染めた色がすぐ変るように、すぐ他の女に心を移してしまうくせに」) 29

 

忘るるは憂き世の常と思ふにも身をやる方のなきぞわびぬる (紫式部『千載集』巻15、「恋人だった貴方のことを私が忘れてしまうのは、よくある男女の習いです、恋人だった貴方に私が忘れられてしまうのもそう、でも実際に忘れられた身になると、そのやり場のない辛さはひとしおだわ」) 30

 

床(ゆか)近しあなかま夜はのきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ (藤原基俊『新古今集』巻15、「ああ、ずいぶん布団の近くで鳴くじゃないか、夜のこおろぎくん、静かにしてよね、彼女と夢で逢おうとしているのに、ダメになっちゃうじゃないか」、彼女に逢えないのをコオロギのせいにしている) 31